▼ 困惑
一言伝えるだけ。
そう言ってしまえば容易に聞こえるが、簡単でないことは分かっている。
――、それはなんて人の心を乱すのだろうか。
******恋愛感情があると知らされ、そこで初めてその相手を恋愛において意識する。という話を聞いた。
それを利用して、あえて初めのうちに思いを伝える恋愛テクニックもあるだとか。
その方法はなんだか貪欲な気がするので、深くは考えないようにするつもりだが、俺は苗字に思いを伝えようと思う。勿論、純粋に好きだと知ってほしいからである。
早速、実行しようと俺は大急ぎで昼飯を食べて苗字のクラスに向かった。緊張しつつもいつものように勢いよくドアを開けると、毎回の如く綾西にうるさい!と言われた。
「急いでるんだって!苗字は?」
「えっ?…苗字さん…は…」
くるりと綾西が後ろを向いて奥を指した。いるでしょ、と俯きながら呟いた綾西の表情は髪で隠されていて見えなかった。
綾西…何だか様子が…。
気になって問おうとした瞬間、顔をぱっと上げてニカッといつものように笑った。
「頑張りなさいよ」
「え?あ、ああ…。サンキュー」
何でこうも綾西には思っていること、しようとしていることがバレるのだろうか。
いつも、そうだった。
何の腐れ縁か小学校、中学校とほとんど同じクラスで、必然的によく話す間柄になった。俺が何かしようとするたびに当てられて、イタズラなどの場合はよく注意された。今さっきのように励まされることもあった。
そのおかげで助かったことや成し遂げられたこともあり、綾西には結構感謝していたりもする。
「綾西、ありがとうな!」
もう一度お礼を言えば、バーカ!と言いながらも笑顔を浮かべた。どこか悲しげなんて思ったのは気のせいだろうか。
そうして、図書室へ行く準備をしていた苗字にちょっと話があるからと言って、二人きりになれるだろうと踏んだ資料室へ向かった。
しかし、そこには資料室を受け持っている担当の先生が珍しく整理をしていて、入れる状態ではなかった。
「ああー、すまねえな。んーっとな、あこなら空いてるだろ、あこ。二階のばーっと行った端にあるあこだよ」
あこを繰り返す先生。しかも、身振り手振りが多くて全くもって理解できない。だが、そう思ったのは俺だけで、苗字にはしっかりとどこの教室を指しているか分かっていたらしく、その教室について説明しだした。
「あそこは、今日は美化委員会が今週の金曜日に行われる大掃除についての会議をしていますよ」
「ああーそうだったな。まあ、どことなり場所はあるだろうよ」
それからも空いていそうな教室を回ってみるが、鍵が閉まっているところがほとんどだった。
「体育館裏なら…あ、」
5分前の予鈴が鳴り響いた。もう、そんなにもうろうろしていたのかと時計を見る。
「切原くん、ごめん。次、体育あるから行くね。話はまた後で聞くから」
「こっちこそ、すまねえ。体育、間に合いそうか?」
「どうだろう…」
首を傾げた苗字に頑張れよ、と言えば頷いて走っていった。
授業が始まるまであと4分。確実に間に合わないだろうが、苗字はわざとどうだろう…と言っただろう。間に合いそうか聞いた俺も俺だが、悪いことをしたと思った。
次は何の授業かあらかじめ聞いておくべきだった。もしくは10分前に時間は大丈夫かと問うべきだった。
後悔の念が渦巻く。
もしも、柳ならきっと苗字の次の授業が体育だと分かっていて、ちゃんと配慮したに違いない。そもそも、二人きりになれる教室に初めから行けるのだろう。
やはり、苗字は気配りや計画性のある柳がいいのだろうか。いや、苗字でなくても誰であろうとそういう人の方がいいだろう。
それから放課後となった。今日も一緒にテニスコートへと向かっていると、苗字が昼のことについて聞いてきた。
「えーっとな…そのことなんだけどよ、明日の昼でいいか?」
「うん、いいよ」
「そ、それよりさ、苗字のタイプの男ってどんなやつ?」
「好きなタイプってこと…?」
「そう、好きなタイプ!」
うーんと頭を捻らした苗字。どんな答えが返ってくるのだろうかと緊張で脈が速まった。
「よくわからない」
「え?」
一気に気抜けした。まさか、そのような返答が来るとは思ってもいなかったから。
「じゃ、じゃあ、どんな男に魅力感じる?」
「……それもわからないかな…。でも、切原くんみたいな人なら一緒にいて楽しいよ」
「本当かっ!?」
ばっと前に向けていた視線を苗字に移した。パチパチと少し瞬きしながら頷いた苗字を見て、俺はへへっと笑った。
「俺も苗字といるの楽しいぜ!」
「それこそ本当に?って感じする」
「そんなことねぇからな」
すると、嬉しいと言いいながら顔を少し赤らめて笑った。そんな苗字を見て自分も頬が赤くなったのが分かった。
その笑顔にも惹かれたのだと、そのとき気付いたのであった。
翌日も、昼休みに苗字のとこに行った。だが、教師に今すぐ職員室に来いと言われてその日は無理だった。
綾西に頑張ってと言われたのに、まだ思いを伝えられていないことが何だか恥ずかしかった。
明日こそは!意気込みながらも水曜日の昼休みに教室へ行けば苗字の姿はなく、綾西に聞けば4時間目が終わってすぐにどこかへ行っただとか。
図書室を見に行ったがおらず、購買のところにも探しに行ったが見当たらなかった。諦めて教室に戻ろうとB組の前を通れば、購買で買ったであろうサンドイッチを食べている苗字の姿が見えた。すれ違いになったのかとがっくりと肩を落としながら声を掛けにいった。
「購買に行ってたんだよな?」
そう問うと、食べていたサンドイッチを置いて、こちらを見上げた。そして、頷きながらごめんと言って眉を下げた。首を傾げると、綾西から俺が探していたことを聞いたと言った。
「なるほどなーまあ、気にすんなよ、ってかいつもは弁当なわけ?」
「うん。今日は作れなくて」
「自分で作ってんのかよ!?母さんとかに頼まねえの?」
「その日に食べたいものがいいじゃない。それに楽しいから」
俺としてはできるだけ寝ていたいし、昼飯もその日の気分もあるとはいえ、食べるものさえあれば別にそれで構わないので、苗字がそういった理由でわざわざ早起きして弁当を作る意味がいまいち分からなかった。
「そういうもんなのかよ?」
「ふふ、そういうもんなのよ」
それより、苗字の手作り弁当には興味があった。食べてみたい。だが、朝から二人分の弁当を作るのは大変だろうから作ってなんて言えないし、とはいえ食べたいという気持ちには勝てそうにないし。申し訳なさそうに、聞いてみた。
「弁当、食べてみたいって言ったら作ってくれんのか?」
「いいよ」
思いの外あっさりと承諾してくれた。嬉しさから頬が自然と緩む。そして、食べたいものはあるかと聞かれ、何でもいいと答えると困らせると思い、焼肉弁当!と言えば声に出して笑われた。俺、変なこと言った?ってか焼肉弁当はさすがに無茶があるか…。
「切原くんらしいね。わかった。焼肉弁当作ってくるよ」
「え?あ、サンキュー!楽しみにしてるぜ」
それから苗字はサンドイッチを食べ終えたあとに図書室に行く準備をしていた。
あのことを伝えたいともおもったが、時間も微妙だったし、本も返さなければならなかったようなので諦めてついて行った。
次の日の昼休み、4時間目が終わると同時に俺は教室を飛び出した。苗字の元へ行くと、弁当を2つ机に出して待っていてくれた。
どうせならこの機会に言ってしまおうと思い、誰もいないであろう屋上に行こうと言った。12月真っ只中に外で食べている人なんていないだろう。
そう思っていたが予想は外れることになる。
屋上の少し重たい扉を開けると、そこには目を疑う光景が広がっていた。
何で先輩ら、こんな寒い中で弁当食ってんだよ。
そう、そこでは弁当を広げて、寒さがどうしたと言いたげな顔をしながら普通に昼飯を食べている先輩たちの姿が。
「やあ、赤也に苗字さん」
「む、珍しいな」
「フッ…二人も一緒にどうだ?」
え、おかしいだろ。三強は真冬でも屋上で弁当食うわけ?
やっぱり、化けもんだ…この人たち。
「みなさん、こんにちは。切原くん、折角だしご一緒させてもらおっか」
「…お、おう」
返事をしながらも苗字の少し後ろを歩く。どうしてこうも、都合が合わないのだろう。邪魔と呼ぶのは些かどうかとも思うが、この約一週間、うまいこと邪魔が入りすぎている気がする。
そんなことを考えている一方で、ニコニコと笑みを浮かべる幸村。今日もまた楽しまれていると思うと何だか複雑に感じるのだった。
「今日は、赤也は弁当か?」
真田が明らかに男子ものではない袋に入れられた弁当を凝視して聞いてきた。
「苗字に作ってもらったッス」
「へぇ、苗字さんが。それはさぞかし美味しいだろうね」
「苗字は料理が上手だからな」
「前に食わせてもらったのはたまらん美味さだったな」
なんか、嫌な方向に進んでいる気がするのは気のせいか。と思った瞬間バチリと幸村と目があった。
「ね、赤也?」
「え、え?な、何すか、この流れ…」
食べたいな。なんて有無を言わせない笑みを浮かべて言う幸村に首を横に振れる人がいるならおしえてほしい。
ああ、俺の焼肉弁当が…。
三強によって食われていく…。
ってか俺の昼飯なんだけど、この先輩ら容赦ねえな…。
******また翌日。今日は終業式であった。二学期も終わり、冬休みに入る。もうすぐに年も明けるのかと思うと、嬉しいようでどこか寂しい気もした。だが、俺はそんなことをゆっくりとしみじみ考えるほど余裕はなかった。
今日こそ思いを伝えようと、俺は悩みに悩みまくっているのだ。
いつ、何処で、言おうか。また邪魔が入ったらどうしようか。
三時間目の授業が終わると、昼食を食べてから部活だ。始まるまでの時間は、結構あるのでそのときに言おうか。場所は一か八かで資料室。無理なら忘れ物をしたとでも言って教室を開けてもらおう。
そう決心してから、放課後が訪れるのはあっと言う間であった。ドクンドクンと心臓が脈打つ。今更になって、言えるか不安になってきた。だが、一度は決めたこと。やらなきゃ男が廃るぜ!そんなことを考えながら苗字を呼んだ。
「この前からしようと思ってしてない話、今してぇからちょっといいか?」
「うん。どこで?」
「空いてたら資料室だなー」
「じゃあ、行こっか」
そして、二人で資料室まで向かった。緊張で何もしゃべれなくて、珍しく黙っている俺を不思議に思ったのか、何度かちらっとこちらを見ていた。
資料室は、この間に整理をしていたためかかなり整頓されてきれいになっていた。まあ、いつ前の状態に戻るかはわからないが。
「切原くん、話って?」
「え、えーっとな…」
"好き"その一言を伝えるだけなのに、なかなか口は動いてくれなかった。
バクバクと今までで一番速く大きく脈を打った。自分でもかなり緊張していることがわかる。
この寒い中で、握り込んだ手には汗をかいていた。
「俺は………」
「……………」
何も言えずに黙っても、苗字は急かすこともなく、つまんなさそうにするわけもなく、こちらを真っ直ぐじっと見て待ってくれた。
「…俺は、苗字のことが、好きだ」
「……え?」
予想外だったのか、目をぱちくりとさせた。そして、困惑したような表情を浮かべながら本当に?と聞いてきた。
「嘘で告白なんかしねえよ。…返事はいつになっても構わねえから!」
そう言って、俺はそこから走り去った。呼んだくせに自分だけさっさとその場から去るというのもどうかと思うが、ただ何となく、恥ずかしさからなのか、そこから出たくなった。
(苗字のやつ、やけに挙動不審じゃのぅ)
(確かに、あんなに困惑した表情でキョロキョロとどうしたんでしょうね)
(誰かを捜しとるようには見えんが)
(むしろ、逆でしょうか)
******あとがき
前回といい、やけに長い気がします(笑)
(~20121224)執筆
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