短編 | ナノ


冷たいきみを抱きしめて



『なんか花宮冷たい気がするんだけど、どう思う? 付き合う前まではもう少し優しかったんだけどなー』

休み時間に同じクラスの前の席の原と、隣に席の古橋に相談を持ちかけた。

「えー、俺はむしろ逆だと思うけど」

「俺もそう思う」

原がぷくーっとガムを膨らませた。大きなため息をつきながら机に突っ伏す。すると、頭上から「あ!」と声が聞こえた。

「じゃあ確かめてみればいいじゃん。俺たちが仕掛けるからさ」

『いやいや、仕掛けるってなに? それに花宮が簡単な手に引っかかるかな……』

いつもみたいに笑われて終わりなきがする。

「それは考えられるが、やってみる価値はあるんじゃないか? 名字もこのままじゃ嫌なんだろ?」

『そうだけどさ……』

私がそう言うと、原は勢いよく立ち上がり言った。

「今日の部活のとき、俺が連絡したら部室の前ね!」

そう言って教室から出て行った。休み時間はまだあるけど、どこに行くのやら。

「あいつらのところか」

『え、そうなの? 何しに?』

「話の流れからおそらく。部室の前に来いってことは、そこで俺たちが花宮に名字のことを聞いてるところを名字に聞かせるってことだろ? 打ち合わせ、みたいなところじゃないか?」

『ふーん』

そのあとは古橋と話をしていた。花宮を好きになった理由だとかの恋愛系だ。それなりに楽しかったけど、古橋の好みのタイプはどうにかならないかと思う。

「たっだいまー」

原が戻ってきたときには、チャイムが鳴る寸前だった。結局本人から話を聞くことはできなかった。





「じゃあ連絡するから、ちゃんと来てよん」

原がひらりと手をあげながら古橋と部活へ向かった。

『どう思ってるのかな……』

自分の席に座りながら考える。二人はああ言ってたけど……。まぁそれも後で分かるか。しばらくぼんやりと外を眺めていると、携帯が鳴った。

“OK!!”

原からだ。返信はせずに鞄を持って、早歩きで部室に向かった。





部室の前につくと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。扉が少し開いてる。

「そういや花宮、名字と最近うまくいってないの?」

「は?」

「授業中もため息ばかりついてる」

「別にそんなことねぇよ」

「名字が花宮が最近冷たいって言ってたらしいぞ」

「誰が言ってた?」

「え、原が……」

「ちょっとザキ、なんで言うの。それは言わない方向だったじゃん」

「お前らグルか」

花宮が苛々した声色で言った。

「んー、だって恋人同士がうまくいってないって聞いたら、やっぱり心配じゃん」

「だから……」

「んで? 実際名字のことはどう思ってるわけ?」

原が花宮に問い詰めた。しかし花宮はそれに答えず黙っている。

「え? なに?」

原が言った。私には聞こえなかったが、何か話したのかもしれない。

「だから嫌いだって言ってんだろ」

静寂が広がった。少し期待をしていた胸が握り潰されるように痛かった。

「どこが嫌いなんだ?」

瀬戸が私の傷を抉るような質問をした。

「いっつもくっついてきて鬱陶しいんだよ。色々我慢してる俺の身にもなれっての」

「色々ねぇ……」

「なんだよ」

「花宮の言う色々ってアレでしょ? 可愛いからとかそんなんじゃないの?」

原の質問に花宮が黙った。

「……悪いかよ」

ボソッと呟いた。小さい声だったが、私の耳にははっきりと聞こえた。

足音がこちらに向かってきたかと思うと、ドアが勢いよく開いた。

『うあっ!!』

思い切り顔面にドアがぶつかった。

「お前、なにしてんだ」

『花宮ー!』

痛みも忘れて私は花宮を抱きしめた。胸に耳をあてると、普通より少し速い心臓の音がした。

「まさか……」

『グルでしたー!』

花宮は苦虫を噛み潰したような顔をした。しかしすぐに余裕な笑みを浮かべた。

「ふはっ、ほんと鬱陶しいな」

『すみませんね、鬱陶しくて』

部室の中から笑い声が聞こえてきた。

「いやー、よかったね名字」

『うん、ありがとう!』

「お前ら全員練習量五倍な」

そう言われると全員絶望した表情になった。それを見て笑っていると、花宮が私に言った。

「名字もだからな」

そう言い残して体育館倉庫の方へ向かっていた。途端に笑い声が聞こえてくる。けれど、どうでもよかった。頭の中はふわふわと幸せな気持ちで溢れていた。







『やっば、きついよ……。てゆうか素人の私も五倍って……鬼!』

「なんとでも言え。信用してなかったお前が悪い」




冷たいきみを抱きしめて
素直じゃないきみの心臓の音を聞いた


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