シンと静まる部屋に緊張が走った。解決策を必死に模索するものの、苛立ちと少しの恐怖心に支配された私の脳ミソは上手く働いてくれない。そうこうしてるうちに緊迫した室内の沈黙を破って、凛とした声が響いた。

「乱暴な振る舞いはやめていただきたい」

皆が一様に声の主に視線を移す。私もその流れに倣って首を回した。私の隣に立つ、愛すべき『同僚』に。

「女子に対して些か乱暴すぎる態度ではございますまいか」

さ、さささ真田くーん!?何!?いきなり何言ってんの!?いや、嬉しいよ?庇ってくれてるのは嬉しいけどさ!この人が何者なのか知らない訳じゃないよね?

「Ah-n?」
「奈々殿が怖がられておる。これ以上の横暴はおやめいただきたい」

案の定不愉快そうに目を細めるバカ社長。しかし真田くんは物おじする様子もなく私の前に庇うように立ってくれた。真田くんは姿勢がいい。ピンと伸びた背中に少しだけキュンとした。

「アンタ……」

バカ社長がようやく口を開く。頭のてっぺんから爪先まで真田くんをじっくり観察し、そして告げた言葉はこの緊張した空気にはおおよそ似合わない物だった。

「アンタ、女いねえだろ」
「………は?」
「女だよ、女」
「おん…っ」

あ、やばい。
直感的に…というか経験を基にそう感じた。真田くんはこの手の話題に滅法弱いのだ。

「は、破廉恥な!」
「Ah-、図星ついちまったか?sorry,CherryBoy.」
「ちぇ…ちぇ…!?」

やっぱり首まで真っ赤になってしまった真田くんにバカ社長が追い撃ちをかける。

「伊達社長!」

ついには赤を通り越して真田くんの顔が紫に変色し始めた所で私は真田くんを押し退けてバカ社長と対峙した。

「何か御用なんですか!」

キッと睨んで言うとバカ社長は一瞬怯んだように顔を俯かせ、それから小さく言った。

「……dinnerに付き合え」
「……は?」
「貧乏人にまた美味いメシを恵んでやるっつってんだ」

最初に言われた言葉の内容を理解する前に腹立たしい補足説明を入れられ、ムッとした。

「結構です」

断るに決まってる。何だってまたこんな男と食事しなきゃなんないの。そりゃ前回はその…染み付いた貧乏性のせいでついつい付き合ってしまったけど、もうあんな体験は懲り懲りだ。それに、他にも理由はある。

「私今日は佐助さんと飲みに行くんです!ね、真田くん!」
「佐助…?」

バカ社長の脚がピクッと動いた。そしてその直後、なんとも好戦的な表情を作る。

「hum、どいつの事だ?」

バカ社長が室内を見渡す。部屋にいる皆は、バカ社長と目を合わさないようにぎこちなく視線を逸らしている。

「佐助さんはここにはいません!社外の友人です」
「ha!貧乏人同士のショボイ会食ってか?」

ぐ、あああ!ムカつく!また貧乏人貧乏人って!なんでこんなに性格悪いんだろうこの人!サイテー!!

「俺に付き合えよ、その10倍値のdinnerに連れてってやるぜ?」
「結構です!そんな高級なディナー、貧乏人には分不相応ですから」

てゆーかなんで私を誘うワケ!?前に現れたあのゴージャスな女とでも楽しんでればいいじゃない!何考えてんのか全然分かんない!付き合いきれない!

「…お前、俺よりもその佐助ってやつを選ぶ気か?」
「他に御用がないなら机と椅子を返していただけますか?私のような貧乏人は時間を惜しんでせかせか働かないといけないんで」

選ぶとか何とかいう意味不明な問い掛けはスルーしてやった。無表情のままで言い放つとバカ社長は眉を上げて怪訝そうな顔をする。また何かムカつく事を言われるかと覚悟を決めたけれど幸いにもそういう展開にはならなかった。部署の扉が開き、いつか見た893な秘書さんが現れたからだ。

「失礼致します。政宗様、そろそろお時間ですが」
「shit…!」

悔しそうに舌打ちをするバカ社長とは対照的に私は心の中でガッツポーズを決めていた。早く帰れバカ社長!

「……仕方ねぇ」

しばし何かを考えていたらしいバカ社長は、数十秒後にはハァと大きく息を吐き出して大袈裟に肩を竦めた。よく海外ドラマの俳優がやるようなその仕種に気障っぽさを感じた。

「邪魔したな」
「い、いえ!」

立ち上がったバカ社長に急に話し掛けられて恐縮するのは真田くんの反対隣に座って黙々と仕事を続けていた一つ上の先輩だ。なんかもう…申し訳ありません!何だかよく分からないけど私のせいでこの部署の人達に迷惑をかけてしまった。そのことを今更実感して肩身狭く感じていると、バカ社長がスタスタと私の傍へと歩いてくる。私はそれを思わず睨み付けてしまった。アンタのせいで私の立場が悪くなったらどうしてくれる!威嚇するように構えていた私にバカ社長はフンと鼻で笑い飛ばし、

そして

「………え?」

腰に違和感を感じたと思えば次の瞬間には体が軽くなっていた。片手だけで抱き寄せられたのだと気付いた時はもう遅く、耳の裏に指が添えられ、そしてそこに暖かい息がかかる。

「次は逃げんなよ?kitty」

それは故意になのか、色気を漂わせるような掠れた声。耳元で囁かれてその瞬間ゾクッと全身に鳥肌が立った。それが良い意味での鳥肌なのか悪い意味での鳥肌なのかは自分でも分からなかったけど。

離れる瞬間に耳の裏を一度だけ撫でられたような気がする。私はただ呆然とするしかなかった。



恐怖体験から生還
(身体から力がぬけて、へたりと冷たい床に腰を落とした)



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