▼ 選択
最初は無表情でつまんなさそうなやつだと思っていた。
きっと、自分とは馬が合わないとかあっちは嫌ってそうだとか決めつけていた。
でも、今では上辺で判断してたことに後悔するくらい惹かれてんだ。
******泣きそうな顔をしながら早足でどこかへ行く苗字を見て、気になった俺は放っておけなかった。
次は音楽だったので、移動している途中だったが友達に面倒だしサボるとだけ言って苗字の後を追うと、行き着いた先は屋上だった。
扉を開けようと、ドアノブに手をかけ、押そうとしたときだった。
「……に、におっ」
急に肩を叩かれ、振り返ると仁王が立っていたので驚いて声を上げそうになったが、口を塞がれた。
「ちょっと、来んしゃい」
そのまま、屋上へ続く階段の下まで降りていくと、仁王はキョロキョロと周りを見渡した。
「教師はおらんな…じゃが、喋るときは小声での」
「まず、仁王先輩なんか用っスか?俺…」
「苗字に気があるんか?」
「い、いや、別にそういうわけじゃないッスけど」
そうは言ったが、実際のところはちゃんと仁王の質問について考えていなかった。
ただ、口が無意識のうちに動いた。
「なら、何故追いかけてきたんじゃ」
「そりゃあ、あんな泣きそうな顔してたら気にもなりますけど」
「やっぱ、気があるんじゃのぅ」
「友達として……」
気がある。
そう、最後まで言い切れなかったのは気付いたからだ。
自分が何故、苗字を追いかけ、声を掛けるために扉を開こうと思ったのか。
苗字が好き。
だから、泣くようなことがあったのなら話を聞いて慰めたい。
それで少しでも彼女に近付き、為になれるならなりたい。
仁王を見ると、実に楽しそうな笑みをにんまりと浮かべた。
「おまんのが早かったのぅ」
「何がッスか?」
「一つ、言っておくぜよ。参謀が冷たいのは赤也が苗字といるからナリ」
「お、俺と苗字?」
「じゃあの」
「ちょ、仁王先輩!」
そのまま人の話も聞かずに去っていった。
結局、俺だけが質問に答えていた気がするのが少し癪に障るが、今は苗字の所へ行くのが先だろう。
ゆっくりと扉を開く。
苗字の顔を見ると、泣いていて目が少し赤くなっていた。
足を踏み出して苗字のほうに歩いていくと、涙を見られたくないのか拭って違う方を向いた。
それから、泣いていた理由や図書室であったことを話してくれた。
そして、最近柳先輩が俺にも冷たい気がする。と言うと驚いた表情で切原くんにも?と聞かれた。
「うん、テストあったくらいから」
すると、少し考えるような仕草をして、私もだと苗字は言った。
当前か。柳が冷たくなった理由は俺と苗字が一緒にいるからで、そうなり始めたのはテストのために勉強を教えてもらったのがきっかけだから。
きっと、柳も苗字のことが好きだから、俺に嫉妬しているのだろう。
でも、苗字にまで冷たくする理由が分からない。
もしかして、もしかしなくとも自分の気持ちに気付いていない?
いや、柳に限ってそんなことがあるわけないのではないか。
益々、分からなくなってきたが、柳が冷たくしようと俺は苗字からは離れたくない。
確かに柳のことは先輩として好きだし、冷たくされるのもすごく悲しい。
だが、それ以上に苗字に惹かれている。
苗字と柳が冷たい理由は何故かという話をしたが、知っているのに答えなかった。
それは、苗字に一緒にいるのをやめようと言われるのを恐れたから。
******苗字がマネージャーに入ってくると幸村から聞いたとき、まず一年にそんなやついたか?と思った。
次に、顔を見たときは聞かされていたとはいえ、本当に無表情でつまんなさそうだと思った。
その次はドリンクを渡しに来たときに実はミーハーだったりして、なんて思いつつ聞いたら幸村部長に少し怒られた。
本当にミーハーではないらしい。
そして、最初に敬語で話してくるから同級生だし敬語やめろよと言うとタメ口になったが、何だか雰囲気は余所余所しくてこいつとは馬が合わなさそうなんて感じた。
でも、マネージャーだしそれなりの付き合いはしないといけないのである程度の会話はしたのであった。
少しずつだが笑うようになっていたが、それでも距離を置かれている気がして嫌われているのだと思っていた。
それから、日が経ち、テスト前から一緒にいるようになってから印象が変わった。
以前よりももっと、笑顔になってきていた気がするし、二人で話してみると結構楽しかった。
今までは丸井や仁王と話しているのを苗字は聞いて笑っているだけだったので、実質的にはしっかりと話したことはなかったのだ。
苗字は、実はすごく優しくて、頼りになって、勉強教えたり料理したりするのが上手で、でもゲームは笑ってしまうほど下手なんだ。
そして、とても笑顔になるときや慌てているときの意外さが可愛らしくて、何だか女の子って感じがする。
そんな彼女がいつのまにか好きになっていた。
俺のタイプは明るい子で苗字はおとなしめだから、真逆かもしれないけど、それでも好きなものは好きだ。
でも、出せていないだけで根は明るいんじゃないかと俺は思う。
今日とて柳はまともに話をしてくれなさそうな不機嫌オーラを漂わせているが、苗字と離れずに柳とまた前のような関係に戻るのはどのようにすればいいのだろう。
幸村なら何でも知っていそうだし相談してみようと思った。
後悔することも知らずに俺は声を掛けた。
「幸村部長!」
「何だい、赤也?」
実は…と事の流れを説明すると爆笑された。
俺、真剣に相談してるのによ…。
「本当、面白いことになっているね」
「いや、面白くないんですけど」
「赤也。解決するには、まず蓮二が気付かないといけないんだよ」
「え、マジで気付いてないんすか!?」
マジだよ、と笑いながら答える幸村を唖然と見つめた。まさかとは思っていたが本当に気付いていなかったとは驚きだ。
「蓮二、意外だよね。でも、データマン故に存在している気持ちを解明する要素や要因を出し過ぎてわからなくなっているのかな。まあ、すでにそれの中に"あれ"が入っているはずなんだけど」
分かるようで分からないようなことを言い出した幸村。結論的にはとりあえず柳は自分の気持ちに気付いていないということでいいのだろうか。
「幸村部長は、柳先輩がいつ気付くと思うッスか?」
「どうだろうね。赤也が言ったらいいんじゃない」
―――そうすれば、冷たくはしないだろうね。でも、蓮二と苗字さんは一緒にいるのはまた増えると思うけど。
それを聞いて躊躇った自分がいる。二人を見て嫉妬せざるをえないだろうし、何より柳が相手となると負けそうだから。
俺の心は醜い。
冷たくされている理由は分かっていたくせに一緒にいたくて言わなかったし、柳に負けるかと思えば冷たくされてでも苗字と結ばれたいだなんて考えをしてしまうし。
それでも、柳と今の状況でいるのは嫌だし、何よりそれで苗字は悲しんでいる。
どちらの選択をすれば良いのだろう。
「自分の利益か相手の利益。赤也ならどっちを取るのかな。…ふふ、楽しみにしているよ」
笑いながら去っていった幸村の背中が愉快と言いたげな雰囲気を纏っていた。
すっかり、楽しまれているようだ。
相談のつもりがまた悩むことになり、少しばかり幸村を恨んだ。
******「なあ、苗字ー」
「なに?」
「ちょい、相談したいんだけどよ」
困ったときは、やはり苗字に頼ってしまう俺であった。
だが、今回はその苗字に関することなので説明に困った。
「んー、はっきりは言えねぇんだけど…俺があることをある人に言えばその人と関係は良くなるけど、別のあることがあっちの利益になるんだ。で、言わなければこっちの利益になるけどその人とは悪いまんまなんだよ…あーどうすりゃいいのか分かんねえ…」
具体性が無さ過ぎるこの説明では理解が難しいと思うが、苗字は分かったかのように頷いた。
「要は有益にしたいけど、ある人との関係が悪いのも嫌だから迷っているの?」
「ま、そうだな」
「切原くんはどっち優先したい?」
「…………」
分からなかった。
考えた末に行き着くのはやはりこっちも。あっちも。どっちかなんてできない。
苗字は好きだけど、柳先輩も好き。
違う好きでも両方、大切。
言えば三人の仲は戻るけれど、多分、苗字は俺じゃなくて柳を選ぶのだろう。
何となくだがそんな気がする。
「…選べないくらい、切原くんにとっては重要なんだ。じゃあ、質問変える。両方ともにするにはどうすればいいかは考えた?」
「……考えたような考えていないような…?」
苗字と離れずに仲を戻す方法は考えた。
だが、その後に幸村に聞いたことにより、柳に自分の気持ちを気付かせるが苗字と一緒にいるようになる、それか言わずに苗字といるのどちらかという選択肢に至ったのだ。
それからはどっちを取るかしか考えていないはずなので苗字の質問は考えていない、か。
言われてみれば、確かにその方法もある。幸村がどちらの選択を取るか、なんて言うからそれしか選択肢がないかと思い込んでいたが、両方ともだってできる可能性はあるはずだ。
「…苗字、ありがとうな!」
礼を言うと、苗字は嬉しそうに微笑んでどういたしましてと言った。
ドキリと胸が鳴るのを感じた。
やっぱり、片方なんて選べないよな。
(仁王も楽しんでいるようだね)
(見ていて面白いからのぅ)
(まあ、赤也より遅いとは思わなかったよ)
(参謀は考えすぎじゃ)
(赤也は単純だから馬鹿ってことだね)
******あとがき
赤也視点、難しい。何かややこしい…。
ってか、小説というよりは赤也の語りの話になった(笑)
(20121130)執筆
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