小さな幸せから | ナノ
 相思

誰かに思いを寄せることがあっても、気持ちが繋がる日が来るなど予想もしなかった。

人自体とあまり縁のなかった私がテニス部という中でたくさんの人と関わった。

全ては、あなた―柳先輩―という人がいたから。

******

つい、三日ほど前に自分の気持ちに気付いた。柳を見ると生まれる感情が幸せではなく恋だということに驚き、何より納得がいった。
しかし、好きだということがこういうものなのかと知ったとはいえ、明確には理解しがたい。それに、自分の言葉では到底言い表せられないものがそこにはあり、まさにそれは"筆舌に尽くし難い"ということなのである。

自分自身の気持ちの正体を知り、応えは既に出ているというのに私はまだ二人に何も言っていない。柳に言うのが恥ずかしいのもあるが、何より切原に対してどう言えば良いのかわからない。

そもそも、冬休みはもう終わっているために言うタイミングが難しい。できればあまり人のいない時間に、二人きりになれるところが良いのだがなかなかない。

誰かに相談しようか、そう思って携帯で電話帳を開いた。以前なら相談する相手どころか友人さえまともにいなかったのに。私も変わったな。

「…やっぱり、相談するなら…あの人かな…?」

ゆっくりと通話ボタンを押す。3コール鳴り終わった後に、相談相手は電話に出た。

『もしもし。苗字さんから電話なんて珍しいね、どうしたんだい?』

「幸村先輩に相談がありまして…今、時間ありますか?」

『あるよ。俺でよければ聞くから、言ってごらん』

「あ、ありがとうございます…!えーっと、ですね…」

名前は伏せて、二人から告白されたことや、自分の気持ちに気付いたが、どう返せばいいのか分からないことなどを話した。すると、そうだなあ…と言って一緒に考えてくれた。

『順番としては、赤也にまず言ってから蓮二のとこに行くべきだろうね』

「えっ、あ、あの…私、説明するときに、名前言ってしいましたか?」

『言ってないよ。でも、三人を見ていれば分かるから』

「そうですか…。では、今からは名前出して話しますね」

うん、と幸村が言ったのを確と聞くと、私はまた話を始めた。

それから、相談は30分程続いた。内容は、赤也に言うのが悪い気がして言い出せる勇気がないことや、柳への思いに気付いた今、二人になるのが恥ずかしいことだとか、そんなものも含まれていた。
だが、幸村はどんな話も最後までしっかり聞いて、それに答えてくれた。前々からとても物腰が柔らかい人だとは思っていたが、今日改めてそう感じたのであった。

「幸村先輩、本当にありがとうございました」

『ふふ、苗字さんの役に立てたようなら良かったよ。頑張って』

「はい。明日、二人に伝えます。もう、自分の気持ちには揺らぎません」

真っ直ぐと前を見つめる私の瞳は、壁なんかよりもずっと遠いものを見ているようだった。まるで、明日よりも遠い先にある未来をも。

「決心、します」

その言葉を噛みしめるように、私は口にした。すると、幸村も真剣な声色で言った。

『そう、たとえそれがどんな気持ちであっても、決心することは大切なんだ。その意気だよ』

私は頷きながらもう一度お礼の言葉を伝え、そして電話を切った。


明日、絶対に思いを伝えるんだ。

切原くんに“ありがとう”と。
柳先輩には“好き”だということを。

******

翌日、やけに早く目が覚めた。二度寝するには微妙な時間なので起き上がることにし、私はいつも以上に張り切って弁当を作った。

「…よし、出来た…」

そういえばいつから弁当作っているんだっけ。…ああ、思い出した。中三の頃に暇だからといって何気なく始めた料理が楽しくて趣味になったんだ。

そんな理由で始めた料理も、今では感謝している。柳や幸村、切原たちに恥ずかしくない程度の、むしろ美味しいと言ってもらえるお弁当を作れるようになったから。

「ふふ…」

自然に笑みが零れた。私、ちゃんと笑えている、なんて少し前まではいちいち思っていたのに今ではすっかり普通になってしまった。

とても嬉しい、と思う。こうして段々感情を出せるようになってからというもの、実は教室でもクラスの子とも笑顔で話せるようになったのだ。

交友関係が随分と広くなった。あんなに狭かった私の世界は、今やたくさんの人たちがいる。来てすぐは一人、前の学校でもそれなりに仲良くしていた子は数えられるほどしかいなかったというのに。

それもこれも全て、今日にお礼を言えるといいな、そう思いながら支度を続けた。


学校へ着くと、私は端から見て気付かれるくらいにはそわそわしていたために、色んな人にどうしたのかと問われた。一番慌てて返答したのは言うまでもなく柳だ。

「苗字、何かあったのか?」

「い、いえ…!な、何にもございませんが」

「フッ…それでは、あったと言っているのも同然だぞ」

確かにそれはそうだ。だが、今からあのことを言うわけにもいかないので気にしないでくださいと苦笑を浮かべれば大きな手が頭をなでた。

「――と苗字は言うが、この柳蓮二が気にならないとでも思うか?」

さらに顔を近づけてふわりと微笑む柳。ドクンドクンといつも以上の速さで心臓は動いていた。

「…まだ、い、言えません…。でも、その…今日の5時に、あの公園に来てもらえませんか?」

「…17時に公園だな。了解した」

その言葉を確認するように心の中で繰り返し、「待っています!」といいながら私はそこから走り去った。


そうして、放課後になった。今日と明日は大事な職員会議があるらしく、部活がなかった。そのため、今日言うことに決めたのだが、今更になってしっかりと言えるのだろうかと、不安が心に募っていた。
しかし、私はもう揺らがないと決めたのだ。私なら、できる。そういう気持ちでいなければ。


緊張は解けないまま、私はある教室へと向かった。
そこはまだがやがやとしていて、私はきょろきょろとしながらドアの付近から教室内を見回した。

切原くん、どこだろう…あ、いた。

窓際の真ん中の方の席に座って、シャーペンを紙に走らせていた。近寄って見てみると、日誌を書いているようで、感想のところに"学食の日替わり定食うまかった!"と書いているのが切原くんらしくて思わず笑ってしまった。

「よっ!苗字。何笑ってんだよ?」

「学食、美味しかったんだね」

「肉についてたタレがすげえ、飯に合っててさ、今日はゼリーもついてたんだぜ!」

相好を崩す切原を見て、私もまた頬を緩ませ、良かったねと言った。

「そういえば、俺に用があって来たんだよな?」

「うん。二人で話したいことあるから、一緒に帰ってくれない?」

「いいぜ!その前に、これ担任に持ってかなきゃなんねーけど」

「ついていくよ。じゃあ、それ書いてしまおう」

10分ほどで書き終えて職員室に行った。
そうして、帰路を二人で歩く。自宅からの最寄り駅は同じなので、一緒に電車に乗った。ガタンガタンと揺られながら、私はどのタイミングで言おうか考えていた。すると、心を読んだかのように切原が「話のことなんだけどよ…」と切り出した。だが、電車の音や周りの話し声で掻き消されて聞こえず、私は首を傾げた。

「え…何て?」

「…いや、やっぱし何でもねえ」

困ったように眉を下げて苦い面持ちをした切原は耳元でそう言った。

それから最寄り駅に到着した。駅から家までは、途中で別れるものもそれまでは同じ道のりなので、肩を並べて歩いた。
いつもと打って変わって、切原が口を噤んでいるので沈黙が続く。私はといえば、いつ話を出そうかと考えているために何かの話を振る余裕なんてなかった。ただ、二人の間には冬の風が吹き、自動車の走る音、子どもたちの笑い声が流れた。
そして、比較的人の少ないところまできた。この時間帯は、何故か不思議なくらいにここは静まり返り、閑静としている。そんなここであれば言えると思い、私は口を開いて沈黙を破った。

「…私ね、自分の気持ちに、気付いたよ」

「……柳、先輩か?」

「…う、うん……あれ、な、何で、」

私、泣いてるんだろう。

そう、私の目からは涙が零れ落ちていた。どうしたわけか止まらず、流れ続けた。私が泣く理由なんてないのに。

「ご、ごめんっ…わ、わた、し、柳先輩が、好きで…でも、切原くんも好きで」

「違う好きなんだろ…?前から何となく気付いてた…し、」

「ごめん、なさい…」

すると、急に切原が私の体を抱きしめた。驚いて肩をびくりと揺らせば、ぎゅっと力を込めて、優しい声で言った。

「何で謝んだよ。あんたは悪くねーじゃん」

「だ、だって、悪くて、切原くん、好きって言ってくれたのに…」

「……じゃ、俺から2つ、お願いな。しっかり聞けよ?」

小さく頷けば、ゆっくりと話し出した。

「後少しでいいから、このままにさせてくれねえか?」

うん、ともう一度首を縦に振れば、さっきよりも強く力を込めて、"好きだ"と呟いた。
私は何も言えずに黙った。また、悪い気持ちになって涙がぽろり、ぽろりと流れたからだった。

「もう一つはな、」

そう口にしながら、切原は私から一歩離れた。彼が温かかったせいか、寒く感じてぶるりと肩を震わせると、彼の指が私の涙を拭った。

「もう、泣くな。俺、苗字の笑顔が好きって言っただろ?だから、柳先輩のとこが一番笑顔でいられるんなら俺はそっちのがいいから、行けよ」

切原のその言葉で、本来私が言うべきことを思い出した。私は切原のとこで泣くために話をしているんじゃない。お礼を言うために、今こうして向き合っているんだ。

「…ありがとう。切原くん、ありがとう。私を好きになってくれて」

私は自分が出せるだけの、精一杯の笑顔を切原に向けた。すると、彼も頬を緩ませてくれたので、しっかりと笑えたらしい。

「苗字は、俺の大切な友達だから、これからもよろしくな!」

「うん、よろしくね」

私の大切な、明るく元気をくれる友達、切原くん。

彼と仲良くなれて、本当に良かった。

******

現在時刻は4時45分。あれから私は一度家に帰って着替え、公園に来てベンチに腰掛けていた。もうじきに5時になるので柳がやって来る。きっと、柳のことなので10分前には来るだろう。

公園内は賑やかだった。子供たちの遊ぶ声や、母親同士の談話する声が聞こえてくる。その光景が、私の心をとてもあたたかくさせた。15年後くらいには、ああして子供ができて、近所の公園に来て、遊ぶ子供を見守りながら駄弁を弄したりするのだろうかと考えた。
ぼんやりとしていると、音楽が流れ始めた。この公園は、50分になると夕方を告げる音楽が響き渡る。きっと、子供は5時には帰宅するようにという意味で流しているのだろう。そうして、その音楽を合図かのように帰り始める親子を見ていると、名前を呼ばれた。そちらを見ると、私服姿の柳が立っていて、胸がドキリと鳴った気がした。

「待たせてしまったか、すまない」

「いえ、まだ5時にはなっていませんので大丈夫ですよ」

「そうか。…隣、いいか?」

「あ、はい」

少し右にずれると、左側に柳が座った。こうして並んで腰掛けていると、初めて二人で出掛けた日のことを思い出す。あの日は確か、柳から話があるからといってここにいた。結局、その日はそれについては話さなかったが、つい先日にここで告白された。そんな思い出深いこの公園で私からも想いを告げたいと思い、ここに来てもらった。

「柳先輩、私は…」

見上げると、柳が莞爾とした微笑を浮かべながらこちらをじっと見据えた。

「ずっと、勘違いしていました。先輩を見ると幸せな気持ちになると思っていたのですが、その感情は、恋だったのです」

すると、柳は目を開いて何かに合点がいったような顔をした。そして私の頬に手を添え、囁くように小さく優しい声で言葉を紡いだ。

「続きを、聞かせてはくれないだろうか」

「…はい。私は…柳先輩のことが好きです」

「ああ、俺も好きだ。苗字…」

私たちの想いが重なり合ったように、唇も重ねられた。
その間、とても長い時間のように感じた。ゆっくりと進んでいる気がする時間さえも、止まってほしいと思った。

ずっと、こうしていたい。

もし、この先もあなたの隣にいられるのなら、時間が進んでほしいと思うのはわがままだろうか。


そうして、唇がそっと離れた。

「…お付き合いの件なのですが、私からもお願いします」

「ああ、俺からもよろしく。…その先まで付き合えるといいな」

「それって…」

そう呟くと意味深長に微笑みながら私の頭を撫でた。
私と同じことを考えてくれていたと思ってもいいのだろうか。いや、考えてくれていたんだよね。ずっと、ずっと、互いに傍にいるということを。

「柳先輩、ありがとうございます。先輩のおかげで、私は変わることができました」

「礼には及ばない。変わったのは苗字自身だ。それに、俺も感謝しているからな」

それを聞いて、私は顔を綻ばした。何だか、とても嬉しくなったのだ。心がほんわりと包まれるような、気持ち。

もしかすると、これが"幸せ"なのかもしれない。

私は立ち上がり、もう一度お礼の意味を込めて柳の唇に触れるだけの口付けをした。するとぐいっと腕を引かれ、抱き締められた。

「見かけによらず、積極的なんだな」

「柳先輩こそ…」

恥ずかしくなって口籠もれば、少し低い声で囁かれた。

「俺の彼女となった今、覚悟しておくんだな」

「………!」

耳まで真っ赤にした私を離す気はないらしく、しばらく私は柳の腕の中にいた。温かいとはいえ、公園にいると思うと恥ずかしくて仕方なかったが、柳の鼓動がドクン、ドクンと伝わってくるのは嬉しかった。

(柳先輩もドキドキするんですね)
(当然だ。好きな女を抱きしめているのだから)
(……私の鼓動は、聞こえますか?)
(ああ、苗字もドキドキしてくれているようで、嬉しいぞ)

******
あとがき
うわあああ、自分が一番恥ずかしいわ。
ってか、なんか、変。とにかく変。そして長い…。
(~20130302)執筆

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