▼ 恍惚
テニスをしているあの人を初めて見たとき、今までとは違う何かを感じた。
ずっと、美人で綺麗な人だと思っていた。
でも、ユニフォームを着て動く姿はとても格好良くて、目が離せなかった。
*****マネージャーになってから一週間が経とうとしていた。
今日も最初に行って、コート整備をしていると、幸村と真田がやってきた。
「苗字さん、そろそろ慣れたかな?何か分からないこととかない?」
幸村が優しく微笑みながら聞いてきたので、ざっと今までの部活を振り返ってみる。
みんな、良い人たちばかりだし、私が笑顔じゃなくても明るく接してくれている。それに、マネージャーの仕事は柳が丁寧に説明してくれたのを、しっかりメモ帳に書いてあるので、仕事で戸惑うことも少なかった。
「大分、慣れましたよ。分からないこともそんなにないですし」
すると、真田が口を開いた。
「そんなにということは一つはあるのか?」
「あ、いや、そんなにっていうのは、そういう意味で言ったのではなくてですね…」
まさか、そう返されるとは思わず、慌てて訂正した。
「ふふ…やっぱり君って面白いね。蓮二が気になるのも何となく分かるよ。」
「柳先輩が私のことを?」
いきなりの思わぬ言葉に、つい聞き返してしまった。
これでは、明らかに私も柳先輩が気になっていると幸村にバレバレである。
「うん、本人に聞いてみるといいよ」
それから幸村は楽しげに笑いながら、真田をほったらかしにして部室に行ってしまった。
「真田先輩は行かないんですか?」
「ああ。…ところで、二人で話すのは初めてだな」
「え?あ…そうですね」
いきなりどうしたんだろうか。
確かに二人で話す機会は今までに…いや、あった。一度だけあった気もがするが私の記憶違いなのだろうか。
「俺が怖くないのか?」
「ええ、全く。どうしてですか?」
「…以前、日直当番でクラスの女子と教室で2人になったときに、怖がられたことがあってな」
真田の顔を見てみれば、普段からは想像できないくらいに眉を下げていた。
「それは、悲しいですね。いつも怒鳴ってるからじゃないですか」
そう言えば、真田が顔を逸らした。一瞬だが、笑いそうになっているように見えた。
それよりも、さっきから些か違和感がするのは気のせいではないはずだ。何と言えば表現しやすいかは分からないが、雰囲気が違うのだ。
「一つ、よろしいですか?」
「な、何だ。」
「先輩と2人で話すの初めてですよね」
つい、さっき思い出したが、私と真田は二人で話したことが一度だけだがある。しかし、真田は二人で話すのは初めてだと先程に言った。あの真田が忘れるだろうか?そして、部活に来て無駄話などするだろうか?
ということから、今、目の前にいるのは真田ではないと思い、私はあえて"先輩と2人で話すのは初めてですね"と言った。
「…くくく…面白いのぅ…降参じゃき」
そう言いながら、正体を現したのは銀髪を後ろで結った人。
いきなり姿変わらなかった?気のせい?…という疑問が浮かんだが、聞いてはいけないお約束ということにしておこう。
「仁王先輩でしたよね?」
「そうじゃ…。おまん、俺の
詐欺を見破るとはなかなかやるの」
「いえ、それほどでも。雰囲気や今までのことから当てただけですし」
仁王はにんまりと満足そうな笑みを浮かべた。
「返答ともに合格ぜよ」
そして、よく分からない言葉を残して行ってしまった。
結局、仁王が何をしたかったのかは分からない。
*****部活が終わってから部室で今日の練習について色々と日誌に書き込んでいた。前には柳がいて、多分、データなどをまとめている。
今日の部活は、ずっと幸村の言った言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡って、あまり日誌を書き進めれていない。
"蓮二が気になるのも何となく分かるよ。"
私は柳先輩に恋をしているわけではない。きっと似たような感情だが、憧れというのには不確かだし、言語化するには少しばかり困難だ。
恋愛的に好きではないと言い切れるのに、柳に気になられていると聞いて、どういう意味なのか知りたいと思ったのはどこからくる感情なのだろう。
やはり、人の情緒とは難しいものである。
すると、手が止まっている私を見かねたのか柳が声を掛けてきた。
「苗字、どうかしたか?」
「…あの、幸村先輩が言ってたんですけど、柳先輩が私のことが気になるって言ってたんです」
本人に言うとなると、少しばかり恥ずかしくて口ごもりながら言うと、柳は溜息をついた。
「はあ、精市…」
少し困ったような顔をして、特に深い意味はない、と言われた。その返答にも気になって、では、どういう意味ですかと聞いてしまった。後悔することも知らずに。
「…ストレートに言えば、君のことを少し知りたくなったのだ」
急にそんなことを言われるとは思っていなかったので、一気に顔が熱を持った。
きっと、頬が赤くなっていることだろう。
「そ、そう、ですか…」
こんなことになるならば聞かなければ良かったと思った。
*****翌日、私は柳のことを変に意識をしてしまって、顔をちゃんと合わせられなくなってしまっていた。
「…はぁー……」
休憩中、無意識に溜息がでる。
「…………」
ぼけーっとしていると名前を呼ばれたので振り返ると柳生が立っていた。
「どうされたのですか?」
「あ、その…」
「柳くんのことですか?」
「…やはり分かりますか?」
「よく、柳くんの方を見ていますからね」
「え…本当ですか?」
すると、柳生がクスリと笑った。
「自分ではお気づきでないのですね」
ええ、と苦笑しながら返事をすれば、好きなんですか?と問われた。
「恋愛的には好きではないです」
そう断言すれば柳生は少し驚いたような顔をして、何かを考え始めた。
「率直すぎて、少し落ち着けないだけなんですよ」
「そうですか…。一つ、忠告と言いますか、柳くんについて言っておきますが…」
メガネのブリッジを指でくいっと上げながら、柳生はこちらを見据えてきた。
「彼の行動は全てが計算し尽くされている可能性がありますよ」
では、失礼。そう言って去る柳生の背中を見つめる。
可能性があるとは実に曖昧な言葉を残していったな、と私は一人立ち尽くしながら思った。
それからボール拾いをしていた。
近くに柳がいるので、少し緊張しながらも作業を進めていると、急に危ない!という声が聞こてきた。
「…ん?」
振り返ろうとしたがそれは叶わず、気づけば誰かの腕の中だった。
「大丈夫か?」
見上げれば、柳先輩と目があった。
「えーっと…」
「まず状況を理解していないようだな」
話を聞くに、切原がミスをして打った球が私に当たりそうになったところを柳が助けてくれただとか。
「そうなんですか…ありがとうございます」
「ああ、無事で何よりだ」
「柳先輩は大丈夫ですか?」
「俺はそんな柔な体はしていない」
「良かったです。ところで、そろそろ色んな意味で限界なんですが」
未だに抱きしめられていて、私の心臓は爆発しそうなのだ。
いくら好きでないといえ、異性にそのようなことをされると照れる。
しかも、柳とは昨日のことがあるので余計だ。
「ああ、すまない」
一歩引いた柳はボールを近くのカゴへ入れてコート内へと歩いていった。
ふと、幸村の方を見れば、こちらを見て微笑んできた。そして、手を上下に振っておいでというジェスチャーをした。
「何ですか?」
幸村の元へ駆け寄れば、つんっと頬を突いてきた。
「あんまり深く考えずに、普通に過ごすといいよ」
「…は、はい」
それができたら今日、1日はこんなにも考え事はしてないのだが、と思ったのも束の間、幸村がコートを指さした。
「あ、蓮二が赤也と試合するみたいだ」
私もコートへ目を向ければ、2人がネットを挟んで対面していた。
「蓮二がするのはレアだから、よーく見ておくといいよ」
頷くと同時に審判の声が響いてきた。
私は柳の試合に釘付けされた。テニスの知識はまだまだ少なくてドの付く素人だが、この人はテニスが上手なのだと分かった。
相手の切原も上手なのだが、柳には手も足も出なかった。
淡々と何かを呟いて、打つときに揺れる綺麗な髪。
動いているのにも関わらず、汗一つかかずに涼しげな顔。
技を出す度にあがる歓声も私には聞こえていないほどに、柳のテニスに夢中だった。
一つ一つの動作に目が離せずに、私はその姿に魅了した。
昨日や先程のことなんて、もう頭にはなかった。
(見ろよぃ、苗字の顔。あんな夢中な表情って珍しくね?)
(ああ、正に見惚れてるって感じだな)
*****あとがき
1日で書いた!
見直しも全然してないので変なところ多いですが、
お気になさらず…。
(20120825)執筆
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