小さな幸せから | ナノ
 焦思

自分の気持ちなのに分からない。

それが、喜び、怒り、哀しみ、楽しみ、大まかに判別したところで微妙な感情は言葉にする事が出来ない。

辞書を開いたところで判るものでもないことは、疾うに知っていること。

では、どうすれば言語化できるのだろうか。

******
テスト期間に入り、部活がない日が続いた。放課後と昼休みは切原に勉強を教えるために行動を共にしたので、めっきりいる時間が増えた。

勉強の休憩にと、ゲームセンターで遊んだり、ファーストフード店で駄弁を弄したりもした。

切原は場を盛り上げるのが上手い。過ごしていて、とても楽しかった。

明日はついにテスト最終日。残りの教科のまとめをしていると、携帯から電話の着信メロディーが流れ始めた。

表示されている名前を確認し、ボタンを押す。

「もしもし、切原くん。どうかした?」

「英語で聞きてぇことあってさ。今、いける?」

「大丈夫。どこ?」

それからテキストを開いて、説明した。電話越しなので解りにくい部分もありそうだったが、理解してくれたようだ。

「ああー、ホドナル!」

「丸井先輩みたいね」

「はは!だろぃ?」

「ふふ…でも、ホドナルは聞いたことない」

「天才的ぃな俺が生み出したからな」

電話を片手に誇らしげに笑う切原を想像して、また笑いが零れた。

「あはは!じゃあ、ありがとな。お休み」

「うん、お休み」

それから勉強を再会し、眠りについた。


翌日、テストを終えてから部活にいく準備をしていると、ドダダダダと廊下を全速力で走る音が聞こえた。

教室のドアのほうに目をやれば、走っていたであろう人物が大声で私の名を呼びながらこちらへやってきた。

「苗字!!英語やべーよ、英語!」

周りが不審なものを見るように、視線をやっていることには気付いていなさそうだ。

「……全く解けなかった?」

「逆!解けすぎて、結果が楽しみ!」

「そ、それは良かったね」


それから二人でテニスコートへ行き、コート整備をしていた。

切原は終始、笑顔で行っていたためか周りの部員がヒソヒソとその様子について話していた。

そして幸村と真田が来るや否や、二人の元まで駈けていき、自慢げにテストについて話していた。

「聞いてくださいよ!英語のテストすっげー書けたっスよ!」

「ふふ…それは良かったね。今回は赤点じゃないことを祈るよ」

「大丈夫ですって!!」

「うむ、合っているかは分からんが自信はあるようだな」

「そりゃ、ありますよ〜。あ、柳先輩!」

続いて、柳が来たので切原は駆け寄って同じことを話していた。

「本当、ビックリするくらい解けたっスよ!」

「そうか」

もっと反応があるかと思いきや、柳は短い返事を残してさっさと部室に向かってしまった。

少し怒っているようにも見えたのは気のせいだろうか。

「ふふ、蓮二のやつ…面白いなあ」

「幸村、今の何が面白いのだ?」

「真田はわからなくていいよ」

「………?」

真田は、柳が入って行った部室のドアを訝しげに見た。

そして、切原もわけがわからないという顔で見つめていたのだった。

******

苛立ち、焦り、どちらにも当てはまる気持ちがぐるぐると心の中を掻き立てていた。

赤也は悪くない。分かっていたのにきつく当たってしまった。

先週から苗字が赤也と行動を共にしていることに対して、こうも不安や焦りを感じずにはいられなかった。

先週の土曜日、部活の後に二人で出掛けたことは知っていたし、その時は何も思わなかった。
しかし、月曜日から苗字が昼休みに図書室へと来ない理由が赤也に勉強を教えているからだと分かったとき、取られた気分になり、焦りを感じた。

嫉妬と表すのは些か不適当な気がするし、ましてや悋気ではない。
たが、赤也を羨ましいと思った反面で妬ましいという気持ちもあったのかもしれない。

そう考えれば、俺のこの感情は嫉妬である。


放課後に二人がしていた勉強会に入り込むことは可能であったのに、俺がその行動を取らなかったのは、赤也に気付かれるのを恐れたか負けた気に陥りそうだったからであろう。

少し頭を冷やした方が良さそうだ。
そうでもしないと練習に身が入らず、精市から厳しい言葉を浴びせられるか、弦一郎の怒声か鉄拳を受けることになる。

赤也と入れ違いになるように、早くに着替えを済ませた。

すれ違い様に赤也の顔を一瞥すれば、嬉しさと悲しみが入り交じったような表情をしていた。

部室を出れば苗字と目があった。声を掛ければ、こんにちはと返してきた。

「…赤也といるのは楽しいか?」

唐突な質問に少し驚いたようだが、苗字はすぐに笑みを浮かべながら頷いた。

「ええ、とても楽しいですよ」

「では、赤也が好きか?」

「恋愛感情はありませんが、好きです」

「…そうか」

そう返事して、視線をテニスコートに向ければ苗字はその場を去った。


先ほどの会話自体に意義があったかは不明だが、少なくとも俺の心には影響はあった。

何て、嬉しそうで楽しそうな笑みを浮かべるのだ。

今までも笑うことは何度もあったが、あれほど笑顔という笑顔が顔に出ていたことはあっただろうか。

聞かなければ良かったなんて今更思ったところで仕方がない。
聞いてしまったのだからその答えを受け止めなければならないのだ。


どうかしている。

この柳蓮二、少しのことでこんなにも心が揺らぐほど弱いメンタルであったか。


いや、違う。


俺は常にデータをもとに相手を分析して、その状況で下すべき判断をしてきたではないか。

少しの誤差もその場で相手の表情から機微の変化を捉えて、瞬時に最善の行動に移せていただろう。

今回もそのようにすれば良いだけ。相手が自分だとしてもすることは同じ。

だが、その自分の感情をはっきりとさせていないあまりにこんな状況に陥っていることぐらい自分で疾うに気付いていた。

はぁ、と小さく溜息をつけば後ろから声を掛けられた。

「柳くんが溜息を零すなんて、珍しいですね」

「柳生、か。確かにそうだな」

「どうかされたのですか?」

「不明瞭でな、少々困っている」

そう言えば、柳生は眉を下げて悲しそうにした。彼がそこまで悲痛な表情をするのは同情か、否、何なのか。

「柳くんも困ることがあるんですね。しかし、不明瞭というより私には逃避に見えます」

柳生の口から発せられた言葉に俺は薄く目を開いた。

「俺が事実から目を背けていると?」

「不明瞭、不明確、不分明、そのような言葉を借りてばかりでは何時まで経っても、その場から離れられませんよ」

「…俺自身の感情を俺が曖昧模糊としている。そう言ったところで抜け出すための言い分だというのか」

一歩寄れば、柳生は真っ直ぐとこちらを見据えてきた。まるで、全てを知っているといいたげなその瞳を、俺は見つめ返した。

「それ自体も言い分だとすれば、自分の気持ちを否定し続けて逃げているということでしょう」

「…………」

俺が黙ると、目の前の彼はとても高校生とは思えないほど怪しげな微笑を浮かべた。
そして、眼鏡のブリッジを左手でクイッと上げながら答えた。

「まあ、全て柳くん自身のことですので、私の言葉をどう受け止めようと勝手ですよ」

失礼と一言添えて会釈をした柳生は部室の方へ行ってしまった。


俺が自分の本当の気持ちを否定して、曖昧な感情で不明瞭だと言って逃げている。

これが事実だというのなら、今感じているこの思いは何だ。

本当の気持ちはどこにある?

そして、それは何という感情なのだ。

(わざわざ、私に変装して言わなくても良いでしょう)
(俺だということに気付かん参謀なんてレアじゃろ)
(はぁ…あなたという人は…。素直じゃないですねぇ)
(…プリッ)

******
あとがき
最後の二人の対話が書きたいがためにこんな展開になってしまった…。
ってか、私はどれだけ二人を悩ませているのだろう。いい加減に進展しなさいな←
(20121009)執筆

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