小さな幸せから | ナノ
 混迷

――、それは私にとっては未知の感情。

誰かに抱くこともなければ、そうされるとも思っていなかった。

眩んだように自分の気持ちをも見えなくなりそうで、応えが出せそうにない。

******


えらく長い間、考えていたように思う。


部活を終えて帰宅すると、私はそそくさと自室に入って、切原のことについて思考を巡らしいていた。
そう、告白のことである。

あの時は心底焦った。まさか自分が切原に"好き"と言われるとは思っていなかった。ずっと、友達として仲良くしているのだと思っていた。
そのためか、思わず「本当に?」と聞いてしまったが、切原の言うように嘘で告白なんてするわけない。悪い反応をしてしまっただろうか、と後から少し申し訳ない気持ちになってしまった。

自分は、恋がどんな感情か未だによく分かっていないが、告白することに勇気がいるであろうことは想像できる。それなのに、疑うだなんて。
しかも、部活の時に気まずさと緊張のせいか、セット数を数え間違えて、3セットも多めに練習させてしまったものがあった。幸村は「ふふ、いいトレーニングになるよ」とか笑顔で言ってはいたが、そう言うものでもない気がする。

「はぁ…切原くん、ごめん…」

無意識にそう呟く。すると、急に部屋の扉が勢いよく開かれ、振り返って見てみると妹が変なポーズを取りながら入ってきた。

「恋愛マスターガールの出番ね!」

「………………」

「……ちょ、反応してよお姉ちゃん!私が変人で寂しいやつみたいじゃない!」

「え、違うの?」

「うわ、今日はやたら冷たい。今の外の気温くらい」

と言いながら、妹は窓ガラスのほうを指をさしたが、カーテンが閉められているためにあまり冷たさが伝わらない。まあ、帰ってくる途中に雪が少しぱらついていたので寒いということは想像できるが。

「と、に、か、く、どうしたの?」

「…告白の返事ってどんな感じ?」

「えっ!?お姉ちゃん告白されたの!?嘘っ、お姉ちゃんが!?」

ゆっくり頷けば、有り得ないなどと言ってこちらをじろじろと見てきた。どうせ、こんな地味なお姉ちゃんが…とか相も変わらずに失礼なことを思っているに違いない。

「それで、どうなの?」

「普通にオッケーですって言えば良いじゃん」

「何にオッケーするの?」

すると妹が目を丸くして、え?と言って私を見た。私は何もおかしなことは言っていないのに、どうして何言ってんだみたいな雰囲気なんだ。だって、「好き」という返答に「オッケーです」ってそちらのほうがおかしくはないか?

「いやいや、お姉ちゃん?付き合ってくださいって言われたんじゃないの?」

「好きだって言われただけだけど…。でも、返事はいつでも構わないって」

「まあ、返事くれってことは付き合ってくださいって言ってるものだよ」

そういうものなんだ、と答えると、妹がこちらへ詰め寄ってきて顔を近づけた。そして、オッケーするの?しないの?と聞いてきた。

黙ると、どうなの?ねえ?とさらに問いかけてくる。だが、そんなにいきなり言われても答えを出せるものではない。

私は切原のことは好きだが、恋愛感情はない。そうだというのに付き合うことを了承してもいいのだろうか。かと言って断るのも悪い気がする。
そのことについては妹曰わく、そのときに好きでなくとも付き合うことによって好きになる可能性もあるので好きとかは関係なく(相手が悪い人でなく、嫌いでなければ)付き合ってみるのもいいとのことらしい。

それなら切原といるのは楽しいので、付き合うことを考えてみてもいいのかもしれない。


でも、柳先輩は?

……いや、先輩は関係ないのに、私は何を思っているの。
今は、切原くんと私の話なのに。

すると、長い間黙っていることに疑問を持ったのか、「お姉ちゃん?」とまた顔をのぞき込んできた。

「…え。い、いや何でも」

ない、と言おうとすると部屋の扉がコンコンとノックされ、父の「もう、夕飯だぞ」という声が扉越しに聞こえてきた。それに対して返事をし、私たち二人も父の後に続くように階段を下りた。

ダイニングの机にはホットプレートが出され、肉や野菜が並べてあるので今日の夕飯は焼肉らしい。

そういえば、切原くんって焼肉好きだったな。

そんなことを考えながら椅子に座った。夕食中、切原のことで頭がいっぱいであったことは言うまでもない。


それから、風呂に入って髪を乾かしたり歯を磨いたりした私は眠りにつこうと布団に入ったが、もちろんのことすぐに寝られるわけがなかった。何て言おうか、と天井を見つめること30分。なかなか、自分の応えを出せない。
返事はいつになっても構わないと言われたものも、待たせているのは悪い。それに、切原は何でも早くしたがる性格だった気がするし尚更だ。とはいえ、焦って早く決断した雑な考えを以て返事するのもどうかと思うし、難しいものだ。

「………どうしたらいいんだろう…」

そうして悩んだ末、私はまだ返事をせずに考えるという選択肢をとることにした。
あちらがゆっくりと考えた上で告白してきたであろうから、こちらもじっくりと考えた"思い"を伝えるべきだと思ったからだ。

そして、私はそっと目蓋を閉じた。

******

翌日、私はテニスコートにてコート整備をしていた。冬休みに入ったとはいえ、部活は変わらず毎日ある。今までの休日と違うのは、練習が午前中だけということだろう。
ぼんやりと作業をしていると、柳がこちらへ来たのでおはようございます、と挨拶をした。

「苗字、おはよう。心ここに有らずという感じだったが、何かあったのか?」

「え、えっと…その…」

柳に相談してみようか。モテるのでそういう経験もあるかもしれない。だが、何となく柳には話さない方がいい、そんな気がするのは何故だろう。
暫く考えていると、頭にぽんっと大きな手が置かれ、優しく撫でられた。

「話せないなら、話さなくとも良いのだぞ」

「は、はい…。すみません」

「何故、謝る?」

「柳先輩は心配して聞いてくれたと思うのです。それなのに、話せないのが何だか悪くて…」

「気にしなくともいい」

もう一度、優しく頭を撫でると柳は幸村のほうへ歩いていった。


「……先輩…」

私は、自身の手で頭に触れた。撫でられていた頭がぽうっと熱が持っているようだったから。

先程、手が置かれた瞬間、久しぶりの感覚にドキリ、と胸が鳴ったような気がした。

やはり、私は撫でられるのが好きらしい。


それから部活が終わり、部室で日誌を書いていた。今日半日はずっと上の空で、作業にもしっかり身が入らず、切原と話すのは気まずかった。
あちらは何事もなかったように、いつもと変わらない元気な笑みを浮かべて「おはよう、苗字!」と挨拶してきたり「サンキュー」とドリンクやタオルを渡したときにお礼を言ったりするのだ。周りにバレないためでもあるのだろうが、私のためでもあるのだろう。

最初にドリンクを渡しに行ったとき、切原は私をミーハーと疑い、その時は正直のところ、自意識過剰とか馬が合わないだろうとか思った。次の印象は確か、明るそうな人だっただろう。

今では、とても優しくて一緒にいて楽しい男子。随分と切原に対するイメージが変わった。そんな切原に"良い返事"をするのは悪くないし、むしろ切原が好意を寄せてくれるのなら応えたいとも思う、そうだと思ってはいるのに、何処かで引っかかるのは、何なのか。

そんなことを考えながらも日誌を書き終え、鞄を持って部室を出ると、柳がいた。帰っていたと思っていたのだが、まだいたらしい。生徒会の用事でもあったのだろうか。などと勝手な予想を立てたが次の柳の言葉により違うと分かった。

「苗字を待っていた」

「わ、私をですか?」

私以外は部室にいなかったので、他の人なわけがないのに、予想していなかった言葉に驚いて聞き返した。

「そうだ。今からは空いているな?」

「はい。空いていますよ」

「二人で出掛けないか?おすすめの和食の店があるんだ。その後はあの本屋に行こうと思うのだが、どうだ?」

頷くと、急に私の手を握るものだから吃驚して私は柳を見上げた。きっと、瞠目しているに違いない。
柳は「こうしたほうが暖かいだろう?」と言いながら莞爾として笑って、歩き出した。私はそのことに関して嫌でもないし、むしろあたたかいので、何も言わず横を歩いた。ただ、以前に柳や切原と出掛けたときに感じたあの何とも言葉にしづらい感情が心を巡っていた。

店に着くと、座敷のゆったりとした雰囲気の部屋に通された。店そのものが和の形を象ったような落ち着く場所で、何処からか鹿おどしの音が聞こえるのがまた、心を安らげた。

「いいですね、この店」

「気に入ってくれたのなら嬉しい」

「柳先輩、とても似合っています。きっと、着流しでも着ればさらに雰囲気がでるのでしょうが」

柳の姿を想像して、くすりと笑った。

「苗字も、和服が似合うだろうな。見てみたいものだ」

「ですが、私は浴衣を持っていませんよ」

「家に姉のものが数着あるんだ。いつか俺の家へ来て、着てみてくれないか?」

「お姉さんの服なのにいいのですか?」

「ああ、構わない」

では、いつかお邪魔させていただきます。と言って微笑めば、柳も嬉しそうに顔を綻ばした。柳も着てくれるのだろうか。それならば、柳の和服姿が楽しみである。


それから本屋へ行き、以前と同じように柳から話があるとのことで私たちは公園にいた。いつかのようにオレンジ色の光を遊具は纏っていて、ブランコはぎぃーっと音を立ててゆっくりと揺れている。それを見る限り、つい先ほどまで誰かが乗っていたようだが、時計の短針は五を指し、長針は直に六を刻むのでそろそろ暗くなる頃。きっと帰ったのだろう。

私たちは静かにベンチに腰を下ろした。
普段は見られない柳の瞳が私をしっかりと見据えた。

「苗字、赤也に告白されたようだが、返事は決めているのか?」

「…いえ、はっきりとは。ですが、大方は決まっています」

「そうか…。そこまで決めているときに悪いのだが…」

「……………………」

ぴたり、と時間をも止まったように柳の口は閉じて動かなかった。ブランコも既に静止しており、公園内で音を立てるものは無かった。ただ静寂に包まれた。

「…………………、」

すうっと柳の口が開かれた。時が動き出したように、彼の口も動き、言葉を刻む。

「俺は、苗字のことが好きだ。図書室で見かけ、苗字のことを知りたいと思ったあの日から、ずっと」

切原に告白されたときのように、私は目をぱちくりとさせて驚きの色を見せた。


しかし、あの時のように「本当に?」と聞きはしない。一度思いを伝えられ、伝えることに勇気を有することを知ったから。でも、それならばなんと言えば良いのだろう。分からなくなって私は口を噤んだ。

「それでだ、この柳蓮二と付き合ってはもらえないだろうか?」

切原のときには含まれていただけで言われなかった言葉を直接言われ、さらに驚き、困惑した。

そうして、返事はいつでも構わないと言われた私はただ何も言えずに頷くだけであった。だが、柳はそれでも満足したように微笑んで「そろそろ帰ろうか」と言った。


見つけかけた応えがまた遠退き、さらに私を迷いの森へと彷徨わせた。私の選択肢は柳か切原か二人とも断るという三択。

もう、わけがわからなくなりそうだった。

(姉ちゃんならどっちだと思う?)
(私はその子じゃないから分からないわ)
(姉ちゃんの女子的予想で!)
(人それぞれ違うから無駄。赤也は少しでも多く気持ちが届くように想わなくちゃ)
(そりゃあ、すげえ想ってるけどよ…)

******
あとがき
和服着てほしいとかなんか変態っぽい(笑)
予定ではあと3話!頑張りますぜ!
(~20130208)執筆

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