小さな幸せから | ナノ
 悋気

これほどまでに頭を悩ませたことなどあっただろうか。

自分の感情をコントロールできないほどに冷静になれないことが今まで有り得たのだろうか。

実にこの――というものは人を狂わす。

******

俺ともあろう男が、などと言えなくなってしまったのは甚だ情けないと自分でも痛切に感じているからだ。
不明瞭だと決めつけてきた感情に苛立ち、焦燥感や不安に駆られ、苗字や赤也に冷たい態度をとってしまった。

情けないというよりは馬鹿で愚か者なのかもしれない。

今まで嫉妬やまして悋気ではないと否定し、この気持ちが不分明だとしてきて、心の中にあった一つの存在をないものとして考えていたことに気付いた。

その存在を認めたときに。

何故、そこまで否定する必要があったのか。
それはいかに俺が嫉妬や悋気という感情に対して醜いものだという見解があったかにある。

だが、そう思って否定し、態度を変えてしまったほうが醜く情けない。


俺は、苗字が好きだ。

興味から色んな表情を見たいと思い、観察していたら気付かぬうちに恋をしていた。

冷たくしてしまったことが今更だがとても後悔している。謝らなければならない。

しかし、その前に赤也に話があるので、先にそちらからにしようと思う。


俺は赤也のクラスへと足を運んだ。友人と話しているようで、歩いて近くまで行くと目をぱちくりさせながらこちらを見上げた。

どうして柳先輩がいきなりこんなところに?と思っている確率99.79%、と頭の中でそう予想を弾いた。

「話の途中で悪いが、赤也に話がある」

「え、は、はい…?」

「資料室が開いていて、尚且つ人がいない確率92.5%だ」

資料室はその教室を受け持つ先生が鍵をいちいち閉めるのが面倒という理由で常に開いている。
そして、今は12月真っ只中。こんな寒いときに暖房がかけられていない資料室にわざわざ行かないだろう。

行こうか。と言えば、慌てて赤也は立ち上がり、俺の後に続いた。
移動中、一言も会話を交わさなかったために、赤也はとても気まずそうに俺の少し後ろを歩いていた。

資料室は思った通り、鍵は閉まっておらず人もいなかった。物が片づけられていない散らかった部屋だと息が詰まりそうだった。赤也の方がそうなのかもしれないが。

そして、お互いに対面しあうと、赤也が小心翼々といった様子で何スか、と聞いてきた。

「まず、謝らなければならない。赤也、素っ気なく冷たい態度をとってしまってすまなかった」

少し頭を下げれば、教室へ入っていったときよりもいっそう驚きながら目をパチパチとさせた。

「…え、あ、気付いたってことッスよね?」

気付いた――それは、俺が苗字に対して抱いている感情のことだろう。
俺はそれを否定して可能性がないと、それ自体をもないものとしてきただけだが、端から見た俺は気付いていないように見えていたらしい。
もっとも柳生には"逃避"だと言われたので、彼は気付いていたのだが。…いや、あのときの彼は彼でなく、別の誰かだったように今更ながら思えてきたので柳生というのは間違いか。

「ああ。それで、確認したいのだが赤也は…苗字のことが好きか?」

「……好き、ッス…。けど、柳先輩には「負けませんから!」とお前は言う。俺とて後輩が相手といえど容赦はしない」

俺と赤也の間には先程の気まずさからくる緊張のピリピリはなく、ビリビリといった視線が交錯して違う緊張の空気を纏っていた。



それから、その日の放課後に苗字にも謝罪した。すまなかった、と言うと安心したような表情をしたのでこちらも安堵した。もしも突き放されたら、前のように戻れなかったら、そう思うと、確率がかなり低いと分かっていながらも不安でならなかった。

ただ、あまり気にしないでくれと言ったときに腑に落ちないというような顔をされたときは些か困った。
何故、ああなっていたかを説明するわけにもいかないので、何とも言えない気持ちになったのだ。


そして謝罪の翌日、俺は図書室へと来ていた。何を読もうかと見て回っていると苗字がいることに気付いて声をかけた。

「苗字、来ていたのだな」

「ええ。柳先輩、こんにちは」

「こんにちは。…それは、好きだと言っていた作家の本だな?」

「はい。書店でもなかなか手に入らない本ですが、司書さんにお願いして入れてもらいました」

嬉しげに笑みを浮かべながら本を見せる苗字に、自然と頬がゆるんだ。きっと、最近は笑顔で話すことがあまりなかったからだろう。

「それは、良かったな」

「この本以外にも二冊入れてもらいましたので、まだ決めていないのでしたら読んでみてはどうですか?」

「そうしよう。ちょうど、何を読もうかと探していたのだ」

それから二人でカウンターまで貸し出し手続きに行き、椅子に向かい合わせに座って読書をした。


予鈴が鳴ると、一緒に図書室を出て、階段のところまで行った。「また部活で」と言って別れてすぐに、声をかけられたのでそちらを振り返ると柳生が立っていた。

「自分のお気持ちに気付かれたのですね。いや、認めたというほうが正しいのでしょうか」

「確かにそうだな。仁王?」

「今回は仁王くんではありませんよ」

「やはり、前回は仁王だったか」

少し鎌を掛けられましたか、と笑う彼は正真正銘の柳生のようだ。仁王の笑みはどこか深い意味を含んだような怪しげがある。悪く言えば胡散臭く人を苛立たせる笑みだ。

「私は…柳くんの行動は何においても計算し尽くした上でだと思っていました」

「俺とて学生だぞ」

「ええ、十分分かりましたよ」

「それほどまでとは、全く浅ましいことだな」

「いや、それくらいのほうが学生らしいですよ」

くすりとまた笑う彼のほうが、学生らしからぬように思えるのは、最初から全てを見透かされていた気がするからなのだろうか。

******

柳がすまなかったと謝ってきたことには驚いた。そして、理由ははっきりと教えてもらえなかったとはいえ、また前のように会話ができて嬉しく思っている。切原も柳と普通に話せているようで良かった。


今は放課後の練習を行く準備をしており、あと数分で切原がやってくるはずだ。

案の定、数分後にテニスバッグを肩に掛けていつもの如く思いっきり扉を開けて教室に入ってきた切原。扉の近くにいた生徒にこれまたいつも通り、もう少しゆっくり開けろ!うるさいのよ!と言われていた。
そんないつもの光景を見守りつつ側に寄る。

「あまり、力入れすぎると扉壊れるよ」

「本当にそうよ!苗字さんからももっと言ってやって」

「うるせえよ、綾西!」

「うるさいのはそっちでしょ?ね、苗字さん?」

「何で全部苗字に振るんだよ」

「そりゃあ、切原が「あー!言うな!」

綾西がニタニタと笑みを浮かべてやっぱりそうだったのね、と言った。何がそうなのかは分からないが切原が顔を赤くさせて綾西に色々言っていた。
そんなに顔を赤くするほど切原にとってはムカつくことを言われたらしい。やはり、私にはいまいち理解できないがそんな二人と時計を交互に見てそろそろ行こっかと声を掛けた。

「あ、時間やべぇ。綾西、覚えてろよ」

「しっかり覚えといてあげる」

「違ぇよ!」

「アハハ、まあ、頑張りなさい」

そう言いながら綾西は鞄を持って教室を出た。元気な子だな。
そうして二人でテニスコートへ言ってコート整備をしていた。

「さ、寒ぃ…」

「もう12月中旬だから仕方ないね」

「ってことは、そろそろ冬休みか!」

「うん、一週間後は終業式だよ」

早いなーと白い息を吐きながら呟いた切原にそうだねと頷くと、はっとしたような顔をして手を止めた。

「明後日の午後って暇?」

「本屋に行くつもりしていたけど、何?」

「一緒にゲーセン行きてえなって思って」

「いいよ」

頷けば、嬉しそうにサンキューと言った。それから集合時間などを話し合った結果、ゲームセンター、ファミレス、本屋の順番で回ることにした。

「最終確認、一時に公園前だね」

「おう!遅刻しないように頑張るけど待たせたらすまねぇ」

「大丈夫、頑張って。…あ、柳先輩、こんにちは」

奥から柳が来るのが見え、挨拶をする。続いて赤也もこんにちはと言えば、柳も微笑みながら挨拶をした。

「話していたようだが、二人でどこかへ行くのか?」

「え…あー…えーっと…」

「ゲームセンターとファミレスと本屋ですよ」

「ふむ、一緒に行ってもかまわないか?」

「かまいませんよ」

「…い、いいッスよ」

難しい顔をして切原は答えた。彼も柳とは仲が戻ったはずであるのに、何か都合の悪いことでもあるのだろうか。

「……………」

さらに、二人はじっと睨み合っており、ますますわからなくなった。

******

日曜日、公園前にて集合した私たちはゲームセンターへと向かっていた。前に行ったときと同様、ハリネズミを擬人化したマスコットキャラクターが入り口でお出迎えしてくれた。

「柳先輩がゲームセンターって意外ですね」

「あまり行かないからな」

「え、まず行ったことあるんスか?」

「数回だけだ」

そんな会話をしながら、格闘ゲームのコーナーまで向かう。
最初のうちは切原が一人でやっていたが、途中で柳も「データは集まった」などと言ってやり始めた。
予想はしていたが、これまた初心者かどうか疑うほどの巧さで、常連顔負けの腕であった。

「す、すげぇ…」

「さすが柳先輩…」

私たち二人と周りにいた客は、絶句した。柳の達人という異名はゲームだろうが、当てはまるらしい。さすが、その一言に尽きる。

それから、小腹を満たそうとファミレスに行った。店員に席まで案内してもらい、座ろうとしたのだが困った。

「「苗字」」

私は二人を交互に見た。柳と切原が先に向かい合わせで席に着いたので、私の選択肢は二人の隣のどちらか。
座ればどちらかは一人になり、何だか悪い気になるので私は困っていた。
しかも、切原は隣の空いたところをポンポンと叩いて「隣座れよ」と言ってくるし、柳は柳で有無を言わせないような微笑を浮かべて「隣にくるか?」なんて聞いてくるし。

「え…」

「まあ、苗字が好きな方に座るといい」

その柳の一言でまた私は困惑した。好きなほうと言われても、席的にはどちらでもいいし、かと言って何となく座るのも憚られる。
柳と切原、どちらが好きかと問われればどちらとも友人として好きだし、どちらかを選べなんて言われても無理だ。

「…どうすんだよ?」

「えっと…」

近い方で。と言って少し近かった柳の隣に座ることにした。柳が満足げに笑みを浮かべる一方で切原はそうかよ、と些か不機嫌な様子で口を尖らせた。

席に着いた後は各自で食べたいものや飲みたいものを注文して一服した。
その後、本屋へと向かい、一時間ほどそこにいた。切原は途中からつまんなさそうにしていたものの、どこかでぼんやりするわけでもなく、私について来て色々と本について聞いてきた。
切原くんも本に興味持ってくれたのかな。それだったらなんだか嬉しいな。

本屋を出て、三人で帰路を歩いた。切原と別れた後は柳と二人並んで歩を進める。休日にこうして柳と歩くのは久しぶりなので少し緊張した。

「苗字…」

「は、はい。何ですか?」

「以前に話があるがまた後日に、と言ったのを覚えているか?」

「覚えていますよ」

すると、いきなり立ち止まってこちらをじっと見つめてきた、張りつめたような空気に私は口を噤んだ。

「…………」

今、その話をするのだろうか、と思ったのも束の間、柳の口から「待っていてくれ」という言葉が出た。

「もう少し、時間がほしいのだ」

「…はい。待ちます」

そう言って私たちはまた、少し薄暗くなった道を歩きだした。

(幸村部長…苗字はやっぱ柳先輩を選ぶんスかね)
(さあ、どうだろうね。…でも、人は気付かされて意識するんだよ)
(それって―――)
(ああ。そういうこと)

******
あとがき
綾西さんは実は赤也のことが好き。でも、赤也には…。
そんな悲恋をおまけで書きたい(笑)
(~20121217)執筆

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