コース料理の締めくくり、高級デザートの最期の一口を心底幸せそうに口へと運び、目を瞑ってその味を堪能する。クスクスと楽しそうに笑う伊達社長の声が耳に届いて、私はゆっくりと瞼を開いた。


「今度は何ですか?」


もぐもぐと甘いそれを租借しながら、少しばかり視線で威嚇する私を見て、伊達社長はふっと柔らかく微笑んだ。ぞくり、背筋を走った震えに私は首を傾げる。……なんだ、今の?本日二度目の彼らしからぬ微笑に、いよいよ悪寒が走ったのか!?


「美味いか?」


問いかけられて反射的にコクコクと頷く私。その様子がおかしかったのか、堪えきれず身を震わせて伊達社長は笑い出す。なにがおかしいんだ全く…!今日は笑われてばかりでさすがにいい加減我慢できなくなってくる。文句のひとつも言ってやろうと口を開きかけたが、知ってかしらずかそれを遮るように伊達社長が話し始める。


「美味いもの食わせてやるって言われてもついていくなよ、俺以外には」

「は…?」

「…意味、わかってねぇだろ」

「ええ、全く」

「もういい…」


本当に、この男の言動は意味がわからない。まあ、コース料理もちょうど良い量で、ほっぺたが落ちるくらい美味しかったし、お酒も最高だったんだから、意味不明な言動くらいには目を瞑ることにしよう。
もしも、彼の言葉を単純に理解するのならば、それは無理な相談だ。美味しい料理目当てに、こうして天敵ともよべる馬鹿社長についてきちゃってる時点で、他の誰かについていかないなんて保証はできない。


ご馳走様でした、と手を合わせて小さく口にすれば、見計らったように伊達社長は席を立った。ほろ酔い加減で気持ちよくお店を跡にすると、エレベーターでロビーまで下る。何度見てもきらびやかな雰囲気のロビーは、会社帰りの貧乏OLである私が存在するにはあまりにも場違いに思えて、エントランスに向かって前を歩く伊達社長の後ろを、少し俯き気味に歩いた。

ところが、前方からふわりと冷たい空気が漂ってきて、私は思わず顔をあげる。静かに開いた自動ドアの向こう側は、ざあざあと音を立てて雨が降っている。うっわー寒い。
万が一と鞄に忍ばせてあった小さな折り畳み傘を取り出して、伊達社長を振り返るとペコリと頭をさげた。


「今日は、ご馳走様でした。すごく美味しかったです、ありがとうございました」

「送っていく、今迎えの車を向かわせてるから待ってろ」

「結構です、傘もありますし。それに私なんか送っていったら、先日のようにどこぞのセレブなお嬢様に誤解されちゃいますよ」


では、ともう一度頭を下げて、伊達社長の返事を待たずに傘を差して歩き出す。
寒いなぁ、なんてすっかり冬に近づいている気温に感心しながら白い息を吐き出した。キラキラと輝く都会独特のネオンの光が、雨に濡れたコンクリートにうつっていて綺麗だ。


「おい、神崎奈々!」


駅まで歩いていこうと、足元のネオンを見つめながら足早に進んでいたら…、後ろからバチャバチャと音をたてて近づいて来た誰かにフルネームを呼び捨てられる。必死ささえ含まれているようなその声に、何事かと反射的に振り返れば、そこにはさっきホテルの前で別れたはずの伊達社長がいた。


「街中でフルネーム叫ばないでくださいよ。そんな大声ださなくても、ちゃんと聞こえます」


これまた高そうなブランドものの傘をさして、息を切らせて佇む彼は何ともアンバランスでおかしい。水溜まりのなかを駆け抜けて来たのか、高級スーツの裾が濡れている。


「なんですか、そんなに慌てて…。何か忘れ物とか、しましたっけ?」

「あんたが歩いて帰るってんなら俺も歩いて駅まで送る」


はあ?そんな間抜けな声が出そうになるのを寸でのところで踏みとどまる。そんなことのために、この雨の中を走って追ってきただなんて俄かには信じがたい。切らせていた息を整えるように、ふうと深くはきだした伊達社長の白い吐息を、ぼーっと見つめた。予想外過ぎる展開に頭が上手く働かない。


「伊達社長はお迎えの車がくるじゃないですか。それに私は、わざわざ追い掛けて来てまで送る価値のあるような女じゃありませんので」


しっかりちゃっかり高級コース料理を奢ってもらっといてこんなことをいうのも少し気が引けるといえばそうなんだけど…。この前みたいなゴージャス女に、へんな誤解をされても面倒だし…あんな値踏みされるような視線に晒されるのも、もう懲り懲りだ。


「あんたを追い掛けてくるのがワンテンポ遅れたのは、手元になかった傘を用意してたからだ。そう拗ねるなよ、Honey」

「すっ、拗ねてません!そもそも、追い掛けて来ていただかなくても結構です」


全力で否定した私の態度が面白かったのか、伊達社長は小さく吹き出すとくっくと肩を揺らして笑った。私は今日この男に一体何度笑われたことだろう、本当に何処までも失礼極まりない。だいたい今、ハニーとか言わなかったか?ハニーって…。私は馬鹿社長の恋人になった記憶も、蜂蜜になった覚えもない。普段からひとのことキティキティ言ってる欧米かぶれの馬鹿社長のことだから、きっと深い意味なんかないんだろうけど…。


「拗ねてない、ねぇ?All right、ならそういうことにしといてやるよ」

「違っ!だから本当に拗ねてないですって!」

「あー、わかったわかった。ほら、寒いからとっとと行くぞ」


私の言い分など聞こえないといった風に適当に返事をすると、スタスタと歩き始めた伊達社長は、すっと私の手首を捕らえるとそのまま流れるように私の掌を握り、何事もないように歩みを進める。


「は?え、ちょっ!?」


突然の理解不能な行動に抗議しようとするものの、驚きのあまり咄嗟に言葉が出てこない。不自然にドキドキと煩い心臓と、繋がれた温かい手に、私の思考回路は悲鳴をあげている。
それにしても意味がわからない。あの何様俺様社長様な馬鹿社長、伊達政宗が私を歩いて駅まで送る?それだけで本当に、予想外なんて言葉では言い表わしきれないくらいなのに…。この状況は、一体どういうことだろう?


「駅、こっちでいいのか?」

「あっ、は、はい!」


これまた唐突な彼からの問いかけに対し、思わず反射的に答えてしまって…。完全に問いただすタイミングを失ってしまった。


(ど、どうしよう…)


一向に離される様子もなく、繋がれたままの手に引かれるようにして駅までの道のりを歩いた。



平常心は置き去り
(この手を振りほどけないのは、何故だろう)



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