小さな幸せから | ナノ
 恋慕

恋う、というのはどこかあの気持ちに似ていた。

ずっと、違うものだと思っていた私は、一体いつからあなたを?

この感情ほど知っても尚不可解だと思うものはないだろう。

******


柳に告白されて10日が過ぎた。あと3日すれば始業式で、そろそろ二人に返事をしなければいけないのに未だ決まっていなかった。

何をしていても心に浮かぶのはあの二人だというのに、応えは出せない。どうすればよいかわからずにただひたすらに悩むだけだった。
妹には「まだ返事してないの?早くしなよ」と急かされるし、それで余計に焦ってしまって詰まるところまだ考えよう、となってしまう。

二人とも断るということが、今下す決断としては尤もだと脳では理解しているはずなのに行動を出せずにいる。それは、まるで心が拒んでいるようだった。脳の考えと心の考えが相反し、私はさらに自分の出すべき応え、出したい応え、を見つけられずにいる。

そもそも、私は本当に柳と切原に対しての"好き"が友人としてなのかも疑問になってくる。


翌日は、部活がなかったために、11時頃から母と出掛けていて、洋食店で早めの昼食をとった後に、服屋で冬服を買ったり、雑貨屋を見回ったりしてショッピングを楽しんだ。

「あ、あの服可愛い…」

偶々目に付いた服を見て、ポロリとそんな言葉を零せば母に「ふふふ」と嬉しげに笑われ、私は首を傾げた。

「どうしたの?」

「いや、名前も変わったと思ってね。前よりもオシャレとかに興味が湧いたじゃない」

「まあ、前よりはね」

「周りのおかげかしら」

否めないために黙れば、母は先ほど同様ににこりと微笑んだ。相変わらず、よくわからない母だ。からかうかと思えば、的確なことをついてきたり、稀に意味深長なことを言い出したりする。妹がいない今なら、はっきりと答えてくれるか、手がかりになるような言葉をくれるだろうか。

「ねえ、お母さんは二人から告白されたこととかはある?」

「あるわよ」

「どうしたの?」

「ふふ…さあね。でも、応えならたくさんあって、たくさんないの。だから、慎重に考えなさいよ」

またしても母は直接的な答えはくれず、意味不明な言葉を私に与えた。
たくさんあって、たくさんない。その矛盾した答えの意味も心理も理解できなかったためにもう一度問おうとすれば、既に母の背中しか見えず、私が可愛いと呟いた服の店に入っていった。

自分で考えろ、ということだろうか。


そうして三時前となった。二人とも満足できるくらいには回ったのでそろそろ帰ろうとしたのだが、母が夕飯の材料を買い足したいと言ったため、母は食品売場、私は本屋へと向かった。

最近、大賞を取ったらしい本が店に入ってすぐのところに並べられ、"大賞受賞作品!手に取る人全てを魅力した感動作品"とでかでかとポスターに描かれていた。何気なく手に取り読んでみると、私はたちまち本の世界に引き込まれた。内容は、"幸福も愛も失ってしまった町で、一人の少女は幸福の定義を見出そうと、一人の少年は愛の極地とは何かと探し求める。そんな中、二人の大切な人が亡くなり…。"といった話だ。これは買わなければ、そう思った瞬間、誰かの手が私の肩をぽんっと叩きながら「苗字」と名を呼んだ。

「…わぁっ!?」

私としたことが驚いたあまり声を上げてしまった。本屋にいるというのに。
恐る恐る首を後ろに捻って見てみれば、にかっと悪戯をしたような笑みを浮かべて切原が立っていた。

「あ、き、切原くん」

「よっ!相変わらず本好きなんだな」

「ま、まあね。切原くんが格闘ゲーム好きなのと一緒だと思うよ」

「なるほどな、あ、あのさ…「ごめん、ちょっと待って」

切原の言葉を遮りながら、鞄からブルブルと着信を知らせるためにバイブレーションしている携帯を取り出す。名前を見れば母からだった。

「お母さん。…うん。え?本屋…あ、でも…ええっ!?」

どうして、と聞いたと同時にぷつりと切られた。『先に帰っているわね。6時までに帰ってきてくれたらいいから』とはどういうことだ。まあ、そのままの意味だが、私は何も言っていないというのに。はあ、と小さく溜息を零すと、切原がおずおずと聞いてきた。

「…母さんと出掛けにきてたのかよ?」

「うん。でも、先に帰られちゃった」

困ったように笑えば、ずいっとこちらに顔を近づけけて、何か期待を込めた表情をした。

「じゃあ、これから空いてるか!?」

「空いているよ。6時までに帰れば大丈夫だし」

「冬休みの宿題、手伝ってくれ!頼む!」

「…いいよ」

少し気まずいが、ここまで頼まれれば断るのも悪い。切原は何もなかったかのように接するので、今は私もあまり深く考えすぎないほうがいいのかもしれない。

「サンキュー!じゃあ、まず墨汁買いに行くぜ」

書き初めを書くための墨汁がなくなってしまっていたためにここに来ていたらしい。まあ、そうでなかったら宿題を終わらせていないのに意味もなく出掛けたりはしないか。

墨汁とジュースとお菓子まで買った私たちは切原の家に行った。切原の家は何度か外から見たことはあったが、中に入るのは初めてなので緊張した。

「お邪魔します…」

「そんな緊張すんなって普通の家だし」

「誰でも初めて来る家は緊張するけど」

リビングには切原の母と姉がいたので、「いつもお世話になっています」などの常套句を言って挨拶した。2人とも切原と同様に癖のある髪が印象的で、性格も明るそうで優しそうな人だった。

「あー部屋、入れるか見てくるしここで待っててくれ。あ、座ってていいしな」

そう言って、ドタバタと階段を上がっていった。転けないか心配である。それから、三分後くらいに書道の道具とテキストを両手に抱えて戻ってきた。

「勉強できるような部屋じゃねえから、ここな」

何とも切原らしくて私はくすりと笑った。すると、後ろから馬鹿ねえ、と切原の姉の声が聞こえてきた。

「普段から片付けておかないからこうなるのよ」

「う、うるせえよ」

「まあ、墨汁で床を汚さないようにね。お母さん、怒るよ」

「分かってるっつーの。つか汚さねえし」

と自信満々に言った切原だが、墨汁を墨池にいれる段階で零し、汚してしまったのだった。


そうして5時30分になり、宿題はまだ途中だったが帰らなければならなかったので私は帰宅する準備をしていた。

「手伝ってくれてありがとな!感謝してるぜ」

「教えただけでやっていたのは切原くんだよ」

「いや、でも苗字がいなかったらあんな早く解けねえし」

「ふふ、それはどういたしまして。じゃあ、帰るね」

手を振れば、莞爾として笑いながら振り返してくれた。玄関の扉に手をかけると、小さな声で名前を呼ばれた。振り向いて切原の顔を見ると、前に告白してきたときのように真剣な顔付きをして言った。

「返事、本当に急がなくていいからな?俺、いつもちゃっちゃとしたがるように見えるかもしんねえけど、ちゃんと待てるし」

いきなりそんなことを言い出すと思わなくて私は目をぱちくりさせた。

「……ありがとう」

と言うのが正しいのかわからないが、そう伝えた。

「あ、あとさ、今日、久しぶりに苗字の笑顔見れて嬉しかった。俺、あんたの笑顔好きだからよ、明日も笑ってくれな」

その言葉で一気に顔に熱が持ったのが自分でも分かった。ストレートにそんなことを言われたのは初めてだったから。
そして私は、赤くなった顔を隠すように少し俯き気味に、二度目のさようならをした。


家に帰ると、既にご飯ができており私はぼんやりとしながら食べた。脳でリピートされる切原の言葉。最近は、いつも悩んだような表情しかしていなかったから心配でもしてくれたのだろうか。

明日は笑顔を心がけよう。そう意気込んだ途端、顔に出ていたのか、父に「どうした?」と問われた。

「いや、何でもないよ」

「嘘だ。お姉ちゃん。嬉しいことあったんだよね?」

「違うけど」

「えーじゃあ、楽しいこと」

「…間違いじゃないけど」

苦い顔をすれば、急に「意味は一つとは限らない。たくさんの中から、どれか一つなだけだ」と父に言われた。昼には母に言われた台詞と似ているのは偶然だろうか。

******


翌日の部活は今までよりも、眉間にしわを寄せたり、悩んだ素振りを見せたりすることなく普通に過ごせた。きっと、切原の言葉のおかげだ。

昨日、切原と過ごして改めて彼といると楽しいと感じた。何だかあたたかいというのか、ふんわりしたような気持ち。
けど、柳といるといつも緊張したように脈がドクンドクンと波打っている気がする。

あれ、けど、最初に切原と出掛けたときも似たような、ドキドキとしてモヤモヤともするような感情があったような…?


…違う。

切原くんに対しての気持ちと柳先輩に対しての気持ち。


切原くんといたときこそが緊張だったんだ。初めて出掛けるという緊張と、二人でいることの慣れなさからくる違和感。

でも、柳先輩は?

ああ、そうか。初めて出掛けるときは緊張のドキドキもあったのかもしれないけれど、何よりも大きく心を占めていたのは違うドキドキなんだ。


これこそが――恋という感情。


ドクンと胸が鳴るのに、どこかもどかしくてモヤモヤして、でも考えるだけで心がほんわりとする。

ずっと幸せだと思っていた感情は恋だったんだ。

図書室で見たあのときから私は柳に恋をして、恋と知らない私はずっとそれを幸せのような気持ちだから"幸せ"だと呼び続けた。

今ならば、昨日に母と父に言われた言葉や以前に言われた色々なことが理解できる気がする。

ああ、これでやっと、自分の想いに気付けた。
答えが出せたんだ。

私は、柳先輩が好き――。

(そろそろじゃない?ねえ、蓮二)
(何がそろそろなんだ?)
(ふふ、天秤がどちらに傾くのか)
(……そうかも、しれないな)

******

あとがき
恋ってなんだろう…。難しいですね。
しかしかながら最後にいくにつれて雑というか手抜きになっていている気がする(汗
(~20130219)執筆

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