バカ社長は周囲からの視線を気にすることもなくスタスタと歩みを進める。私は刷り込みされたヒヨコのようにその背中を必死で追った。いやー流石伊達コーポレーションの立役者。超VIP扱いですよ。私なんかブラウン管越しにグルメ番組で見たことしかない超高級ホテルでVIP扱いってどんだけー…って感じだ。周り見渡してもなんか皆金持ちそうな人ばっかりだもん。私もう何も喋れない。この空気が恐すぎる。相当場違いな所へ紛れ込んでしまったみたいだ。

「おい、どうした。随分おとなしいじゃねえか」

半分幽体離脱していた私は、バカ社長の憎たらしい言葉でやっと我に返った。そして改めて目の前を見て思わず大声を出してしまう。

「ちょ、頼みすぎじゃないですか!?」

テーブルに並べられた色鮮やかな料理の数々。高そう、そして美味しそう!でもさすがに多過ぎる。しかもまだまだ別の料理が運ばれてくる様子。慌てて抗議した私にバカ社長は片眉を上げた。

「あ?腹減ってんだろ?」
「そりゃ減ってますけど…」

どんだけ減っててもこの量は食べ切れないよ。私だって人間だもの。真田くんなら食べちゃうかもしれないけど、私は無理。

「こんなに食べれません!」
「なら皿置くスペースがなくなるな」

平然と言うバカ社長。そういう問題じゃないっしょ…てゆーか今聞き捨てならない事を言わなかった?スペースがなくなる…って!まだ料理が来るってこと!?

「まっ、まだ頼んでるんですか!?じゃあ今からでもオーダー止めてください!」
「おい、テーブル持ってこい」
「はい、畏まりました」

聞けよ!人の話を聞け!私を無視してバカ社長はホテル従業員の人にテーブルを運ばせている。ボー然とする私の目の前で更に料理が追加されていった。バカ社長は何食わぬ顔をしている。信じらんない。この人、感覚狂ってんじゃないの?

「…Ah?なんだよ」

ジッと見ていたら睨まれた。

「…二人じゃ食べ切れないと思うんですけど…」
「食えねぇなら残せばいいだろ?お前さっきから何を騒いでんだ?」

残す…だと…?
コイツ今『残せばいい』って言ったの?それは貧乏性の私が最も嫌う行為だ。そりゃいくら貧乏性の私だって、ファミレスで残しちゃう友達にまで腹立てる事はないよ。食べれると思って頼んでも予想以上にボリュームがあって頑張っても食べ切れなかった…なんてのは仕方ないと思うけど!どう考えたって食べ切れる訳無い量を頼んで『残せばいい』なんておかしいだろ!

「金払ってんだ、文句は言わせねえよ」

このバカ社長はおかしい!人としての感覚がおかしい!

「そういう意味じゃない!」

ガタンと椅子を鳴らして思わず立ち上がってしまった。静かなホテルに私の声はやけに大きく響いて、周囲からじろじろと視線をむけられる。

「座れ」
「……ハイ」

独りエキサイトした私をバカ社長は小さく諭した。とりあえず彼の言う通りに椅子に座り直す。周囲の視線から逃げるように肩をすくめて縮こまった私にバカ社長が問い掛けてくる。

「さっきから何が言いてぇんだよ、お前は」
「だから私は…食べ切れないって分かってるのにこんなに頼むのが…」
「金払ってんだから問題ねえだろ?」
「だから、お金とかの話じゃなくて…」

何て表現したらいいのか分からない。お金払ってるんだから問題ないっていうバカ社長の主張は正論なのかもしれないけど、私が言いたいのはそういう事じゃなくてもっとこう…他人に対する気持ちっていうか…あー!うまく言えない!

「じゃあ何だ?勿体ないってか?」

バカ社長は挑発するかのように口の端を吊り上げた。その質問を頭の中で反芻してから、私は返事を返す。

「………まあ、はい」
「HA!さすがは貧乏人の発想だな」

小さく肯定した私をバカ社長は嘲って笑った。勿体ないって感じたことは否定しない。お金が勿体ない。食材が勿体ない。でも1番気にかかってたのはそこじゃないのに…

「…てゆーか…作ってくれた人に悪いってゆーか…」
「は…?」

どうせこんな事言ったってこのバカ社長には分からないんだろうけどさ。折角作った料理が手付かずで戻ってきたら誰だって悲しいじゃん。そりゃ商売だからお金さえ払って貰えればそれでいいかもしれないけど、でもやっぱ悲しいでしょ。食べてもらえることを想像しながら作ったんだろうしさ。

「分からないならもういいです…いただきます」
「…………」

私の言った事の意味はやはり伝わらなかったらしい。でも別にコイツに解って欲しいとは思わないし。この人はずっとこうやって生きて来たんだろうし。私には関係ないし。ポカンとするバカ社長を放置して料理に手を付けた。



常識はどこに
(住む世界が違いすぎるのだと割り切る他ない)







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