いたずら攻防戦 | ナノ

いたずら攻防戦




 面白いが厄介な女子を見つけた。そいつは名字名前といって、特徴は身長が低く童顔であること。それ故に一見、可愛らしい“女の子”なのだが、中身はひねくれて何を考えているかよくわからない女子だ。
 練習試合の合間に近頃より校舎裏に住みついた猫のもとに行けば、その女子はいた。何も指摘していないのにいきなり餌をやっていることを自白したと思えば、俺の秘密を知っていると言うし、気になって関わることにした。

 そんな経緯もあり彼女の中身を少しずつ知ることになったのだが、食えないやつで俺らしくもなく手こずっていた。
 まあ、それくらいの方が楽しいというものナリ。

「名字ちゃんの趣味はなんじゃ?」
「何でしょう」
「それくらい教えてくれてもいいじゃろ」

 このように全く自分のことを話してくれない。クラスさえも教えてくれなかった。教室では目立つから会いたくないらしい。俺には言い訳にしか聞こえんかったがの。
 何にせよ徹底的に俺の秘密もそのヒントも、自身の情報までも明かす気がないようだった。

「なあ、趣味くらいええじゃろ。名字ちゃんのこと知りたいきに」

 猫の首元を撫でながら名字ちゃんは答えた。

「何でですか?」
「単に知りたい、じゃ駄目かの?」

 彼女は少しのあいだ黙ったあとこちらを振り返った。

「ハイキング」
「本当かどうか怪しいのぅ」
「嘘ですから」

 ほれ、やっぱり嘘じゃ。答えたかと思えばこれやき。


 それから、俺たちの間に沈黙が広がった。名字ちゃんはずっと猫を撫でて楽しそうにしている。ああしていたら可愛げがあるのにのう……と彼女を眺める。すると、名字ちゃんはこちらを見ずに言った。

「私の本当のこと知りたいですか?」

 俺はもちろんじゃと答えた。名字ちゃんは首だけこちらに向けて、いつになく優しい笑みを浮かべる。

「私の趣味はここで猫と戯れながら10分ほど仁王先輩とお話しすることですよ」

 どきりと胸が鳴ったのは気のせいじゃない。だが、素直に照れたなんて言ってやるほど俺も素直じゃない。

「なんじゃ、俺を落とそうとしとるんか」
「そんなわけないじゃないですか。私、彼氏いるんですよ。他校に」

 それは果たして本当なのか、俺には分からなかった。いつもみたいに冗談をかましているのか、はたまた真実なのか。
 だが、この前の色仕掛けの反応からしてそういった経験があるのには納得がいく。だが「他校生」というところに嘘くささが混じっているように感じてしまう。何にせよ本当かどうか今は判断がつかないので考えるのを諦めた。


 名字ちゃんと出会って1ヶ月ほどしたときのことだ。ゲーセンに赤也と丸井と寄った際、彼女を見た。俺よりもいくつか年上の私服を着た男と二人で歩いていたのである。
 俺は格ゲーをする赤也と丸井に別のところに行ってくると伝えて、二人の後をつけた。どうやら二人はプリクラを撮るらしい。手を繋いでプリ機の中へ入っていった。
 やはり、他校に彼氏がいるというのは本当だったようじゃ。

 10分も経たずに撮影する場所から出てきて、落書きコーナーへと二人は移った。そのときにいつになく幸せそうに目を細める姿は俺の知らない彼女だった。
 すると後ろからひょっこり赤也と丸井が顔を出した。

「何してるんスか、仁王先輩」
「なになにスパイ?」
「何にもなか」
「ええー気になるッス!」
「あの辺見つめてたし、あのプリ機の中のやつじゃね?」
「違うの」
「正解だろい」

 確かに正解だが、間違っていたとしても丸井はそう言うのだろう。俺はため息混じりに行くぜよ、と立ち去ることを促した。が、二人が聞くはずもなく彼女が出てくるのを待つ羽目になったのである。

「仁王先輩が隠れて見るほどの子なんて顔見なきゃ損っすよー」
「仁王その子のこと好きなわけ?」
「だから違うと言っとるじゃろ」

 そんなこんな言い合いしていると名字ちゃんと彼氏は出てきた。印刷口の手前で話しながら待っている。そして、ちらっと彼女の顔が見えるなり赤也と丸井ははっとした。

「あ! なんかアイツ知ってる」
「んーなんか俺も知ってる気がすんだけど思い出せねえ」
「なんじゃおまんら知っとるんか」
「つーかやっぱあそこで正解じゃねーか。でもよ、彼氏いんぞあの子」

 もうこの際、彼女の情報が少しでも掴めるならバレてもいい。俺は赤也に問いかけた。

「赤也、クラスは知っとるか?」
「いやー顔は見たことある気がするんスけど、クラスまではちょっと……」
「使えんのう」
「仁王だってクラスの女子すら名前覚えてねえくせに」

 そういうお前はどうなんだと言いたいが、どうせ菓子くれる子は覚えているなどと答えるのだろう。


 2日後の金曜日。部活が終わった後、校門の方へ向かう名字ちゃんが遠くに見えて、俺は先に行くと伝えて彼女を追いかけた。あと300mほどというところで気付かれて彼女はとつぜん走り出した。

逃がさんぜよ。

 俺はスピードを上げた。しかし路地裏に入り込まれ、見失ってしまうことになる。撒かれたか。
 彼女が通っていたであろう路地裏を見つめたあと、諦めて帰ろうとした時だ。不意に気配を感じて振り返ろうとしたが、その前に俺の背中は誰かの両手によって押されたのであった。

「うおっ」

 よろめきながら後ろを見れば、してやったりと言いたげな名字ちゃんがいた。

「仁王せーんぱい」
「やってくれるのぅ」
「驚きました?」
「プピーナ」

 最初は怪訝そうな顔をしたものだが、今では慣れたのか平然と聞き流された。
 それから俺たちは肩を並べて歩いた。無言で隣を歩く彼女を見つめる。俺の肩ほどまでしか身長はなく、ここからじゃあまり表情は見えない。そのため、俺は背をさらに丸めて顔を覗き込んだ。

「名字ちゃん、他校の彼氏の話は本当だったんじゃな」
「本当のこと教えて欲しいか聞いたら頷いたじゃないですか。信じてなかったんですね」
「名字ちゃんは嘘つきじゃき信じられん」

 彼女は「嘘つき」という言葉に対して否定しない。あたかもそれが普通かのように歩を進めた。人のことは言えんが変な女子じゃ。

 そういえば帰り道に彼女を見たのは初めてだが、やはり部活をやっているのだろうか。それとも委員会にでも所属しているのだろうか。それらについて以前に一度聞いたが、はぐらかされたのだった。俺は再挑戦する。

「部活か?」
「その質問には一度答えました」
「委員会か?」
「その質問にも一度答えました」
「じゃあ何しとったんじゃ?」
「その質問に答える気はありません」

 俺はわざとらしく困ったように眉を下げてやる。彼女は無表情を貫いた。

 立海生の通学路から少し離れたここは歩いている生徒もおらず閑静としていた。俺たちが黙った今、空間に響くのはローファーが鳴らす足音のみ。
 そんな中、着信音が鳴り渡った。名字ちゃんがポケットからスマホを取り出す。着信相手の名前を見た途端、パッと顔を明るくさせて電話に出た。

「もしもし!」

 その言葉のあと、彼氏であろう名前を嬉しそうに呼ぶ名字ちゃん。俺はつい2日前に目にした彼女の幸せそうな顔が脳裏に過った。それと同時に心にもやもやが生まれたことに、気付かない振りをすることなんてできなかった。

(~20180802)執筆



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