「え、あの…よく意味がわからないのですが?」
「ならばもう一度言おう。伊達コーポレーションに書類を届けに行け、といった」
「私が、ですか?」
「我の前に他に誰がいる?」
「伊達コーポに、ですか?」
「くどい」
ひとつひとつを紐解くように問い返していた私に、毛利先輩はぴしゃりと言い放った。以前にもこんな状況に置かれたようながするのは気のせいなんかじゃないはずだ。いつだって非情に命令を下すのは、毛利先輩の役目である。しかしながら…なんで営業でも外回りでもない私が、他社に届け物なんてしなくちゃいけないわけ?意味わかんない、けど…恐ろしくて毛利先輩にそんなこと問い詰めるなんて出来るはずもない。反論する勇気なんてあるはずもなく、とりあえずその場は差し出された封筒を受け取った。
「チカ先輩ぃぃ」
「おーどうした?」
半べそ掻きながら助けを求めにいくと、コーヒーを片手に椅子ごとクルリと振り返るチカ先輩。私のもっている大きな封筒を見るなりその表情は苦笑へと変わった。
「これは一体どういうことなんですか?伊達コーポって、あの若社長のところですよね?」
私の率直な質問に、チカ先輩はコーヒーカップをデスクにおいて腕を組み、うーんと唸ってしまう。
「あー、それなぁ…俺もなんとかしてやれねぇかと思ったんだけどよ。なんでも向こうから直々の御指名だっていうんだ」
「指名って、私を…ですか?」
その問いかけにチカ先輩は黙って頷き、それを見計らったように毛利先輩が口を開いた。
「変われるものなら変わってやりたいが、貴様がいかねば此処まで扱ぎつけた契約が破談になりかねんからな。我にはどうすることも出来ぬ、腹を括っていってくるがいい」
「だな、とりあえず頑張ってこい。もしなんかあったら俺と毛利がすぐに駆けつけてやっからよ!」
「何を勝手なことを言っている、我は行かぬぞ」
チカ先輩の気遣いに加えて、いつもと変わらぬような毛利先輩のきつい物言いの中に少しの心配と優しさが感じられ、思わず私は苦笑した。よし、いざ出陣!!
「なんて、意気込んできたものの…」
電車を乗り継いで約一時間、今私の目の前にそびえ立つ高層ビルは伊達コーポレーション本社。そのビルは見上げるだけでのけぞりそうになるほど大きくて、高い。相当な大会社だって、話には聞いてたけど。ちょっとこれ、嘘でしょう?
もしかしたら私はとんでもない男に目をつけられてしまったんじゃ…。背筋を冷や汗が伝うような感覚を、息をのんで誤魔化した。
大きな自動ドアを何枚か通り抜けてエントランスへと入ると、美しい受付嬢がにこりと微笑み深々と頭をさげた。流石というか、受付嬢のレベルまで高い。毎日出勤する度に、こんな素敵な女性に出迎えられるなんて羨ましい限りだ。
声まで素敵なお姉さんに自分の肩書きと用件を伝え、ふかふかのソファーに腰掛けること数分。聞き覚えのある低い声に名前を呼ばれ、びくりと背筋をのばす。声の方へと振りかえると、いつもの強面の秘書さんがこちらに向かって歩いてくるのが見え、慌てて立ち上がり頭を下げた。
「待たせて申し訳ない、社長秘書の片倉だ」
「は、はい!いつもお世話になっております。バサラ商事の神崎です」
「わざわざご足労いただき、すまないな。社長室で政宗様がお待ちだ、案内しよう」
「え、あの…!私が直接お渡しするんですか?」
「ああ、そのようにと仰せつかってる」
さらりとそう言った片倉さんに、それ以上何かを言い返す勇気もなく、わかりましたと小さく返す。確認するように私の返答にひとつ頷いてから歩きだす片倉さん。その後ろについて私も歩きだした。
吹き抜けのエントランスを一望できるガラス張りのエレベーターに乗り込み一番上の階までたどり着くと、さらに一層高級そうなエレベーターに乗り継ぐ。そうしてようやくたどり着いた最上階は他の階とはうってかわって、高級絨毯の敷かれた長い廊下が続いている。まるでホテルのスイートルームでもありそうな感じだ。いよいよもって私なんかは場違いな気がしてくる。
「着いたぞ、ここだ」
片倉さんに声をかけられて、絨毯を見つめていた視線をあげれば、いかにも重そうで豪華な扉が目の前にあった。
夢ならどんなにいいか
(いっそ今からでも引き返したいくらいだもの)