短編 | ナノ


毒味は必須事項



なんだろう、窓の方からすごい視線を感じる。カフェの中のお客さんもざわざわしている。

『うえっ!? む、紫原!?』

恐る恐る見てみると、羨ましそうに私を見つめる紫原がいた。私と目が合うと、小さく手を振って店内に入ってきた。

「ねぇねぇ、それ一口ちょーだい?」

『え!? いや……これじゃないとダメ?』

「だって、それここに売ってるやつじゃないし。それじゃないとダメ」

むすっとした顔で言った。てゆうか、ここのメニューを知ってるってことは……。

「名前ー」

『お父さん! 巨人で大食いの甘党なお客さんって紫原のこと!?』

厨房から出てきたお父さんに問い詰める。

「え、ああ。この人だけど、なんだい、知り合いかい?」

『同じクラスだよ!』

「え! そうなのか! そうかそうか、じゃあちょっと待っててくれ。とっておきのケーキを持ってきてあげるよ」

「やったー!」

子供のように目をキラキラさせながら言った。そのまま厨房にお父さんは戻っていった。ため息をつきながら席に戻ると、紫原が正面に座った。

『ここに座るの?』

「うん。ここがいい」

楽しそうに鼻歌を歌っている。なんか、学校での雰囲気と全然違う。あんまり話さないだけで、これが素なのかな?

「お待たせしました」

『え、ちょっと、それーー』

「いただきまーす」

私の言葉を聞かず、ケーキは紫原の口に入った。

「うっわ、めっちゃうまい。やっぱり叔父さんケーキ作るの上手だね」

「ふふふ、それがね、そのケーキは名前が作ったんだよ」

私の肩に手を置きながら自慢気に言う。

「え、これを?」

『ま、まぁ……』

なぜか紫原が黙った。そして、なにかぶつぶつ言っている。

「そうだ。毎日俺にケーキ作ってよ」

真面目な顔で言った。

『わ、私が? てゆうか毎日?』

こくこくと頷く紫原は、やっぱり真面目な顔をしている。

『まぁ、趣味でいつも作ってるし……別にいいよ。毎日は無理だけど』

「やったー、ありがとー」

そう言うとまたケーキを食べ始めた。

「ふふふ、紫原君もハマっちゃったかー」

「俺もって?」

もぐもぐしながら紫原がお父さんに聞いた。

「いやね、この前片目を隠して、泣きぼくろがついてるイケメンが来たんだけど、その人にもあげてみたらハマっちゃったんだよね」

『また勝手なことを……』

「んー、名前のケーキには人の舌を虜にする毒のようなものが入ってるのかもね」

『そんなもの入れてません!』

「例えだよ、例え。それこそ毒味が必要かもね」

はははと豪快に笑った。

「名前ちん」

『へ? なにその呼び方』

「俺、もう体に毒まわっちゃったかも」

『紫原までその例え止めてよ! てゆうか呼びーー』

私の話を最後まで聞かずに立ち上がった。

「叔父さんありがと。また来るねー」

テーブルに千円札を置いて店を出て行った。

「あ、いや、タダだからお金は……」

『もう遅いよ。明日私が返しておくから』

「あ、頼む」

それより、どんなケーキを作るか考えなきゃ。作るからには満足出来るもの作らないと。





毒味は必須事項
まわった毒は心をも溶かす


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