*** あれから十年以上経っただろうか。空は相変わらず、絵の具をぶちまけたような青で、俺は今ものらりくらりと生きている。まぁ、定期的に病院に行かなければならないのだが。五回ぐらいサボったら、担当の医師から「ちゃんと通わないとそのうち腐るよ」と脅しともとれる催促を受け、重い足を引きずりつつ病院に向かっている。 ふと視線を感じ、斜め下を見れば小さな子供がじーっと俺の顔を見ている。にこりと笑いかけてやると、それに気づいた母親らしき女性が慌てて子供の手を引いていった。この眼帯はかなり人目を引き、同時に不気味だとも思われる。こんなことは日常茶飯事で、今はもう苦笑しか出ない。 前に一度眼帯のせいでからかわれたことがあったが、そのときは兄がブチ切れてしまい大変だった。止めるのが。 「あれ、秋緋さん?」 「……あ」 振り返れば、買い物袋を持った久瑠ちゃんがそこに立っていた。「偶然ですね」 「うん、本当に」そういえば家、ここら辺だったな。古い記憶を引っ張り出して辺りを見回す。何も変わっていない。 「家、そこなんですよ。秋緋さんはどこかへお出かけですか?」 「あー、ちょっと、病院に」 病院、という単語に一瞬久瑠ちゃんは顔を顰めた。「どこか悪いんですか?」 「病気とかじゃないよ。えーと、その、傷のことで……」 なんとなく歯切れが悪くなってしまったが、久瑠ちゃんは「ああ」と頷いた。「お兄ちゃんから聞きました。秋緋さん、小さい頃事故に合ったんですよね」 すごく重体だったって。大丈夫なんですか? と、純粋に心配してくれる久瑠ちゃんに、胸に棘が刺さったようにチクリと痛んだ。それを誤魔化すように咳払いをし、「そういえば知ってる?」と話題を変える。我ながら不自然だが、久瑠ちゃんにこの話題は禁止なのだ。 「兄貴と久遠君ってさ、昔はめちゃくちゃ仲がよかったんだよ」 「ええ、そうなんですか!?」 想像出来ない、と頬を綻ばせる彼女に、俺もつられて表情を緩めた。 「言われてみれば、お兄ちゃんと雹さんってどことなく似てますよね」 「あぁ、」 言われてみればそうだ。意地っ張りなところも、頑固なところも、自分を犠牲にしてまで大切な人を守ろうとする優しさまでも。 ――二人の間に何があったかは知らないけれど、きっとあの事故が切欠だったのだろう。そう思うと、仕方ないという気持ちと申し訳なさでいっぱいだった。 「久瑠ちゃん。今、仕合わせ?」 ふっと湧き出た質問だった。慌てて口を覆うが、時既に遅し。予想通り久瑠ちゃんはぽかんとした表情をしている。「ご、ごめん。忘れて――」 「はい、とっても仕合わせです!」 久瑠ちゃんは、嘘偽りなく莞爾に笑った。 今でもたまにあの日のことは夢に見るし、右目だって痛むけれど、いいじゃないか。この子を守れたんだから。いいじゃないか、仕合わせだと言ってくれるんだから。 いいじゃないか。そう思うのに、本当に心からそう思うのに、君が何も覚えてないという事実に胸が千切れそうになるんだ。 |