小さな幸せから | ナノ
 微笑

私はあまり笑わない上に笑っていても無表情に見える。

だから、全く笑わない人と思われているらしい。

多少、感情表現が苦手というのもあるかもしれないが...。


私が笑うときは図書室にいるときの、ある一瞬の間である。

*****

今日も一度だけ視界に入れる。

あなたの存在を確認するように。

それがたった一度だけでも幸せ。

だから、今日も満足と思った。

でも、翌日はいつもと違った。

「すまない」

声をかけられた。内容は持っている本を貸してくれとのことで、読んだのでいいですよ。と言いながら私は本を差し出した。すると、「ありがとう」と言って、あなたは綺麗に微笑み、そして去った。
その日は、いつもより幸せになったと思った。

翌日もいつもとは違った。

「昨日の本、なかなか面白かった」

「そうですね」

「確か、君は1-B 苗字名前...だな?」

声を掛けられたのは昨日と同じだが、今日は名前を呼んでくれた。それに、クラスも知っていてくれた。嬉しさのあまりに声が出なかった。

「間違っていたかな?」

「いえ、合っていますよ。柳先輩」

自分も名前を呼ぶと、驚きもせずに「では、失礼」と言って去った。



次の日は今まで通り、一度、視界に入れるだけだった。少しは何かを期待したが、一度でも見られることが幸せだった。

そして、また翌日は図書室以外で会った。

何かが合ったわけではない。ただ何となく、私は珍しく授業をサボって屋上でのんびりとしていた。

「苗字」

声を呼ばれた方を振り返る。そこに立っていたのは、あの人で、なんでここにいるのだろうとか疑問を持つ前に、今日も顔が見れて嬉しいと感じた。

「隣、いいか?」

コクンと頷いて返事をした。
私は笑っているつもりだが、無表情だっただろう。

「真面目な苗字がサボるなんて、何かあったのか?」

「いえ、何も」

素っ気ないとわかっておきながらもこういう答え方しかできない。だが、あなたと喋り続けたいからこちらからも、そういう先輩は?と質問した。

「俺は君がここにいるのが見えたから」

沈黙が続いた。どう反応すればいいのかわからなかったから話せなかったのだ。しばらく、柳の顔を見つめていると、驚いているのかと問われ、ゆっくりと首を縦に振るとノートに何か書き込んでいた。

ああ、やはり私は感情が顔に出にくいのか。
周りはみんな、出さないと勘違いしている。違うのに。

そう思ったのも束の間、また先ほどとは違う意味で驚くことを言われた。

「顔に出さないのではない、そう見えないだけ、なのだろう?」

「......!?」

やはり、この人は違う。私のことをしっかりわかってくれる。
また、この人に惹かれた。

「ありがとうございます」

「何故感謝される?」

「先輩はわかっていてくれたから」

「いや、君のことは...まだまだわかっていないよ」

悲しそうにするあなた。どうして、そんな顔するの?なんて、聞けずに話を続けた。

「少しでも、私は嬉しいです。」

それからは、他愛ない話をした。チャイムが鳴らなければいいのに、と思ったがそうはいかないらしく、しっかりと授業の終わりを告げた。「では、また」と言って屋上を出て行く柳の背中を見つめた。明日も、話してくれると受け取ってもいいのだろうか、と思いながら。


そうして夜になった。布団に入っても、今日の会話が頭で繰り返され、眠りにつけなかった。きっと、今日は幸せになりすぎたのだ。今までで一番話したし、そんなに話せるとも思っていなかったから。

結局のところ、一睡もしないまま学校へ行った。

頭がくらくらする。貧血気味の私は、生理のときはかなり調子が悪く、しかも昨夜寝ていないので更に気分が悪かった。
それなのに図書室に行くのは、あの人を見たいから。

「苗字」

フラフラと歩いているせいか、声をかけられた。傍から見たらよほど調子が悪そうか、変人に見えたに違いない。
くるりと名前を呼ばれたほうを振り返ると、顔を覗き込んできた。驚いたため一歩下がってしまう。

「隈ができている。それに顔色も悪い。大丈夫か?」

あなたの白くて細長い指が、頬に触れて隈をそっとなぞった。すると、体の奥から、何か熱いものが沸き上がるのを感じた。

「昨日、眠れませんでした」

「それはいけないな」

誰のせいだ。いや、自業自得か。とりあえず礼を言っておくことにした。

「大丈夫ですので、ご心配ありがとうござい――

言い切る前に視界がぼやけ、ふらっと体が柳のほうに倒れた。受け止められても尚、薄らと意識があったが、起き上がれそうにはなかった。

「苗字...!」

最後に思ったことは、なにこのベタな展開、だった。

*****

目が覚めると保健室にいた。

窓からはオレンジ色の光が射し込んでいて、もう夕方になっていたことがわかる。そんなに寝てしまっていたのかと思うと嫌になる。授業に出なかったために勉強が少し遅くなったとか、学校で熟睡してしまったとか、その他諸々が理由だ。

シャッとカーテンが開かれた。そこに立っていたのは勿論あの人で、心配そうにこちらへ寄ってきた。

「起きていたか...と言っても先程目が覚めたという感じだな」

「運んでくれたのですか?」

「ああ」

「ありがとうございます」

頭を下げると、ポンッと手を置かれた。その手は大きくて、優しくて、とてもあたたかかった。

「朝から調子が悪かったのだろう?」

その声もとても優しくて、心配をかけてしまったようで申し訳なく感じた私は眉を下げながら柳を見上げ、そして頷いた。

「無理はするな...俺が受け止めたからいいものも」

「ご迷惑をお掛けしてすみません」

この謝罪もまた、無表情に見えてるのだろうか。

「いや、いい。少しは良くなったようで良かった」

立ち上がり、スカートを整えると鞄を渡された。ありがとうございますと言いながら受け取り、帰ろうとすると腕を掴まれた。

「今日は家まで送っていこう」

「いえ、構いません。大丈夫です」

流石にそこまでしてもらうのは悪い気がしたが、心配だと言って真剣に見つめられ、これ以上断るのは無理だと感じた。

「...お願いします」

意外にも、家はとても近かった。電車が同じ方面だったこと自体も驚いたのだが、朝や放課後の登下校に全く会わないために、逆方向だと思っていたのだ。まあ、テニス部は朝は早くから、夜はとても遅くまで練習しているようなので当然か。

「今日は本当にありがとうございました」

しっかりと、深く頭を下げる。今後は絶対に迷惑をかけてはならない、そう自分にも言い聞かせて。

「ああ、しっかりと寝るのだぞ?」

「はい」

「では、また明日」

「ええ、さようなら」

別れる際に、しっかりと寝るのだぞ?という質問に対して返事をしたくせに、すぐには寝れなかった。今日も幸せだととても感じだからだろうか。だが、また迷惑をかけるかもしれないと思って、二時には眠りについた。


翌日、寝坊したせいで弁当を作れなかったため、私は購買へと足を運んだ。滅多に来ない購買には人がたくさんいて、あの人だかりに入ると思うと気が重くなった。
一食くらい抜いてもいいか。そう思った瞬間、誰かの手が頭にのった。

「三食はきちんととれ」

この心地よい低音はあの人だ。

「柳先輩...」

「一食くらい抜いてもいいと思った確率、96%」

その通りです。とは言えないが、どうして私の考えていることが分かったのだろう。しかし、今はそんなことを考えている暇はないらしく、何が欲しいか問われた。買ってきてくれるらしい。
折角なのでお言葉に甘えて頼むことにし、サンドイッチと牛乳をお願いした。柳は、わかったと言って、人ごみの中に入って行った。それでも何処にいるかわかるのは背が高いからだろう。

「これでいいな?」

「ありがとうございます...はい、代金はこれでいいですよね」

「いや、構わない」

お金を出すと断られたが、それでも諦めずに頑とした態度をとる。

「では、こうしよう。」

柳の提案は弁当を作ってくることだった。考えた末、了承した。毎朝、自分で作っているから面倒ではないが緊張はする。

「では、よろしく。楽しみにしているぞ」

翌日、早起きをして大きめのお弁当を作った。男子はよく食べると思ったからだ。とりあえず、大は小を兼ねると言うので問題はないだろう。それよりも気になったのは、好みだった。聞いておけば良かったと後悔する。差し支えないように、和洋中を一通り入れておいた。


学校へ行くと、靴箱に一枚の紙があった。それは柳からのもので端正な字でこう書かれていた。

--------------
苗字へ
君のことだ。今日に弁当を作ってきたのだろう?
昼休み、屋上で待っている。
柳より
--------------

それから、昼休みまでが待ち遠しかった。まだかまだかと授業中に時計を何度も見た。授業もちゃんと聞いていなかったので今日の復習は念入りにしないとな、と思った。

そうして昼休みとなり、屋上へ行った。柳の隣には癖のある青髪のふんわりした人と風紀委員長がいた。
確か...幸村先輩と真田先輩?
2人とも有名だから名前だけは知っていた。

「すまんな。止めたのだが、精市が聞かなくて...一緒でもかまわないか?」

コクリと頷くと、隣にいる幸村がにこりと微笑んだ。

「俺は幸村精市、よろしくね。君のことは聞いてるよ。苗字さん」

幸村に続いて、真田も自己紹介をした。

「真田弦一郎だ」

「よろしくお願いします」

お辞儀をしてから、柳に弁当を渡した。ありがとうと礼を言われ、首を振った。

「口に合わなかったらすみません」

「いや、大丈夫だ。では頂く」

トクン、トクン、と心臓が速く波打ち始めるのがわかった。思った以上に緊張しているらしい。

パカッっと、柳が弁当箱を開くと同時に幸村と真田も中を覗いた。

「彩りがとても綺麗だな」

見栄えは良かったらしい。まずは一安心とばかりにふぅ、と溜め息をついた。

「すごいね。一人で作ったの?」

「はい。少しだけ母に教わりましたが」

へぇ、と頷いてから幸村が笑顔で「俺も食べたいな」と言った。真田は難しい顔をして弁当を見つめていた。
そんな二人に、柳先輩が良ければお二人ともどうぞと言うと、やったというような表情を浮かべて幸村が柳に聞いた。

「いいかい?蓮二」

「...構わない」

少し何かを考えてから答えた。何を考えていたか気になったが、三人が料理に箸をのばしたことにより思考がそちらへ向いた。

「では、頂こう」

先程以上の緊張が私を襲う。料理が苦手なわけでないが、こんなことは初めてだからだ。

「美味いな」「美味しいね」

柳と幸村が同時に呟いた。
緊張感が抜けて、もう一度溜め息を零した。どうやら口に合ったらしい。

そういえば真田はどうなのだろうと思い、そちらを見ると「たまらん!」と、そんな言葉を真顔で言うものだから、可笑しくてつい笑いが零れた。

「ふふ...」

相変わらず顔は無表情だろうが、声に出して笑うのは自分でも珍しいと思った。
柳も、それに気付いたのか、苗字も声に出して笑うのだなと言った。

「久しぶりに...です」

「そうか」

理由はよくわからないが、優しく頭を撫でてくれた。
とても幸せだった。


一週間前の自分では到底、予想できないような光景だろう。
しかし、嬉しい気持ちがある一方で、最近、関わりが多くて自分の幸せの基準がわからなくなっている。そんな思いも出始めたのだった。

(特別な幸せになれるのは怖い)

*****
あとがき
柳さんの手紙って絶対和紙みたいな紙に筆で書いたような文字で縦書きだろ
みたいなツッコミはしない(笑)

ってか、長ったらしい文が面倒だから、行を空けて携帯小説らしさを目標に書き始めたんです。
最初はいけてた気がする...?え、後のほう全然じゃない?
まぁ、こういう形式で書き始めたのだから最後まで頑張りますよ。
ええ、きっと書き切って見せますよ(←絶対に嘘だ)
前サイトにて記載
(20121224)文章訂正

prev / next


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -