アルコールが回ってきた赤い顔をして上機嫌で散々話していた狸親父は、つい先ほど携帯に電話が入りこの場を後にした。
なんでも古くからの親友からの飲みの誘いで、どうしても断れないんだそうだ。すまないな、だなんて謝ってやがったが…この親父さえ居なけりゃいつでも帰れるんだから俺としちゃあ好都合だ。そして例のごとく、去り際に俺の肩をバシバシと叩くと「じゃあ、娘を頼むよ。朝帰りでも構わんからな」と厭らしい笑みで言い残して いった。ったく、下品きわまりねぇな古狸は。

その狸親父の娘…目の前の女は、夕飯がまだだったのか運ばれてきた食事を粗相ひとつないテーブルマナーで口へと運んでいる。
それを俺は退屈しのぎにワインを飲みながら眺めた。するとふたくち程食べすすめた所で女はふいにフォークとナイフを置き、傍にいた店員に声を掛ける。なんだ?


「ちょっと、そこの貴方」

「はい、如何なさいましたか」

「このお料理が口に合わないの。こんなもの食べられないわ、シェフに言って今すぐ新しいのを用意させてちょうだい」

「承知いたしました。少々お待ちくださいませ」


嫌な顔ひとつ見せず恭しく頭を下げた店員は女の前に食べ残された皿を手にテーブルを後にする。なんてことはない上流社会の一場面なハズなのに、目の前のこの女の行動に何処か違和感を覚えた。


何か汚いものを見るかのような視線で皿を見やるこの女。ソレを見ていて俺は、ついさっきまで一緒にいたアイツのことを思い出した。

テーブルマナーなんざ微塵も形になっちゃいなかったが、本当に旨そうに食ってたよな。それだけじゃねぇ、残したら勿体無いだとか作ってくれた人に悪いだとか言って。ああ、仕舞いにゃ帰り際にウェイターに謝ってたな。ほんと変わった女だぜ。

「女」って生き物は皆同じ、貪欲でわがままでプライドだけは無駄に高くて男に媚売って生きてる。そんなもんだと思ってたが、同じ「女」でもこうも違うもんかと感心する。そうやって色々とあいつの言動を思い出したらなんだか急に可笑しくなって俺は思わずククッと喉を鳴らした。

「政宗さん?」
「Ah?なんだ」
「今の私のお話、聞いていなかったでしょう?」

あー、そういや今この女が何か話していたような気もする。
適当に相槌を打っていたはずだったのだが、どうやらさっきの笑いで聞いていなかったと思われたらしい。まあ、実際これっぽっちも聞いちゃいなかったんだがな。要するに笑うような話じゃあなかったんだろう。とはいえ此処でこの女の機嫌を損ねてタイミングを外し帰りそびれるのだけは勘弁だ。とりあえず上手く機嫌を取るに こした事はない。

「そうだったか?sorry」

ふとテーブルに視線を移すといつの間にか大量の料理が運ばれてきていて驚いた。窓からの景色を眺めながら女の話も上の空に考え事してたんだ、気がつかないのも無理はないか。
そのうちの何点かに手がつけられているのを見ると女はすでに食事を終えたようだが、テーブルの上には未だ手つかずの皿がたくさんある。それを見て俺はまた先ほどのアイツとの食事を思い出した。アイツがこの場にいたらきっとまた椅子から立ち上がって叫びだすんだろうな。いや、ひょっとしたらこの女に向かって怒鳴りつけるかもしれない。そう思ったらどうにも可笑しくてまた笑いが込みあげてきた。


「さっきから何度も、思い出し笑いなさるなんて珍しい…一体そんなに夢中に何を考えてらしたの?」

「夢中に、か。いいや、ちょっとな」


この女の前で別の女の話なんかしようもんなら妬きもちだのなんだのとうるせぇだろうから適当に話をはぐらかせて、俺は伝票を手に席を立つ。そろそろ帰っても構わねぇだろ。


「政宗さんがそれほど夢中になるのは、どんなお話かしら?」


女も続いて席を立ち、歩き出した俺に追いつくように駆け寄ると腕を絡めてそう問い掛ける。どぎつい香水がまた漂ってきて酷く鼻につく。甘えたような声も、全てこの後のお持ち帰りを期待しての計算高いソレだろう。あー、めんどくせぇな。


「きっと聞いたって面白くねぇよ。これからますます仕事がたのしくなるなって話しだ。お嬢様にゃ縁のない話題だろ?」


カードで支払いを済ませ、ありがとうございましたと頭を下げる店員を背に店を出る。そして、上手い具合に話を逸らせながら下りのエレベーターへと乗り込んだ。


「あら、またお仕事の話なの?仕事ばっかりなさらずに、たまには私とイイことしましょう?」


密室になったエレベーターでここぞとばかりに積極的になる女。俺の腕に抱きつく形でわざとらしく胸を押しつけ、上目遣いで物欲しそうに見上げてみせる。おいおい、さっきの純情な女のふりはどうしたんだ。


「Ha、清楚なお嬢様が欲求不満たあ穏やかじゃねぇな」

「嫌だわ、政宗さん。私そんなつもりじゃ」


俺が悪戯に顎を軽く掴んで上に向かせそう言ってみせれば、ようやく俺がその気になったと思ったのか女は抵抗の言葉を口にしながらも満足げな表情をしてみせる。このまま上手くいくと思ってるんだろうが、そこまで女に飢えちゃいねぇよ。

そこでエレベーターがタイミング良くロビーに止まり、扉が音をたてて開いた。とたんに俺は女からパッと離れ、何事もなかったのように歩きだす。そのまま事が運ぶと思っていただろう女は、当然何が起きたのかわからずに暫くエレベーターで立ち尽くしている。ha、傑作だろ。

閉まりそうになったエレベーターから何とか降りたらしい女は、慌てて俺に追いついて再び腕を絡めて次の手段にでる。おーおー、案外しつけぇな。


「政宗さん、私なんだかだいぶ酔っちゃって眠いわ」

「Hum…そりゃあ大変だ。うちの会社の車で送らせるから大人しくbedに入って寝な」

「え?ま、政宗さん!?」
「sorry…送り届けてやりてぇとこだが、生憎俺はこの後会社に寄らなきゃならねぇんだ。じゃあな、Good night」


色気の欠片も通用しない俺のあしらいに戸惑う女を、待たせておいた車の後部座席に半ば無理やり押し込むと笑顔でドアを閉める。もちろん、会社に寄って帰るだなんてのは嘘。香水くせぇ女と同じ車に乗りたくないってだけだ。

携帯をパカッと開き、俺の乗って帰る車を手配する。来るまでに5分はかかるだろう。

なんだか今日は長い1日だったな、なんて。珍しく1日を振り返れば、またアイツのことが思い出されて笑いを堪えた。

貧乏人の癖に俺に媚びも売らず、生意気で強気で…その癖どこか抜けてる変わった女。

煙草に火を着け、ひと吸いしてゆっくりと煙を吐き出す。その煙と夜のネオンサインを眺めていて不意に、あの変わった女の名前が知りたいと思った。



獲物は手の中
(さて、あのkittyをどう可愛がってやろうか?)






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