今日も社員食堂は賑わっていて、ざわざわと騒がしい。が、一歩遅れての食事な所為か、注文はいつもより早く出来上がった。慌ててかすがの姿を探せば、窓際の二人がけのテーブルで、ぼんやりと外を眺める彼女を発見した。


「お待たせ、かすが!」


日替わりランチを片手に、かすがの座る席へと辿り着けば、振り返り軽く見上げるようにして彼女の視線がこちらに向けられた。


「思ったより早かったな。もう少し遅いようならば先に食べ始めようと思っていたんだが、待っていてよかった」


優しく微笑んで彼女が言った言葉に、私は思わず目を見開いた。かすがの目の前にある定食は、ひとつも箸がつけられていなかったのだ。これは由々しき事態である。


「えっ、待っててくれたの!?」

「ああ、一人で食べるより奈々と食べたほうが楽しいからな」


とんでもなく可愛いことをさらりと言ってのけるかすがに、またも私の心臓はきゅんとさせられた。お昼に誘われたときの男前な発言とはまた違う、女の子の可愛さも併せ持つ彼女には、私の理性も完敗である。日替わりランチのトレーをテーブルに置くと、勢い良くかすがに抱きついた。


「あーもう!かすがっごめんねありがとう大好き!」

「あっ、謝るか礼を言うかどちらかにしろ…!」


抱きつかれたことに照れたかすがは、少しあせった様子でそういってみせた。ああ、こんなに可愛い友人に彼氏が出来た日には私はどうしたらいいのかと、今からヤキモチの心配などしてしまう。


「そうそう、コレ!かすがに心ばかりのお礼をと思って」

「私にか?」

「うん、嬉しかったからさ」

「それはすまないな、有難く頂戴する」


財布と一緒にトレーに乗せてあった缶ジュースを、かすがに手渡せば、またも少し照れたような様子でそれを受け取った。あああどうしよう、そんな反応されたら貢ぎ癖がつきそうだ。


「それがさ、その缶ジュース買うときにね。例の伊達コーポの社長に出くわしちゃって…」


缶ジュースを見たら思い出してしまったので、お互いにランチに箸をつけ始めながらそんな話をなんとなくする。かすがは何時だってあの馬鹿社長についての愚痴を聞いてくれる私の味方だ。


「このまえ奈々が書類を届けたって話だったな」

「あーそれも実に腹立たしいことだったんだけどさ…今日は今日で、それはもう人のこと貧乏人貧乏人って!!」



思い出したらまた腹が立ってきて、思わずランチのプチトマトに箸を突き刺した。だいたい私の愚痴をまともに聞いてくれる人が少なすぎる。チカ先輩には「おう、お前は悪くないぞ」なんて適当に頭をぐりぐりされて上手く言いくるめられてしまうので、なかなか愚痴を言い切れない。毛利先輩はと言えば、愚痴のぐの字も聞いてくれやしない。真田くんにいたっては…なんか癒されちゃって愚痴言う気がなくなっちゃうんだよなあ。



「厄介な奴に目をつけられたものだな」

「本当だよ、こっちは関わりたくないのに」

「だが、噂に聞けば伊達の若社長は中々に人気があるらしい」

「嘘っ!?そんな馬鹿な!だってあの人の性格の悪さって言ったら!!」



かすがが言うには、社内の女の子たちの間では彼は随分と噂の的になっているらしく、エレベーター内やエントランスのロビーや女子トイレなど、到る所で伊達社長の話を耳にするというのだ。なんでもその内容は、仕事が出来るだけでなく容姿は言うことなし背は高くてクールな反面、時折見せる爽やかな笑顔が堪らない、だそうだ。聞いていて、危うく飲んでいた味噌汁を吹き出すところだった。まったく、とんだ勘違いもいいところだ。私は彼に怒鳴られて貶されて馬鹿にされた記憶しかない。ほんとうに、どこがいいんだかと思ってしまう。



「あの伊達社長が人気ねぇ。確かに顔は良いかもしれないし、仕事も出来るけど、人間的な部分が欠落してるって」

「もちろん、私はごめんだがな」

「かすがには憧れの上杉さんがいるもんね」


にやにやと笑いながらそういって見せれば、耳まで真っ赤にしたかすがに、馬鹿!と叫ばれてしまった。かすがの憧れの上杉さんとは部署の違う上司で、仕事も出来て優しくてどこか中世的で美しい顔の持ち主である。上杉さんの居る部署によくお使いに行くかすがは、何かにつけて彼の魅力を語るのだ。そんなに好きなら食事にでも誘ってみればいいのにと思うんだが、かすが曰く、恐れ多くて声など掛けられないらしい。
恋なんてものとは久しく無縁な私は、そんなかすがの一挙一動も可愛くて仕方ない。




理想郷はここにある
(かすがと居られれば今はとりあえず恋愛はいいかなあ、なんて)






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