「あれ、ここってウチの会社のすぐ傍じゃないですか?」

一軒目の居酒屋の前で真田の旦那と別れてから、タクシーに乗り込み走ること数分。
目的地に到着しタクシーを降りたところで奈々ちゃんは見覚えのある景色に思わず呟いたようだった。

「そうそう、歩いていける距離だよ」

「へーえ、こんな近くにおいしいラーメン屋さんあったんですね」

「うん、しかもね嬉しいことに財布に嬉しいお値段なんだなあ」

「うわあ、素敵です佐助さん!!」

「でっしょー?ま、取りあえず入ろうよ」


おいしくて低価格という素晴らしい情報に興奮気味の奈々ちゃんを促しながら入り口の戸に手をかける。俺様の行きつけとはいえ最近めっきり来なかったから、なんとなく入りにくさを感じながらもラーメン前田亭ののれんをくぐった。


「いらっしゃい!って、あれ?久しぶりじゃん佐助!」

のれんから顔を出すか出さないかで景気の良い声が耳に入ってくる。声の主は前田慶次、相変わらずこの店に入り浸っているのかエプロン姿が妙に馴染んでいる。


「どーもどーも、ご無沙汰しちゃって悪いねー。最近なんだか仕事が忙しくてさ」

「そりゃあお疲れさん。おっ、今日はなんだい?可愛い子連れてきちゃって」

「あーうん、真田の旦那の同僚の奈々ちゃん。三人で飲んでたら急に旦那が大将に呼び出されちゃってさー。んで、二軒目に場所を変えて、おいしいラーメン食べつつ飲み直ししに来たって訳」

「そっかそっか!じゃーゆっくり飲んでってよ」


そういうと慶次はいつもの能天気な笑顔を返して店の奥へと戻っていく。「まつねぇちゃーん、利ぃー佐助が別嬪さん連れてきたよー」だなんて余計なこと叫びながら…。はあ、ほんとに空気読めないよねあいつ。でもちらりと見た奈々ちゃんの顔はそれほど気にしてる様子もなく、まだ少し残ってるアルコールの所為かほんのり赤い頬でにこにこと上機嫌に微笑んでた。なら、まあいいか。


カウンター席についてビールとラーメンを注文してから奈々ちゃんを眺めてると、わぁとか凄いとかいいながら店内のメニューをきょろきょろと見回してる。んーこりゃあ…低価格に幸せを感じすぎてそれ以外のことが耳に入ってない感じだねえ。ビールとラーメンが運ばれてきたのも気がつかずにいるのを見る限りでは、すでに何処か自分の世界に入りこんでいるようだ。


「奈々ちゃん?」
「……」


試しに呼びかけてみるがとりあえず反応なし。うん、予想どうり。


「奈々ちゃーん」
「……えっ!?ああっ、す、すみません何でしょう?」


目の前で少し大げさに手を翳して尚且つ声のボリュームをあげてみるとようやく気がついたようで、ハッとする奈々ちゃん。ほんと見てて飽きないなあ、この子。一見すごくしっかりしてそうなのに、実際一緒にいて話してみると何処か抜けてるって言うかなんていうか。今だってなんだかひとりで慌てながら「あああ、私またすみませんだなんていっちゃって!うあーもう、嫌になるなあ」とかなんとかブツブツ言ってるし。


「ラーメン、のびちゃうよ?」
「ごっ、ごめんなさい気がつかなくて…!食べましょう」

そうやって食べ始めたもののなかなか笑いが堪えられなくて、食べる手を止めては咬み殺した笑いを漏らした。俺様が笑ってる理由がわからずに不思議そうな顔でもぐもぐと口を動かしながら小首をかしげる彼女の姿に、なんともいえない愛しさを感じちゃってる俺はもう既に手遅れなんだなっておもう。あーあ、ほんとは真田の旦那といいなかになってもらうはずだったのにねぇ。まさか俺様自身が彼女に魅せられてしまうだなんてこんなの、とんだ誤算だ。もう苦笑するしかないじゃないの。


「困ったもんだねーまったく」

「え、と…何がでしょう?」

「んーん、なんでもないよ。またこんど二人で何処か飲みにいこうね、奈々ちゃん」

「はい、佐助さんとなら喜んで!」


最終的にちゃっかり次のお誘いまでさりげなく取り付けて、彼女のその一言に心の中でガッツポーズ決めてる時点で、もはや言い訳も出来ない。



そいつは予想外
(旦那にその気がないなら俺様いっちゃっていいかな?)





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