4月に入ってから何度も何度も聞かされる『奈々殿』の話。初めて話を聞いた時はすっごく驚いたねー。あの真田の旦那に女友達なんてさ!

それで奈々殿がこう言って…、そうすると奈々殿は大層笑って…、奈々殿はとても面白く…。旦那の口からこんなにも女の子の名前が出ることなんて初めてだったから俺様ついつい気になっちゃってさ。だいたい、やたら男前に生まれた癖にいつまでも『彼女いない歴=年齢』の寂しい男じゃかわいそうだし勿体ないってね。こうなったら俺様一肌脱いじゃうよ!俺様ってば優しーい!

真田の旦那に出来た貴重な女友達。こんなチャンス、逃しちゃダメでしょ!




(と、俺様は思ってたんだけどなー)


にぎわう店内。ビールの入ったグラスを片手に、もう一方の手で頬杖をついたまま小さくため息を吐いた。その原因はもちろん目の前のふたり。とりあえず三人で飲み始めた一軒目の居酒屋で2・3時間この2人を見てたけど…それらしい雰囲気になる様子が全くない。


「ダメだねーこりゃ」
「む?何がでござるかー?」
「なになに、佐助さーん!なんか悩み事?ダメじゃないよ、大丈夫大丈夫!人生さ、意外と何とかなるもんだってえ」
「そうだぞ佐助、悩んでたら前には進めぬからな!!」
「あーうん。あははー、ありがと…」


(誰のことで悩んでるとおもってんのさ…まったくもーこの人達は!!)

そんな俺様の気遣いも知らず、酔いが回ってきているのかすっかり出来上がった様子でお互いがっしりと肩を組んで何やら騒いでいる。
あー、もはやこの時点で何かがずれてんだって。男女間の艶めいた雰囲気なんか皆無だし、まずお互いがお互いを異性として全く意識してないって言うか…どちらかというと男友達とか兄弟とかそんな感じ?いやいや、むしろもう俺様には犬がじゃれてるようにしか見えないわ。あー…うん、無理だねこれは。取りあえずもう俺様の手には負えないって事が良くわかった。もー、好きにしてちょうだい。女の子の友達が出来ただけでも良かったね旦那、偉大な進歩だよ。



グラスを置き、また溜息をひとつ。目の前のふたりを見て苦笑。
するとそこで突然聞き覚えのある着ボイスと共にテーブルの上においてあった真田の旦那の携帯がブルブルと着信を知らせた。“ゆきむるぁー!ゆきむるぁー!”という独特の着ボイスからして電話の相手は恐らく大将だろう。


「む、某に電話でござるな。申し訳ない、此処で出ても宜しいか?」
「どーぞ?俺様は全く気にしないよ」
「うん、へーきへーき。ぜんぜん大丈夫だよー」
「ではお言葉に甘え」


そういって旦那が携帯の通話ボタンを押すと、携帯からは威勢のいい大将の雄たけびが漏れ出した。あーあ、なんだか大将もだいぶ酔ってるみたいだねーこりゃ。
その電話の向こうの勢いに負けないくらいの声を張り上げて立ち上がり通話し始める旦那。周りの人の迷惑なんじゃないかって一瞬きょろきょろしてしまうが、ここが盛況でだいぶ騒がしい居酒屋だからかそれほど目立ってなくて一安心。小洒落たレストランとかじゃなくてほんとに良かった。俺様がそうこう余計な心配をしてるうちに旦那は通話を終えたらしく、携帯をパタリと閉めるとテーブルの方へと戻って何やら申し訳なさげに頭を下げた。


「すまぬ、いましがた御館様に呼び出され宴会に参加せよとのこと。真に申し訳ないのだが某はこれにて失礼しても宜しいだろうか?」

「あー、やっぱ?まあ、大将から電話ならそんなことだろうなーとは思ったけどさ」

「じゃあ今日はコレでお開きにします?」

「いや!某の所為で飲み会を途中解散にするのは申し訳ない!!気にせず二人で飲んでくだされ!!」

「え、でも元々は真田くんと佐助さんで飲むはずのところに飛び入り参加させてもらったんだし、私と二人きりじゃ佐助さんに悪いじゃない?」

「そのようなことはござらぬ!なあ、佐助」


気を遣ったのか、お開きに…と言いだした奈々ちゃん。と、それを必死に止める旦那。さっきの電話を普通に聞き流してることもそうだけど、真田の旦那のこの勢いに動じない奈々ちゃんは結構強者だと思うのは俺様だけかな。うーん、やっぱ彼女は貴重な人材だよねえ。諦めるのはもう少し腹わって話してからでもいいかも。


「俺様もともと今日は奈々ちゃんとじっくり語るつもりでいたしね〜。んじゃ、旦那もそう言ってくれてることだし2人でもう一軒行っちゃおっか?」

「いいんですか?」

「良いに決まってるじゃないのー!あ、そうだ奈々ちゃんラーメン食べたくない?おすすめの店があるんだけどさ」

「たっ、食べたいですラーメン!!」

「なら悩むこたないね、行こ行こ!」



駆け抜けた理想
(旦那のためにもうひと踏張りしてみますか!)





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