いたずら攻防戦 | ナノ

いたずら攻防戦


2-2



 仁王に騙された。柳生くんの姿になって猫をやっていることを注意し、私を動揺させたのだ。仁王にあれほどの特技があったなんて思いもしなかった。“コート上の詐欺師”という異名を少し理解した気がする。二つ名を知っているといえ、未だに私はテニス部の試合を見たことがないから。

 それにしたって本当にそっくりだったけど、どういうことなんだろう? 結局詳しく教えてくれなかったしな。

「声まであんな似てたんじゃわからないよねえ?」

 全く事情を知らない猫ちゃんの頭を撫でながら話しかける。さあね、とでも言うように「にゃーん」と鳴いた。猫ちゃんはそのまま私の手からすり抜けて、足元までやってくる。足に頭を擦り付けた。

「っふふ、おやつが欲しいの?」

 ポケットに忍ばせている小袋を取り出して私は猫ちゃんの前に置く。むしゃむしゃと食べる姿を眺めていたら「名字先輩」と呼ばれた。
 振り返った先にいたのは柳くん。

「今、猫に餌をあげましたね? それが禁止されていることはご存知のはずですが」

 私は彼を仁王なのではないかと疑った。次は柳くんに変装して私を混乱させようとしているに違いない、と。
 ふんっ、二度も騙されるほど馬鹿じゃないんだから。

「もう騙されないからね」
「何を言っているんですか? まさか俺が仁王とでも?」
「そう。とぼけたって無駄だよ」
「俺は正真正銘、柳蓮二です。では仁王が知らないことを話しましょう」

 そして彼は小説家・夢野久作について詳しく話した。仁王はそこまで知らなさそうだが、しかし例えば仁王が私を騙すためにわざわざ覚えていたら? と考えれば彼が100%柳くんであるとは言えないのだ。私は執拗に勘繰った。

「柳くんである確証にはならないかな」
「それでは、仁王についての秘密を教えましょう。仁王は自ら自分の秘密を明かすような人間ではない」

 確かに、それは言えているかもしれない。聞いておくのも悪くないと思い、私は話すことを促した。すると、近くの茂みがガサガサと不自然な音を立てた。

「待ちんしゃい、柳」

 少し慌てた様子で茂みから出てきたのは仁王。いつもなら参謀と呼ぶところ、苗字で呼んでいるのが動揺の証だ。

「フッ、ようやく出てきたか」

 え、じゃあ、目の前の柳くんはやっぱり本物!?嘘、猫に餌やってるのバレちゃった。
 焦っている私の手を猫ちゃんは呑気にペロペロと舐めている。餌の匂いがするのだろう。

 とりあえず逃げるか? このまま生徒会室行きとかごめんなんだけど……いや、行くにしても放課後になるか? と考えていたら柳くんがこちらに歩み寄った。私は立ち上がる。

「名字先輩、生徒会の方に報告させてもらいます」
「でもさ、柳くん。報告するにしたって証拠は残したの?」
「はい。この通り」

 彼がスマホをこちらに向けた。そこには先ほど餌をあげた瞬間の写真が映されている。さすがは柳くんと言うべきか。
 前に他の生徒会の人に見つかったときはこれで一度切り抜けたことがあるのに今回は無理らしい。

「あーあバレちゃった」
「ククッ、参謀は抜かりないのう」
「君も餌あげてるのにね。私も仁王の写真撮っとけばよかった」
「残念じゃったのぅ?」

 まるで、この俺は回避できたぜよ? とでも言う風に勝ち誇った笑みを浮かべている。なにその表情、むかつく。そう思ったのと同時だった。柳くんは仁王にスマホを見せながら言う。

「言っておくが、仁王、お前の証拠写真もあるからな?」
「は?」

 一瞬にして阿呆面になった仁王が面白くって私は思いがけず笑った。

「っは!あはは!」

 あんな顔しておいて、間抜けもいいとこだ。ほんと、面白い。

「あはは!はは!」

 私が腹を抱えて声をあげる一方で、仁王は悔しそうに顔を歪める。

「ちっ……これはさっきじゃな」
「そうだ。諦めてお前も放課後に生徒会室に行くことだな。ああ、部活に遅れることは俺の方から精市たちに伝えておこう」

 ではな、と一言。柳くんは立ち去っていった。彼がいなくなってもなお、笑いが止まらない私はずっと肩を揺らす。

「笑いすぎじゃ、名前ちゃん」
「っはは! だって、だって、仁王ってばあんな顔しといて……!」
「名前ちゃんこそ、最初は参謀のこと俺だと自信満々に疑って間違っとったじゃろ」
「いやいや、昨日の今日で柳くんが来たら疑うでしょ」

 私は目尻に浮かべた涙を指ですくいながら、何とか笑いを収めた。あー笑った。仁王の間抜け姿を見るのは面白い。


 それから放課後となり、私は生徒会室に渋々ながら訪れたのだった。意外にも、仁王が先に来ていた。逃げると思っていたのに。
 あ、でも、これ書いてから部活に行かないと柳くんにバレるのか。

「この紙に反省文書いて生徒課に行けと言うとった」

 仁王は一文字も書いていない原稿用紙をヒラヒラとはためかせた。私は机の真ん中に置いてあった二枚重なった原稿用紙を手に取る。仁王との間に一つ開けて椅子に座る。

「隣こんの?」
「反省文なんて仲良し小好ししながら書くもんじゃないし」
「せっかく教室で2人きりやき“仲良し小好し”せんか?」

 仁王が言うとどこか意味深に聞こえるというのに、にたりとした笑みがさらにそれを助長させる。生憎、私には彼氏がいるのでね、そういう意味で言っているなら無理だ。

「お断りするよ」

 私は鞄から筆箱を取り出す。消しゴムを机に置き、シャーペンで原稿用紙の枠外に名前を書いた。仁王は書く気が起こらないのか、ペンを指で弄んでばかりいる。

「のう、名前ちゃん」

 書き出そうとした私の手を遮るかのように仁王は呼びかけた。

「なに?」
「何で俺は“仁王”で、柳は“柳くん”、柳生は“柳生くん”なんじゃ?」
「うーん、君は仁王くんって感じじゃないし」

 原稿用紙から顔を上げずに私は答えた。基準がよう分からん、と呟いているのを耳に入れながら文章を書き出す。
 感覚的なものだから自分でも基準は分からない、ということを私はわざわざ口にしなかった。


「ふぅ、」

 20分ほどで私は書き終えた。ちらりと仁王の方を見てみる。原稿用紙は1枚目の半分も満たされていなかった。

「早いのう」
「反省文なんて嘘並べとけばいいだけだから」
「悪い子じゃ」
「仁王の反省文だって最終的にそうなるのに」
「プリッ」

 机にうなだれてしまった仁王を見ながら、私は筆箱にシャーペンと消しゴムをしまう。
 消しカスを手で集めて、教室の隅にあったゴミ箱に捨てた。

「早く書かないと放課後終わるよ」

 そう言って隣に座る。すると、嬉しそうに口角を上げた。

「仲良し小好しする気になったんかの?」
「あーあ、そんなこと言うんだ。帰ろうっと」
「すまんて、もうちょっとおって?」

 立ち上がろうとした私の腕を仁王が掴む。寂しそうに首を傾げるこの男は一体どれだけの女を虜にしてきたのだろう。

「仁王ってさ、今まで何人と付き合ったことあるの?」
「ほほぅ、それを聞くか。どうじゃと思う?」
「数え切れないくらい」
「やっぱそう思うんやのぉ……」

 いじけたように仁王はペン回しを始めた。私の返答を予想していたくせに、納得のいかないものだったらしい。まさか仁王がピュアであるとは誰も考えないし、誰に聞いても同じ返事だっただろうに。変なの。

「じゃあ、答えは?」
「これじゃこれ」

 仁王は片手をブラブラさせて言う。

「は?」
「片手で足りるちゅーこと」
「ふうん、5人?」
「さあの」

 どうやら、それ以上は答えてくれないらしい。彼にしては話してくれた方な気もするが、しかし、それが本当である確証なんてどこにもない。

 私が再度、席を立とうとした瞬間に仁王は「名前ちゃんは?」と問いかけた。

「どうだと思う?」
「せやのぅ……案外男慣れしてるようじゃし、4、5人といったとこか?」
「さあ、どうだろうね」

 私は仁王の目を見て微笑む。どうだと思うか聞いておきながら私は端っからその質問に答える気はない。なんとも生産性のない会話に小さく笑いを漏らす。

「ふふっ。とりあえず進めたら? じゃあね」

 私は今度こそ立ち上がり、2枚の原稿用紙を持って仁王に手を振った。そんな私の背に彼は「裏切りもーん」と言葉をかけた。

(~20180813)執筆



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