いたずら攻防戦 | ナノ

いたずら攻防戦




 終業式も間近となった。春休みに入り4月になればいよいよ始業式を迎え、タネ明かしの日が訪れるのだ。今のところ順調に仁王は私が年下だと騙され続けている。
 そんなある日、図書室へ向かおうと廊下を歩いていたら、えっとーき、きー…切原……んー? 下の名前を忘れてしまったが、とにかく切原に声をかけられた。確か中学3年生だったはずだ。

「アンタ、あん時の!」

 あん時の、というと何処かで私のことを見たらしい。ゲーセンにいたときだろうか。もしかすると仁王は切原と一緒に彼氏といる私を見つけたのかもしれない。ここは彼にも中学生のふりをしておこう。

「切原くんだよね。あん時の、なに?」
「えっいやー別に」

 ふいっと目を逸らされる。
 仁王の名前を出そうと思ったが、下手に何かを言って怒られたくないからそのことに関して口を閉ざした。そういった感じだろうな。

「あ、そうだ、アンタ何組?」
「さあね」
「はあ?」
「内緒よ、内緒」
「わけわかんねえ、何で内緒なんだよ」

 切原は口を尖らせている。私はそんな様子に相手するわけでもなく「仁王先輩に聞くように言われたの?」と質問した。

「そういうわけじゃねえけど……ってか、は? 仁王先輩?」
「ふーん」

 てっきり仁王がとうとう後輩を使ってまで探りを入れてきたのかと思ったがそうではないらしい。彼はどうしてだか動揺しているが、これ以上は彼に用がないのでその場を去った。

 終業式の数日前、放課後に猫と遊んでいたら仁王はやってきた。ユニフォームを着ているので部活中らしい。

「またサボりですか、仁王先輩」
「さあの。名字ちゃんはサボったことないんか」
「授業ならたまにサボってますよ」
「悪い子じゃ」
「仁王先輩にだけは言われたくないです」
「ケロケロ」

 逃げた仁王に向かって私は不満そうにため息をつく。その間も私は猫を撫で続ける。
 私は猫が好きだ。愛らしい見た目もさながら気分屋で、寂しがり屋なところがいい。寒いと膝の上に乗ってきて丸まっているときなんて可愛くて仕方ない。
 ときおり、仁王が猫と似ていると思うことがある。しかしながら、彼に可愛げなんて欠片もなくて、「猫っぽいな」と感じた時は少し嫌な気分になる。
 そんなことを考えていたら後ろからゴソゴソと音が聞こえてきて振り返った。すると、そこには私の鞄を漁っている仁王の姿が。

「ちょ、何してるんですか」
「何って鞄漁っちょる」
「わかってますよ。やめてください」

 慌てて私は仁王から鞄を取り返す。睨んでいると、後ろから鞄に入れていたはずの本を2冊出してきた。

「あ!」

 すぐさま腕を伸ばすが、仁王は立ち上がってそれを避けた。一方で私は足の前にあった鞄につまづいてこけてしまう。仁王雅治め。
 地面に打ち付けた膝をさすりながら、私は顔を上げる。

「おまん、小説を読むんじゃな。参謀とはこれ繋がりで知り合ったんかの」
「秘密です」
「『五匹の子豚』と『夢十夜』」

 仁王は2冊の本を交互に見ている。私は立ち上がって再度取り戻そうと手を伸ばしたが、私の身長では彼が腕を上げてしまえば届かない。

「ほれほれ、届かんじゃろ」

 そう言って右手でがしがしと頭を押さえられる。もうっ腹立つ!
 私は手を振り払って鋭い視線を向けた。

「眉間にしわ寄っとるよ」
「誰のせいだと思って……!」

 何より心配なのは読書会部のことだった。片方は明後日の部活で読むので、もし彼が実は部員の誰かとつながりがあれば、私と読書会部の関連性に気づかれてしまうかもしれない。そうなればここまできて本当の年がバレてしまうなんて事態が……! ここはひとつ嘘をつくしかないか。

「どうしたら返してくれるんですか」
「おまんが知る俺の秘密、言いんしゃい」
「はあ……もう返してくれなくてもいいです。図書室のなんで返却しといてくれますか」
「嫌じゃき」
「私は話す気がありません」

 はっきりとした態度をとれば不承不承だが手渡してきた。受け取りながら私は仁王の目を見つめた。

「仁王先輩は小説って読まないんですか? まあ、読まなさそうですけど」
「そうじゃな、小説はあんまやのう」

 私はなるほどという風に頷き、鞄に本をしまった。ついでに漁られたものを整理しながら何気ない感じに話す。

「私、夏目漱石が好きなんですけど、読まない人に文学を勧めてもって感じですよね」

 まあ本当に最初から読むとも思ってなかったし勧める気もないんだけど。これで私が『夢十夜』を好きで借りたと思ってくれたらそれでいい。

「私の趣味、一つ知れましたね。嬉しいですか?」
「俺の秘密の方が知りたかったぜよ」
「私のこと知りたいって言ってたから少しくらいと思って教えたのに」
「じゃあ、他にも教えてくれんか? そうじゃのう、クラスとか」

 私は質問を無視して、早く部活に戻ったらどうですか? と言葉を投げかけて踵を返した。



 それから終業式も終わった。仁王からは何も言われていないので読書会部については杞憂だったらしい。まあ入学式までにまだ日があるので、油断してはならない。春休みは学校に来ないとはいえ、テニス部は練習があるようだし、何があるかはわからない。
 ちなみに猫の餌は仁王がやってくれるらしい。学校に行っても良かったが、してくれるというので任せることにした。

 私は春休みに入っても特に何かするわけでもなく、2、3日に一度彼氏や友達と遊んだり普段より多めにバイトに行ったりしたくらいだ。
 仁王とは連絡先を交換していないので春休みに話すことはなかった。入学式までに言葉を交わすことはない、そう思っていたのだが、春休みの最終日に私たちは顔を合わせることになる。

 その日は家の近くではなく、少し離れた本屋に行っていた。わざわざ遠出したのはそちらの方がマイナーな本も取り揃っている規模が大きな店だからだ。
 そして、欲しい本も手に入り満足な気持ちで帰っているときのことだった。

「あ、仁王」

 私は高架下にいる彼を見つけた。テニスの自主練習をしているようで、私は失礼にも「仁王でも休みの日に自主練をするんだなあ」なんて思った。少々、離れたところから彼を眺める。いつものようなへらっとした様子は全くなく、珍しくも真剣な顔つきだったので正直のところ釘付けにされた。
 もしかしたら部活中はちゃんとしているのかもしれないけど、テニス部の見学に行ったことがないのでわからない。私にとって普段の仁王雅治というのは、私にちょっかいを出してくるあの姿なのだ。

 邪魔するのは悪いが、彼がまだ騙され続けているのか確認がとりたくて、声をかけるタイミングを見計らった。
 ポーンッ、ポンッとボールがコンクリートの上を跳ねる音が響いている。仁王が動くたびに髪がぴょんぴょんと動くのを見るのは少し面白かった。だけど、やはり彼の顔が視界に入ると、ちょっとだけドキッとする。

 仁王がちゃんと真剣になることなんてあるんだなあ。あっちの方が幾分かっこいいのになあ、と、またしても無礼な感想を抱く。

 私は彼に気がつかれないよう、少し歩み寄った。彼は気がつかない。私はそこでようやく仁王が結構な汗をかいていることを認識した。4月とはいえ、夕方になるとまだ肌寒いので、彼は相当動いているのだろう。
 数分後、彼は打つのをやめた。打ち返さなかったボールがこちらへ跳ねながらやってくる。私は腰を屈めてそれを掴む。同時に仁王が振り向いた。

「おー名字ちゃん、おったんか」
「こんにちは、仁王先輩」
「いつから見とったんじゃ?」
「1時間前」
「ははっ、春休みの間にさらに嘘がひどくなったんじゃなか?」

 そう言って、仁王はタオルで額の汗を拭った。私はひょいっと彼の方にボールを投げる。それを受け取りながら仁王は近くへ寄ってきた。

「で、何でここにおるん?」
「そこの本屋に行っていました」
「秘密です、と答えると思っとったのにそれはちゃんと答えるんか。やっぱ、ようわからん」

 私は返事代わりに微笑んでおく。そんな私からおもむろに視線を外して、仁王はボールを弄び始めた。私はボールを見つめながら心の中でにやにやとした。
 やはり彼は今日の今日まで騙され続けてくれた。私のことを年下なのだと。明日に真実を知らしめるのが楽しみだ。

「そうだ、仁王先輩。猫ちゃんに餌やりありがとうございました」
「俺がしたくてしとっただけぜよ」
「そうですか」

 私はくるりと回って、仁王に背を向けた。

「帰るなら送っちゃるよ」
「少し距離があるので構いません。また明日会いましょう」

 そう言って私は首だけひねった。

「仁王“先輩”」

 初めて彼を先輩と呼んだときのように私は強調してみる。だが、彼があの時のように眉をひそめることはなかった。私がこういう人間だと“思っている”のだ。
 私はつい口角を上げて帰路を辿った。

(~20180803)執筆



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