短編 | ナノ
わたしはここ
『真ちゃんって、どれくらい目が悪いの?』
下校中、最近付き合い始めた名字に聞かれた。
「眼鏡を外したら何も見えないのだよ。それよりその呼び方をーー」
『どうにかしません!』
俺の言葉を遮って言うと、そのまま俺の眼鏡を取った。途端に視界がぼやける。
「おい! 眼鏡を返せ!」
『うわっ! なにこれ酔いそう』
眼鏡をかけたのか、驚いた声を出した。手を前に出して名字を捕まえようとするが、上手くいかない。近くに居るはずなのに、一体どういうことだ。
「名字、どこにいるーー」
言い終わる前に、胸に何かがあたった。
『私はここだよ?』
ふふ、と笑い声が聞こえた。首元に柔らかい髪があたってくすぐったい。
「分かったから眼鏡を返せ」
『はいはい』
名字が俺に眼鏡をかけると、やっと視界がはっきりとした。
『本当に目悪いんだね。頭伏せただけで見失うなんて』
下を向くと、名字と目があった。イタズラが成功したからか、少し楽しそうだ。その笑顔に胸が鳴った。
「いきなり抱きついてくるな。我慢出来なくなるのだよ」
そう言ってキスをすれば、名字は顔を赤く染めた。俺の胸からパッと離れ、手で口を覆っている。
『キ、キキキ……』
あたふたしている様子は可愛らしかった。少し動揺し過ぎな気もするが。
「いちゃついてるところ悪いんだけどよ。黙って漕いでるこっちの身にもなってくれよ!?」
大きな声で高尾が言った。
「うるさいのだよ」
「真ちゃんひどい!」
わたしはここ
そんなこと、言われなくとも感じてる
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