「それでは私はこれで失礼いたします」


丁寧に一礼するとクルリと背を向けその場を足早に離れていく。
送ってやると言ってそれを断られたことなんざ今までになかったことで、このままじゃ当然俺の気がすまない。慌てて後を追うように一歩踏み出し、アイツの後姿に声を掛けた。


「おい、ちょっと待」
「政宗さん、お父様が来ているの。久しぶりにお顔を見せてあげてくれない?」

俺の言葉を遮るように甘ったるい声を出すと、腕にしっかりと絡めた手にくっと力を込め俺の行動を阻止してニコリと笑ってみせる女。計算高さが見え隠れするその笑顔にイライラが募るばかりだが、仮にもこの女は俺のフィアンセだ。その上、この婚約の最大の目的ともいえるこいつのオヤジが来てるとあっちゃ逆らう訳にいかねぇ…。


「………っ、分かった」


絡められた手を振り払おうと軽く持ち上げていた腕の力を仕方なく抜く。
どんどんと遠ざかっていったアイツの背中を去り際に一瞥して、ホテルの中へと足を進めた。
我が物顔で絡められたままの女の腕を振りほどきたい衝動を幾度も堪えながら…促されたとおりエレベーターに再び乗り最上階のバーラウンジまで向かった。

エレベーターの扉が静かに開くと、絶景な夜景が視界に飛び込んでくる。
ひとりで来るなら良いとこなんだがな…。先ほどから幾度目か知れない溜息を、目の前の女に気づかれないように吐き出した。


「お待ちしておりましたお嬢様」

「ええ、お父様はどちらに?」

「ご案内いたします」


入り口に控えていたウエイターは深々と頭を下げると、俺たちを店の最奥にあるVIP席に案内する。
一度止まって歩き始めた所為か、未だに腕に絡みついて離れようとしない女からしつこいくらいの香水が香って酷く鼻についた。馬鹿かこの女は…どうやら限度ってもんをしらないらしい。



面倒くせぇな…くそ、今すぐ帰りたい。
しかしその願望は、VIP席に辿り着いた時点で泡となって消えた。


「おお、政宗君!奇遇じゃないかね、出先でこうして会えるとは思ってもみなかったよ。今夜はじっくり飲み明かそうじゃあないか」


最奥のソファにどかりと踏ん反り返って座ったままそう声を掛けてきたのは…今乗りに乗ってる超一流企業の社長、この女の親父だ。
じっくりだぁ?冗談じゃねえぜ…。ちっ、小十郎でも居れば上手い具合に言い訳して抜け出すんだが生憎今日は休暇を取ってやがる。


「ふふ、お父様ったらはしゃいじゃって。本当に政宗さんがお気に召してらっしゃるのね」

「いつでも我が家に遊びに来てくれ、といつも言っているというのにキミは中々に首を縦に振らん」

「sorry、許せ親父殿。俺はここんとこ仕事が毎日fullに入ってるんだ」

「仕事が忙しいのは実に良い事だが、たまには娘のことも構ってやってくれんかね?暇さえあれば政宗さん政宗さんといつもキミの話ばかりするんだ」

「ha,そりゃあ重症だな」

「はっはっは、そうだろう?」

「いやだわ、お父様。そんな話なさらないで恥ずかしいわ」


女はくすくすと口元を押さえて恥らってみせるが、実際なんとも思っちゃいねぇだろ。
純粋で恥じらいのある女を演出か?とんだ茶番だぜ、吐き気がする。

既成事実作って早く縁談を進めたいんだか何だか、ときたま色目すら使ってくるくせに今更純情気取りたあ笑わせるぜ。
そういや、親父ぐるみで俺にコイツを抱かせようとお膳立てしてきたこともあったか。
あの時も上手くしらばっくれてやったが、今後も籍を入れる前にこの女を抱くことなんざありえねぇな。

生憎女には困ってない。
この婚約だってウチの会社に大きな利益がないとなりゃ、すぐにでも破棄するつもりでいるんだ。欲望の処理にわざわざ危ない橋を渡ることもねぇだろ?

適当に会話をしてさっさと帰宅する。それだけを考えて俺は向かってくる言葉を受けて言葉を返した。





虚偽恋愛
(意味など有りはしない。ただ、利用価値のあるものを利用しているにすぎないのだから)





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