朝目覚めるときの気だるさは、もう慣れた。前日の仕事の疲れも、残っている事が当たり前の毎日。俺は鳴り続ける目覚まし時計を緩慢な仕草で止めた。今日も朝から会議が入っている。

会社を引き継いでもう三年ほど経つのか、なんてふと思い出してみるが、自分の置かれている状況は、受け継いだ頃とさほど変わらない気がする。実績をたたき出してやれば、取引先などの外部の連中はすぐに黙らせることができた。が、内部の不満はそうもいかねぇ。経営云々を建前にしながら、根本は若造の俺が社長だっていう事実そのものが気に食わないのだろう。そのせいか未だに、なんてことのない会議ですら何かと反論を用意してきやがる。


「あー、面倒くせぇ…」


寝起きの髪を軽くかきあげると、勢いをつけてベットから身体を起こす。と、ほぼ同時に携帯電話が鳴り出した。今度は目覚ましではなく着信のようで、チカチカと光るディスプレイには、自分の最も信頼する秘書の名が表示されていた。


「Good morning、小十郎。どうした、何かあったか?」

「政宗様、起きていらっしゃいましたか」

「ああ、今起きたところだ」

「ならば良いのです」

「何だよ、女のとこで寝過ごしてるとでも思ったのか?」

「失礼ながら、ありえぬ話ではございますまい」

「Ha、心配性も大概にしとけよ。もし女のとこにいた場合、とんだ野暮になるぜ?」

「野暮になっても必要とあらば連絡をとるのが私の仕事です」

「ほんと、冗談通じねぇのな」

「二度寝はなりませんよ、政宗様。本日はお早く出社なさって会議に備えていただかなくては」

「しねぇよ…三十分で支度するから待ってろ」


おそらくマンションのエントランスに車を横づけして電話をしてきているのを見越して、そう言ってやれば「承知いたしました」だなんて返して電話を切る小十郎。俺の勘も伊達じゃねぇなと、喉の奥で小さく笑った。

モダンな外観の、8階建てマンション。俺はこの場所が気に入っている。広いエントランスに、吹き抜けのロビー、きちんと管理の行き届いたセキュリティシステム。室内構造デザインもスタイリッシュで広さも一人で住むには十分すぎる。
伊達の本家の敷地内には俺に用意された家があるのだから、そこに住めだなんだのと小十郎はことあるごとに言うが、それだけは勘弁して欲しいもんだ。第一、実家なんぞの監視下にいたら、あっという間に見合い話をこじつけられる。


一通りの朝の支度を済ませ、三十分でエントランスへと降りれば、待ち構えていたかのように開かれた車のドアに手を添えた小十郎がいた。俺が車へと乗り込んだ後ドアを閉め、運転席に乗り込むや否や小十郎はすかさず口を開いた。


「三分遅刻です、政宗様」

「そのくらい許せよ。俺にしちゃ早いだろ?」

「ビジネスではそうは行きますまい。…それにしてもまあ、以前までは酷かった女性がらみの問題によるスケジュールのズレは、近頃めっきり無くなりましたな」

「Ah?そうだったか?」

「女遊びにもようやく厭いたのか、あるいは婚約者殿に操だてなさるのか、はたまた…気になる子猫でも見つけなさったか?」

「なにが言いてぇんだよ…」

「やはりあの神崎という社員ですか。随分とお気に召しておられるご様子」

「へえ、そうみえるか?」

「少なくとも、今までの女性関係とは異なるようにお見受けいたします」

「なるほどな。まあ…ただの暇つぶし、だろ」



小十郎はそれ以上なにも言わなかった。それ以上発展させるような話でもねぇが、あれこれと聞き正されるかと思っていただけに拍子抜けだ。たしかにあの女、神崎とは身体の関係を持ったわけでもなければ、会社の利益になるような政略結婚の対象でもない。俺にとって何の利益もない普通のOL、いや…口の悪い貧乏性の変わった女だ。だからこそ、興味がわいたのかもしれない。あの女は、今まで俺が見てきたどんな女にもなかったものを持っている。それが何なのかわからないから、その先を見てみたくなるのかもしれない。そう改めて考えたら、思わず口角が上がった。


「本日は社内での重役との会議の後、バサラ商事との打ち合わせですが、やはり先方に向かいますか?」

「あそことの打ち合わせは、俺があっちへ出向いて行うっていつも言ってんだろうが」

「しかしながら先方は、毎回政宗様に直々においでいただくのは申し訳ないと申しておりますが」

「いや、俺が向かう。俺が好きで行ってんだから、構やしねぇだろって伝えとけ」

「……承知しました」


その意味ありげな沈黙はなんだ、と問いただしてやろうかと思ったが、逆にまた…あの神崎って女を気に入っているだとか何だとか、とやかく言われそうなので、口から出かけた文句は大人しく飲み込むことにした。
それにしても楽しみだ。今日もまたあの女は引きつった笑顔で俺にお茶を持ってくるのだろう。さて、今日はどんな手で構ってやるか。そんなことを考え始めると、午前中の会議も憂鬱でなくなるような気がした。



人生何事も面白く
(自分で思っている以上に、嵌っているのかもしれない)



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -