小さな幸せから | ナノ
 懊悩

苗字のことが好きかと問われれば好きだ。
だが、それが恋愛感情なのかは断定できないが気になるのは事実。

単に興味があるだけで、"好き"でないのかもしれない。

この柳蓮二を、ここまで迷わせたのは


苗字名前、君だけだ。


*****

「俺は苗字のこと…」

言うことをしっかりと決めていたわけでもないのに、無意識にそう言いだしていた。

俺らしくもない。

「…………」

こちらを見つめてくる瞳は真剣そのもの。


そうして言葉が出ず、沈黙が続いた。

すると、苗字の鞄の中から携帯の着信音が聞こえてきた。

「すみません…」

少し頭を下げて、苗字は電話に出た。

「うん、少し遅くなるかも…え?そんなんじゃない。…じゃあ」

携帯を鞄にしまいながらもう一度謝ってきた。

「いや、構わない。それより時間は大丈夫か?今の電話は親からだろう」

「ご飯ができたそうで」

「では、先程の話はまた後日にしよう」

「大丈夫ですよ。遅くなるって言いましたし」

俺が言い出せないから後日に…なんて言えるわけもなく、構わないからともう一度言えば、苗字は頷いた。


そして、ベンチから立ち上がろうとしたときだった。

苗字の体がぐらりと揺れた。

「わぁっ…!」

咄嗟に肩を支える。きっと、ブーツが小石か何かに躓いたのだろう。

「大丈夫か?」

「は…はい、ありがとうございます」

苗字は俯きながら恥ずかしそうに言った。

「フッ…ブーツもあまり履かないのだろう?」

「はい。やはり、歩き方とかぎこちなかったですよね」

「ああ。フラフラとしていて正直、とても心配だった。だから帰りは手を繋がないか?」

「へっ…!?」

驚いたような表情をするものだから、嫌ならいいのだがと言えば首を振りながら手を握ってきた。

その仕草が可愛くて、自然に笑みが零れる。

「もし、転けそうになってもすぐに支えられるな」

「何度も転けそうになるほどドジじゃないです」

きっぱりと言っていたが、何回か躓いていたので、かなり危なっかしかった。


苗字の手は当たり前なのだが俺の手に比べたらとても小さく、そして冷たかった。

包み込んで、あたためたい。

そんな気持ちにさせる手だった。

*****

帰宅してから、今日集まったデータをまとめていた。

そもそも何故、俺が苗字に関わっているかと言えば、興味と疑問だった。


俺は中学の頃から図書室はほぼ毎日通っていた。

そして、3年になって少しした頃からだったか、毎日視線を感じるようになっていた。

自分で言うのもなんだが俺はモテる。
だが、その時の視線は好きとかそういうものではなく、どこかあたたかい視線だった。


誰なのか知りたいと思ったが、分からなかった。

周りを見てみても、誰もこちらを見ていない。
ある時、一人の女子がこちらを一瞬見たが、無表情だったので、この子ではないだろうと思った。


それから、秋になって以降から視線を感じなくなっていた。

そして、いつかの女子も図書室からいなくなっていた。

やはり、あの子だったのか?

100%そうだとは言えないが、かなりの確率でそうなのだろう。


その疑問は数ヶ月後に解き明かされることになる。


その日もいつものように俺は図書室に来ていた。

本を選んでいると、久しぶりに感じるあの視線。
振り返って周りを見てみれば、奥にあの子が立っていた。

やはり、な。

俺はすぐにその子について調べた。

2-E 苗字名前
今年の春に立海に転入してきており、友達はいない。
静かでとても大人しく、読書が好き。

それから、毎日、苗字を観察して分かったことがある。

彼女は無表情のように見えるが、微笑んでいる。

本を読んでいるときに、面白かったのか本当に少しだが笑っていることもあるし、滅多にないが、悲しそうな表情をすることもある。

そうして、ある疑問と興味が俺の心に浮かんだ。

苗字は、何故こちらを見て微笑む?という疑問。

そして、興味は苗字の表情。

きっと、俺以外には笑っているかどうかも分からないだろう。
一番分かりやすい笑顔でさえそうなのだから、他の表情が分かるわけがない。

だが、この柳蓮二、機微をとらえるのは得意だと自負している。

このような性格をしている俺が、苗字に興味を持たないわけがなく、苗字の色んな表情をもっと知りたいと思ったのだった。


今以上に知りたいから観察しよう。
そう思ったときには手遅れで、気付くのがあと少し早ければと悔やんだ。

そう、卒業だ。

俺は高校に上がるが、苗字はまだ中学。その状態でわざわざ関わるなど不自然にもほどがあるだろう。

そうして、長いようで短かった一年は終わり、苗字も高校生となった。

図書室が開館する初日から苗字は来ていた。声を掛けようか、そう思ったが止めておいた。


まだ観察を続けて、十分にデータが集まってからにしよう。

それから集めていくうちに、段々と苗字自身にも興味が湧いた。

もっと、知りたい。


そうこうしていると秋になった。
いい加減、直接関わろうと声を掛ければ普通に対応してくれた。

まるで、"はじめまして"のような。

俺が今まで苗字のことを観察していたことなど知りもしないだろう。

長々と話したが、要は苗字のことを知りたいというわけだ。

だから、マネージャーをやるとなったときは内心、とても嬉しかった。


日に日に色んな表情を見せてくれる苗字が、恋愛感情を除けば好きだと確実に言える。

だが、"恋愛"となると自分では分からず、少し困ったものだと思う。

ああ、柳蓮二ともあろう男が情けない。

それほどまでに苗字の影響が強いのだろうか。


*****

「ねえ、お母さん。恋ってどんな気持ち?」

そんな質問をしたのは日曜日の寝る前のときのこと。

「いきなりどうしたの?」

「知りたい。恋の定義って何?本には書いていないの?」

散々、恋はしていないと言っていた私だが、正直のところ恋すら一度もしたことがない。

言い切れていたのは何となくである。

しかし、柳と1日過ごして気が少しだけ変わった。

並んで歩き、本屋へ行って、ご飯を食べて、買い物をして、そして、手を繋ぐ。

この行動をしているとき、言葉では表現しにくい感情が心の中にあるのに気付いた。

モヤモヤなのか、ドキドキなのか。

考えた結果、これが、恋をするということなのか?という疑問に至った。

「恋の定義…ねぇ。"学校生活"という名の本じゃないかしら」

「そんな本があるの?」

「違うわよ。とりあえず過ごしていればいつかはわかるわ」

「…うん……」

答えでないような答えだが、もしかすると母の言葉通りにすればわかるかもしれない。

それに、あまり深く考えすぎるのもよくないだろう。

そう思いながら、眠りについたのだった。


*****

二年生のときの夢を見た。

図書室で初めて柳先輩を目にしたときの夢。



私は二年生の春に、この立海に転入してきた。

もともと人付き合いの苦手で無表情且つ無愛想に見られる私が、知らない人に囲まれた場所で自ら友達を作れるはずもなく、1人だった。

話す人もおらず、読書が好きな私が昼休みや放課後に行く場所といえばあそこしかない。

図書室だ。

しかし、転校早々に動き回ったり、色んな場所へ行ったりすることは躊躇われて初めのうちは行かなかった。

少しした頃に勇気を振り絞って行ってみた。

するとそこにいたのは、見惚れるほど綺麗な男の人。

すらりと背が高く、顔立ちはとても整っている。

閉じられているように見える目は知的な雰囲気を出していて、髪は少し風が吹くだけで、さらっと揺れた。

本をめくる指は細長く、でも手は大きくて腕もしっかりしていて彼も男なのだと感じさせられた。

容姿端麗や眉目秀麗。
両方似たような意味だがこの言葉は彼のためにあるようだった。


ああ、この人を見ていたい。


翌日も図書室に行けば、彼はいて、今日も見れたことがとても嬉しいと思った。

彼は、ほぼ毎日図書室にいる。

いつからか彼を見ているのが幸せで、どこかあたたかい気持ちになることがわかった。

そうして、見る度に自然に笑みが浮かんだのだった。


名前は、司書の人に柳くんと呼ばれていたのを聞いて覚えた。

"柳先輩"

生徒会に所属していたので、学年はすぐにわかった。

図書室の窓から、テニスコートで練習しているのを見て、テニス部だということも知った。

私はそんなに目が良い方ではない。
むしろ悪い方なのでテニスをしている姿はあまり見えなかった。

だが、わざわざテニスコートまで行って見ようとは思わなかった。
テニス部にはファンクラブがあるせいか、たくさんの女子がフェンスに集っていて、その中に入るのが私は嫌だった。
それに、そこまでして見たいわけではない。

まあ、勿論のこと、多少なりと少しは話してみたいなどという気持ちはあったが、話しかける勇気がなかったので諦めていた。


しかし、あちらから声をかけてくれた。
嬉しくて仕方がなかったのを覚えている。

今でこそ普通に話しているが、初めは緊張していた。


この話はここまでにしておき、私は悩んでいる。

昨日から違う意味で少し意識し始めたので、ちゃんと対応できるか不安だった。

翌日、何とかなるかと思いながら朝練へ行った。

「先輩方、おはようございます」

部室前で話している幸村と真田に声をかけると、幸村がいいところに、というような表情で挨拶してきた。

「おはよう、苗字さんちょっといいかな?」

柳先輩はどこなんだろう、と少し気になりながらも話を聞いた。


「あ、新しいマネージャーですか?」

「そう、マネージャーしたいって言ってきたんだよね」

「少しの期間とはいえ、お前がマネージャーにおいては先輩だ」

「だから指導してほしいんだ。今日の放課後からよろしくね」

「はい…」

不安そうに返事をすれば、大丈夫だという声が上から降ってきた。

振り返ると、柳が立っていた。

「あ、柳先輩…おはようございます…」

驚きと緊張とで言葉がつまり掛けそうになる。

「苗字、おはよう」

それからはコートへ行って整備をしていた。


今日一日は大変そうである。

柳といると、いつかのように心は落ち着かないし。

何よりも新しいマネージャーがくる。

私なんかが教えられるのだろうか。しかも、二年生らしいのだ。

その日の授業が頭に入らなかったことは言うまでもない。

*****

あとがき
うぎゃあ、文がおかしいいい。変なところはもうスルーしてください!
そして読み返したら文に矛盾が生じてそうな話ですね!
そして会話少ない!長ったらしい!…最初の目標どこにいった…。

ところでタイトルの"懊悩"って最初は"おくのう"って読んでたのですが
正しい読み方は "おうのう"(心の奥で悩むこと。)らしいですね…
自分でタイトルにしたくせに読み方間違ってました(笑)
というか、タイトルを二字熟語にし始めた自分を恨む…。

あとがきも長いな・・・。
(~20120830)執筆

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