デスクについたままコーヒーを啜る。昼休みとは違う、ちょっとしたブレークタイムだ。目を酷使しがちなこの仕事、視力の急低下を防ぐために適度に休みを入れるように指示されている。と言ってもまあ普段はあまり使わないんだけど、今日は朝からずっとパソコンにかじりついてたから目が疲れた。片手にマグカップ、もう片方の手で眉間の辺りをマッサージする。ううーん、疲れたー。伸びをするついでに周囲を見渡すと向かいのかすがは休憩せずにまだ真面目にキーボードを打っていた。隣の真田くんはどうだろう。ちらっと見て少し驚いた。真田くんがケータイを弄っている姿は何気に初めて見たかもしれない。てゆーかケータイ持ってたんだね、真田くん。後で番号とメアド聞いとこう。と食い入るようにその様子を見ていたら、ケータイをピピピと弄っていた真田くんが不意にこっちを向いた。

「奈々殿」
「ん?」
「今夜は空いておられますか?」

ケータイを持ったままで私に問い掛ける真田くん。ううーん、やっぱり似合わない。

「うん、空いてるよー。なになに?また飲みにでも行く?」
「はい、佐助も共に!」
「佐助さん?」

満面の笑みで真田くんの口から出て来た名前は聞き覚えのある物だった。佐助さんと言えば、確か宅配便のあの人だ。真田くんの友人であり私の貧乏性仲間でもある。

「今しがた佐助からメールがあり、」

真田くんがメールなんて変な感じ。どっちかって言うと手紙とか書いてそうだ、しかも筆で。ってゆーかむしろ自分の足で相手の所まで行って直接伝えていそうなイメージだ。ってまあそんなことはどうでもいいんだけど。

「実は前々から今日は外で食べようと話しておったのですが、どうせなら奈々殿も誘ってみてはいかがか、と」
「へー!それは嬉しいよ!」

そういえば少し前に佐助さんと話した時にそんなこと言われた気がする。今度飲みに行こうねー、って。あんなのただの社交辞令かと思ってたけど、ホントに誘ってくれるなんて何だか感激だ。佐助さんっていい人!

「では決まりいうことでよろしいか」
「うん!」

わー凄い楽しみ!真田くんとは勿論気が合うし、佐助さんとも前に貧乏性のあれこれを語り合ってから親近感湧きまくりだもん。きっと楽しくなる。今日は久しぶりに飲んじゃおっかな。身に染み付いた倹約生活のお陰で給料日前でもそれなりに余裕があるし、たまにはハメを外してみてもいいかもしれない。

「あ、ねえ、かすがは?」
「うむ、かすが殿も是非ご一緒に!」

どうせならかすがも一緒に、と思って声をかけると真田くんも口を揃えた。かすがは少し照れくさそうに頬を染めながらも目尻を少し下げた。

「私は…今日は少し…その…都合が悪い」
「あ、そっか」

その歯切れの悪い返事に私は今日が金曜日だということを思い出した。かすがは毎週金曜日に習い事に通ってるらしい。何の習い事かと聞いても真っ赤になるだけで教えてはくれないんだけど、まあそのうちもっと親しくなれば教えて貰えるだろうと思う。とにかく、うん、仕方ない。今夜は3人での会合ということになりそうだ。

楽しみだなぁなんて思ってテンションも上がって、仕事にも凄く精がでた。私にしてはハイペースで書類を作れたし、珍しくミスもなくて毛利先輩に怒られることもなくチカ先輩には凄く褒められた。最高だ、今日は。
きっと今日の私の運勢は二重丸だったに違いない…なーんて。ウキウキで思いながら昼食を摂り、食堂から戻って来た時点で私のテンションはがた落ちしたのだった。私の運勢が二重丸だったのは、どうやら午前中だけだったらしい。




「よう、借りてるぜ」

エラソーに足組みをして私のデスクに座っているバカを発見した時、本気で血の気が引いた。


とにかくもうあのバカ社長とは係わり合いにならない方がいいと私は判断した。何だが不運が重なって食事にまで行ってしまったけど本来なら何の接点もないような遠い存在の人間だ。このまま静かに時間が過ぎ去るのを待てば、もう顔を見る事もなくなるだろう。
そのためには、バカ社長との接触を一切絶つ事が大事だ。もしまた不運が再来して何かしら起こってしまっては台なしだ。
そんな訳で私は彼を避けまくっていた。お茶だしは全部かすがに押し付けてたし、社内でバカ社長見つけたら即回れ右してたし、目が合っても気付かないフリ声をかけられても聞こえないフリで、とにかくあの人に関与してしまわないように全身全霊で逃げ回ってた、この一週間。

でも…でも…さすがに部署にまで来られたら逃げようがないじゃない!こんな個室っ!

「な、何か、御用でしょうか」

声が上擦った。口の端がヒクヒクと痙攣する。それを押さえ込んで無理矢理に笑顔を作る。バカ社長はキイ、と無機質な音を鳴らして背もたれに体重をかける。そして無駄に長ったらしい脚を振り上げてガツンと机に踵を下ろした。その乱暴で横柄な仕種ときたら!

「ちょ!そこ私のっ……!」

私の机なんですけど!!って言いかけて慌てて止めた。この男には関わらない方がいい。今更関わらないなんて無理だけど、でも極力穏便に事を済まさなければ…。固唾を飲んで心配そうに様子を窺っている職場の皆さんの為にも!

「何か御用でしょうか伊達社長。こちらの部署に所用でしたら上の者を呼んで参りますが…」

我ながら引き攣った笑みとぎこちない応対ではあるが、今はこの姿勢を崩す訳にはいかない。

「随分と逃げ回ってくれたじゃねえか、kitty」
「…な…何のお話でしょう」

声が震えた。この人の言わんとしていることは分かった。確かに私はここ数日極力この人を避けてきた。

「シラを切る気か?」
「何のお話か分かりかねますが…」

でもだからってそれをこの人に咎められる道理なんてない。

「………」
「…あの、」

沈黙に耐え兼ねて小さく声を発したその時だった。
ガツン!と鈍い音が耳を襲う。踏ん反り返っていたバカ社長が、上げていなかったもう片方の脚を机の上に乱暴に乗せたのだ。その音と仕種にビクッと体を跳ねさせた私を見てバカ社長は嬉しそうに口元を歪める。

…う、あ、あああ!
もう!何なのよこの人!
訳分かんない。怖い!でも怯えているとバカ社長が何故か嬉しそうにするから悔しいし。半ば意地で真っ直ぐに視線を返した。




打開策は見つからない
(ここで怒鳴ったら負けだ、耐えろ私!)






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