小さな幸せから | ナノ
 落涙

いつの間に私は楽しい、嬉しいという感情をはっきりと出せているのだろう。

そしていつかの日々の、片隅にひっそりとあった小さなあの幸せはどこにいったのだろう。

気付けば、悲しみという言葉さえも私の情緒の一部となっていた。

******

切原がテスト結果を手にテンションをハイにして私の元へ来た…いや、突撃しにきてからほぼ一週間は経った。

ギリギリで五教科の総合点が平均を上回って、しっかりと欲しかったゲームソフトを買ってもらったそうだ。因みに点数だが、一点だけ越えたらしい。
「一点って運命を左右する重い数字だな」などと長旅を終えた後のような表情で切原は言っていた。その時に思わず笑ってしまったことは言うまでもない。

テスト期間によく関わるようになったせいか、切原とは以前と比べものにならないほど会話や行動を共にするようになった。

例えば朝練後に教室に向かう途中や廊下で出会ったとき、教科書もよく貸すようになったし、勿論のこと放課後の部活も二人で行っている。

そして、その一方で柳とあまり関わらなくなった。関わらないと言っても挨拶くらいはするが雑談をしなくなったという意味だ。

というのは、図書室で会ったときに今までは、少なくとも一言か二言の会話をしていたのに最近は全くしなくなったのである。

それに、部活での対応がどこか素っ気なく、冷たくなった気がする。
理由は分からない。だが、今の柳との関係の雰囲気だと聞き辛くて聞けずにいる。

「…柳、先輩…」

そう呟いて、ふと机を見るとテスト前に柳から借りた本が、自分の本と混じって立てられていることに気付いた。
それなりに早く読み終えてはいたが、テスト期間の部停の間は昼休みも図書室に足を運んでいなかったので柳に会うことがなかった。部活が始まってからはすっかり借りたことを忘れて家に置きっぱなしだったというわけだ。

返さないと、そう思いながら鞄の中に本を入れた。


翌日、ご飯を食べ終えて図書室に行く準備をしていると切原がやってきた。

「苗字ー!頼む、英語の宿題手伝ってくれねぇ?」

「図書室行ってからでいいなら教えるけど」

「じゃあ、そのまま図書室でやろうぜ」

私はうんと頷き、本を手に取って歩き出した。
こうして二人で歩くのも慣れた。初めのうちは何となく居心地が悪いわけではないが違和感があり、周りも不思議そうにチラチラとよく見てきたものだが、今では目を向けるほど珍しいものではなくなった。

そうして、目的の場所へ到着した。ぱっと見た感じでは見当たらないので奥の棚にいるのだろう。切原に探してくるから待っていてと声をかけ、その場を離れた。

いつものように純文学を置いてあるところにいるかと思いきや、柳の姿は見つからなくて探し回った。何せ、私立のうえに大学附属の図書室なので、広いのだ。
歩き回った末、見つけた場所は心理学の本があるところだった。

「柳先輩」

「…ああ、苗字か」

「これ、ありがとうございました」

本を手渡して柳の顔を見れば、一瞬だけ眉をひそめて怪訝そうにした。不思議に思って聞こうとすると、先に柳が口を開いた。

「遅かったな」

私には些か表情と口調が冷たく思えたが、最近のこともあって意識しすぎなのだろうか。

「す、すみません…」

謝ると、柳が黙るものだから何だか怖くなって自分も口を噤めば空気が重たくなった。
そして、そこに固定されたかのように私は動けずに立ち竦んだ。


「苗字〜お、いたいた」

俯いていると、背後から一際明るい声が聞こえてきた。
振り返れば切原がこちらに歩いてくるのが見える。

「はは、少し遅いから探しにきちまった」

その場の雰囲気に合わない切原の笑い声がまた柳との間をピリピリとさせた気がしてならなかった。

「切原くん……えっと、柳先輩、それじゃあ「赤也、図書室では静かにな」

私の言葉を遮って横を通り去った柳に、切原は動揺した様子ではい…と言っていた。


私はといえば、呆然としたまま柳の行った方向を見つめることしかできなかった。

いきなりではない。しかし、何故あのように素っ気ない態度を取るのだろう。
私が何か柳を怒らせてしまうような行動をしてしまったか?

思い当たる節がなく、悶々と考えていると声をかけられた。


「き、気にすんなよ?」

「……え?」

「今、すげー泣きそうな顔してたから」

「あ、…う、うん。ありがとう…」

それほどまでに感情が顔に出ていたかと思うと、嫌になった。

私自身で最近気付いたことだが心配されることはあまり好きではないらしい。
前までは何を思っても無表情になることを気にしたこともあったし、表情豊かな人が羨ましかったりもしたが、心配されるような感情が出たら出たで、隠して知られたくないなどと思うあたり、都合のいいやつだと自分で感じる。

ひとまず、これ以上空気をどんよりさせないためにも、切原が私の所へ来た当初の目的に行動を移すことにした。

「英語、しようか。次、授業でしょ?」

「あ、ああ!すっかり忘れてた」

「早くしないと、昼休み終わっちゃう」

それからプリントを一枚仕上げて、各自のクラスに戻った。


翌日、二年の担任である先生に用があって二年の教室がある階へと来ていた。
なかなか、先生が見つからずに歩き回っていると柳のクラスの前を通った。
そのときに、クラスの女子と笑顔で話しているところが見えて、何か心に刺さるようなものを感じた。

嫉妬?いや、違う。
あの人が羨ましいのではない。
以前まで向けられていたはずの笑顔を最近は向けてくれないから悲しいのだ。

悲しい。そう分かった途端に、私は目頭を押えた。何故か、込み上げてくる気持ちのせいで涙が出そうになったから。

私は先生に用があることも忘れ、早足にその場から離れ、自分の教室に戻った。


そしてまた翌日、私は柳にある質問をするために図書室へと来ていた。

「柳先輩、ちょっといいですか?」

「…では、少し奥へ行こうか」

柳は難しい顔をしながらそう言った。ついて行くと、電気の光があまり届いていない少し暗めの場所だった。

「…何だ?」

暗いためか柳の表情がしっかりと見えなくて、少し不機嫌そうな声が妙に怖かった。

「…あの…私、気に障るようなことしましたか?」

「何故、そんなことを聞く?」

「…冷たくなった気がするのです」

そう言うと、薄らと苦虫を噛み潰したような顔が見えた気がした。
そして、柳は苗字が…と呟いた後に何でもないと言った。

「理由があるなら教えてほしいです」

「…何故だ?」

「知りたいからです」

「何故、知りたい?」

何故、を繰り返す柳を不思議に思い、私は怪訝そうな顔をして聞いた。

「先程から、柳先輩はどうして何故、何故と理由にこだわるのですか?」

「そういう、苗字も俺の"何故"と理由を求めたことに対して"何故"か聞いた。そもそも、気に障るようなことをしたのではないかと思った苗字はそれの理由を聞いた。理由を求めたのは俺だけでない」

決して、何故と理由を求めることを責めたわけではないのに、そのように言われては当初の理由を今からもう一度聞くのも難しい。

「もう、いいです。これ以上話しても答えてくれなさそうなので」

そして、私は少しだけ頭を下げてその場から逃げるようにして去った。

図書室を出ると急に力が抜けて、座り込みそうになったが堪えてある場所へと向かった。


行った場所は屋上。

チャイムがもうすぐ鳴るが、次の授業は受ける気分になれないのでここにいようと思う。


ふと、屋上に何となくいたときに柳が来て話をしたことがあったことを思い出した。

あの時はただ声を掛けられたり、話が少しでもできたりしたことが嬉しかった。
そんなちょっとしたことでも夜に眠れないほど、幸せだと感じていた。

冷たい態度をとられて悲しいなど、接さないとそんな感情は起こらない。

いつのまにそんなに関わっているのだろう。

やはり、特別な幸せに馴れすぎたのか、以前の見られるだけで幸せなんて思いは何処にいってしまったのだろう。

そして、いつから笑顔だけでなく泣くなんてことも覚えてしまったのだろう。

ポロリとアスファルトに涙が落ちて、黒く滲んだ。


「うっ…っ…」

菖蒲池がマネージャーになったときに、切原たちが楽しく会話しているところを見て、自分が入れないことを悲しく思ったことがあった。

そのときと同じ、"悲しい"という感情のはずなのに根本的な何かが違う気がした。

悲しみに種類でもあるのだろうか?
度合いが大きく異なっているのだろうか?


…度は確かに違うかもしれない。
とてもとても悲しくて、その思いは胸に深く突き刺さったようで、でも締め付けられているような、何とも言い難い悲しみ。


そういえば、前に柳生が柳についてこんなことを言っていた。

"彼の行動は全てが計算し尽くされている可能性がありますよ"

最近の行動がそうだとすれば、私は柳に嫌われてしまって、距離を置こうとされているのだろうか。
では、何故嫌われた?
私はそのようなことをしてしまったのか?

…しかし、それを聞こうにも無理だった。

「…っう…どう、して…」

考えれば考えるほど涙が出た。
止まらなくて、次第には何故それくらいのことで泣いているのだろうなんて事も考え始めた。


ガチャリと扉が開く音が聞こえ、涙を拭ってから振り向くと切原がこちらに歩いてくるのが目に入った。

「切、原くん…」

泣いていたと気付かれたくなくてすぐに違う方を向いた。

「…授業は?」

「サボった。苗字が屋上に行くの見えて、気になって…どうしたんだよ?」

「どうもしてない」

「泣いてたって分かってるからな?だからさ、そのー…俺でよければ話聞くし…」

「……うっ…切原くんの…ばか…っ…」

そんな優しい言葉をかけられると、少しの間だけど止まっていた涙がまた溢れるじゃない。

とても心に入て、その優しさが今の私には痛いくらいで。

思ってもいない言葉まで口から出て、気遣ってくれているのに申し訳なかった。

「確かに、俺は苗字に比べたら馬鹿だけどよ、そんな馬鹿でも話くらい聞いてやれるぜ」

「…ごめん…。…ありがとう……」

それから柳が冷たくなったことや、図書室であったことなど話した。
私が泣きながら途切れ途切れにしゃべっても、しっかりと最後まで聞いてくれた。

「…それ、で…泣いて、いたんだ…」

「なるほどな…。なんか柳先輩、最近俺にも冷たい気がするんだよなー」

「え、切原くんにも?」

「うん、テストあったくらいから」

それを聞いて、私もどれくらいからだったか思い出してみる。

「…あ、私も、テストくらいからだ」

「テストの間に柳先輩に何かあったとか?」

「…何だろうね」

それからは、二人で柳が冷たい態度をとる理由を考えていたが、途中から話が逸れて雑談となっていた。

その姿を柳が見ていたことは二人は知らない。

(あ、赤也と苗字さんだ)
(…そうだな)
(蓮二、最近話してないよね。どうしたの?)
(別に、何でもないが)
(ふふ…本当の気持ちには気付いてないんだね)
(何がだ?)
(さあ。もしかすると、逃げているだけかもしれないけど)

******
あとがき
ヒロインを泣かせたかった←
じゃなくて、泣いている描写をしたかったのです。ええ、(笑)
(20121123)執筆

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