小さな幸せから | ナノ
 所感

あの人と関わるまで、異性と話したことなんて滅多になかった。

ましてや、二人で出掛けたりするなんてことも。

話したり、一緒にいたりすると、言葉では言い表せない感情が湧いてくる。

それが、誰であっても。

******

菖蒲池がやめてから三日が経ち、部内も以前の雰囲気に戻りつつあった。
しかし、私の心はどこかモヤモヤとしたものが残り、複雑な想いを抱えていた。

菖蒲池についてなのか、少し前から疑問となっている柳への気持ちなのか、実に曖昧である。

そんなことを考えながら、ドリンクを配るためにテニスコートのほうへと出た。

「切原くん、お疲れ様」

初めに目に入ったのが切原だったために声を掛ければ苦笑混じりに、返事を返してきた。昨日や一昨日も普段とは違う態度で、少し様子がおかしかった。

「はい、ドリンク」

「サ、サンキュ…」

「…………」

「……コホッ…」

じっと切原を見つめれば、目をそらしながら態とらしい咳をした。その行動も不思議で、そろそろ様子について聞いてみようかと思ったが、お節介だと思われるのもなんだか嫌である。
しかし、部員といつまでもこんな状況でいるのも如何かと思われるので聞いてみた。

「切原くん、どうかした?」

「え、あー…いや…お、俺のこと……怒ってる、か?」

「怒るって何を?」

「前のあれで、叩こうとしたじゃん。アンタ、悪くなかったのに…」

前のあれで、というのは菖蒲池がドリンクを頭から被って自分の頬を叩いたときのことだろう。
その時に柳に止められて叩きはしなかったが、手を上げて私を疑うという態度をとったことを、きっと後から悪く思っているのだ。

「切原くん、そこまで思い悩んでたんだ。いいのに…」

「じゃ、じゃあ怒ってないんだよな!?」

「もちろん」

「はぁ〜良かったー…あ、そうだ、明日、昼からヒマ?」

昼からというのは、明日の部活が午後までだからだ。まあ、その後はこれと言ってしなければならないことや出掛ける予定は無いはずなので、空いていると答えれば、助かったと言いたげな顔でこちらに迫ってきた。

「頼む!月曜提出のテキストやってねぇから手伝ってくれ!!」

「いいよ。…なら明日、部活帰りそのままする?」

「お、それいいじゃん!昼飯、図書館の近くのファミレスにしようぜ」

「うん、そうしよっか」

******

昼食を済ませて、図書館に来ていた。切原が大の苦手だという英語のテキストに向かうこと1時間。集中力が高いおかげかスムーズに進んでいる。

「つーか、月曜提出とかまだテスト期間じゃねぇのに…腹立つな」

「月曜からだよ」

「えっマジで!?」

少し響くくらいの声を上げた切原に周りの来館者がちらりとこちらを見た。しーっと言うように私は人差し指をたてながら頷いた。

「えぇー…じゃあさ、勉強教えてくんねぇ?」

「いいけど、意外」

そう答えれば、意外?と切原は首を傾げた。声をひそめながら話すために顔を近づけば、必然的に体も近くになった。

その行動に対して、何か心に感情が沸いたことに、私はまだ気付いていなかった。

「切原くんって、進んで勉強するイメージないから」

「ああ、でもさ、赤点取ったら幸村部長に怒られるんだよな…真田副部長の制裁もあるし…」

苦笑気味でなるほどと言えば切原も一緒に苦い顔をした。そして、あれはもう勘弁と呟いていた。

「でも、私じゃなくて柳先輩や柳生先輩の方がわかりやすいと思う」

「柳先輩は解けねぇと開眼して、こんなんも解らないのかみたいなこと言ってくるし怖ぇんだよ。で、柳生先輩は物覚え悪い人苦手だから苛つかれるだろ…」

あの柳生ですら不機嫌になるほど、勉強に関しては物覚えが本当に悪いらしい。
"紳士"という異名を持っているので、最後まで優しく教えるのかと思っていたので驚きだ。

「桑原先輩は?」

「高校入ってから丸井先輩で手一杯になったから無理になっちまった」

仁王は教えてくれるわけがなく、幸村や真田は論外だそうで、残るは私しか頼れる人がいないらしい。しかも、今回は五教科の総合点が平均点を上回ればゲームを一つ買ってもらえるので何としても勉強しなければならないだとか。

「じゃあ、まずテキストを終わらせよう」

「いいのか!?恩に着るぜ〜」

それからテキストを進めること二時間。驚異的なスピードで切原は提出範囲を終わらせた。

「終わった〜。なあ、ゲーセン行かね?」

「勉強は?」

「今日はテキスト終わらせたからいいって。勉強は明日からな!」

切原も頑張っていたので今日くらいは良いかと思って、分かったと言った。すると、やったと言わんばかりに荷物と私の手を掴んだ。

「行くぜ!」

私が自分の荷物を持った途端にグイッと引っ張って走り出した。

「ま、待って、早い」

そのまま図書館を出て走っていくとゲームセンターではなく、一軒家に着いた。なかなか大きな家である。

「俺んち。で、こっからはチャリな」

図書館からゲームセンターまでの道中に家があるので、どうせなら自転車で行こうということだろう。

「私、自転車持ってないけど」

「何言ってんだよ。二ケツに決まってるだろ?」

「え…したことない…」

「マジ?まあ、大丈夫だから乗れって。よし、しっかり掴まっとけよー!」

切原が地面を蹴るのと同時に、私は切原の腰に回していた腕にギュッと力を込めた。
冬の冷たい風が肌に突き刺さるように体に当たる。だが、切原の背中はあったかくて、あまり寒さを感じなかった。

それから進んでいくうちにある感情が心にあることに気付いた。どこかで感じたことがあるような何とも言い難い思い。

何であっただろうかと思いを巡らせていると、遠くにハリネズミを擬人化したマスコットキャラクターが見えた。有名なので知ってはいたが、こうして見てみると少し不思議な容姿をしている気がする。

「よし、遊びまくるぜー!」

切原について行けば、格闘ゲームのコーナーに辿り着いた。早速、お金を入れてキャラクターを選ぶ切原は実に楽しそうに笑っている。ゲームがよほど好きなのだろう。

「切原くんは得意なの?」

「ああ、得意!めっちゃ強ぇから見とけよ?」

「うん」

画面を見れば、3、2、1、と大きく表示されたカウントダウンの数字。カーンの音と共に一発目の攻撃を食らわせたのは切原だろう。そうして蹴りや殴りなどの攻撃が容赦なく連続で相手に降りかかる。

私はゲームセンターには初めて来た。しかも、家にゲームはないので全くと言っていいほどしたことがない。
そんな素人の私でも切原は強いのだとわかった。

「ふぅ、やっぱスッキリするな。苗字もやれば?」

そう言いながら私の腕を引いて、椅子に座らせた。無理だと何度も言ったが大丈夫だからと言いくるめられた。そして、やり方を説明してもらった。

「絶対、無理だって…」

「んなこと言ってと攻撃されんぞ」

「あ…む、無理…え、うわっ、殴るのどこ…え、あ、しゃがむな…え、ジャ、ジャンプした…」

慌てたあまりに先ほどの説明も頭から飛び、すぐに敗北という結果になった。

隣を見れば笑いをこらえている切原が目に入り、じっと見つめれば、声を上げて笑われた。

「ハハハ!アンタでも動揺したり焦ったりすんだな」

「そりゃあ、するよ」

「普段見れねぇし、レアだな。しっかしゲームは下手なんだなー」

「…だって、初めてするし。とにかく私は見てるだけにするから切原くんがやって」

そう言うとニタニタと場所を交代して、見本を見せてやるとか言ってまたすごい技を繰り返していた。腕は認めるが、言動からしてかなりの自信家のようだ。


ゲーセンにいること約一時間。6時前となり、すっかり日も暮れていた。

「そろそろ帰るかー…つーか、俺ばっかやって悪かったな…」

「いや、見ているの楽しかったからいいよ」

「そう?ならいいんだけどよ」

そして、帰りは遅くまで付き合わせたからという理由で送ってもらった。もちろん、また二人乗りで。警察に見つからないかヒヤヒヤしていたが大丈夫だった。落ちたらどうしようというスリル感も初めて味わった。
しかも、ゲームセンターで格闘ゲームをするという人生で一度もないと思っていた体験もした。

偶にはこういうのもいいかな、なんて考えを昔の自分が知ったらどう感じるだろうか。

まず、異性と二人で出掛けていることに驚きそう。それに二人乗りなんかもしちゃって。

自然と口角が少し上がっていたことなど知らずに、台所にいた母にただいまと挨拶をすれば、私を見て微笑んだ。

「楽しかったのね」

「それなりには。…わかるの?」

「笑っているじゃない。きっと、他の人は分からないだろうけど」

やはり、ぱっと見ただけじゃ分からないのか…いや、最近は違う。ちゃんと、少しずつだが分かってきてくれている。

それを伝えれば、母はさらに嬉しそうな笑みを浮かべた。

「前に"学校生活"という名の本と言ったけれども、その中の"部活"という目次かしら」

「あ、」

「どうかした?」

「思い出した」

確か、以前に母と恋の話をしていた日は柳と出掛けた日で、ある感情が沸いたがそれは恋であるかという疑問に至ったのだ。

モヤモヤなのか、ドキドキなのか。

そんな気持ちであった。そして今日、切原と過ごしているときに感じた気持ちに覚えがあったのは、柳と過ごしたときと同じだったからだ。

切原と過ごしたときもモヤモヤとして、でもどこかドキドキも含んだような、言葉では表現しにくい思いが心にあったのである。

ようやく繋がった。
気持ちの正体は異性といると沸いてくる複雑な情感だということ。実体は未だ掴めないが恋ではないことに気付いた。

「お母さん、ありがとう」

「どういたしまして」

それから、私は二階の自室で最近あまり捗っていなかった勉強に手をつけた。

恋でないことに気付いただけで私の心は俄然すっきりとした気がする。

柳先輩は好きだけれども、切原くんも、幸村先輩も、桑原先輩も、丸井先輩も、柳生先輩も、真田先輩も、仁王先輩も、みんな楽しい人ばかりで好きだ。

(あなた。…名前、気付けるかしら)
(気付いたのじゃないのか?)
(ふふ、まだに決まっているじゃない)
(教えて…やらなさそうだな)
(勿論、待つわ)

******
あとがき
うわ…到頭、柳さん出てこなかった…。
ってか、赤也の口調がいまいち分からないです。
(~20121007)執筆

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