いたずら攻防戦 | ナノ

いたずら攻防戦




 騙されている期間が長ければ長いほど、真実を知った時の衝撃は大きいだろう。だからこそ私は長い間、彼に年下だと思われていなければならない。
 理想は、2ヶ月後の始業式に3年の名札をまざまざと見せつけて、私が一つ上なのだと知ってもらうことだ。

 彼がどんな人物と知り合いかはわからない。だから、同級生といるときに彼と会うのは避けたいものだ。少しでも真実に導くためのタネになるようなことは与えたくないから。

 と、いうことでさっそく友達といるときに仁王雅治を遠目で見つけてしまった。私は慌てて友達に「事情は後で話すから、ちょっとここを離れるね」と言ってそこを去った。
 そして、あまってしまった昼休みの時間。私は図書室に行くことにした。もちろん、本を借りにいくためである。
 私は「読書会部」という部活に所属している。文芸部とは違う。この部活は週に一度、課題になっていた本を議論し合うというそれだけの部活だ。部活と言うよりは同好会といったほうがしっくりくる集まりだけど。
 とにかく、今週の本をまだ読んでいないのでそれを探しに行くのである。


 そして、そこで私は柳蓮二と出会うこととなる。彼はテニス部がミーティングだけで終わる時や休みの日など、読書会部の活動日と都合が合うときは部読書会部にやってくる。だから、私と彼は知り合いなのである。

「おはよう、柳くん」
「おはようございます。名字先輩」
「あのさ、仁王雅治に私について聞かれなかった?」
「聞かれましたが、俺はテニス部以外の他人の情報をそう簡単には開示しません。知っているが教えないと一言答えておきました」

 確認をとっておいてよかった。やはり柳くんに聞いていたか。昨日の今日で行動に移しているということは、やはり彼は接触してくることだろう。私が猫をかまっているときにやってきそうだ。あそこに行くときは一人でいかなければな。
 と思案はそこまでにして、私は柳くんに話を切り出す。猫のことは生徒会に所属する彼には話せないので昨日の成り行きは説明せず、仁王を騙そうとしていることを話した。
 あとは、もしも柳くんと二人でいるときに仁王に出会うことがあれば年上のふりをしてほしいことを伝えた。

「よろしくお願いしますね、柳センパイ」

 にやりと意地の悪い笑みで私は柳くんに手を振る。その後、当初の目的を果たすべく、純文学のコーナーへと向かった。今回の本は森鴎外の『舞姫』だ。有名どころは数冊置いてあるような大きな図書室なのであるだろう。


 翌日の昼休み、私は猫ちゃんのもとへ出向いた。そこには先客がおり、猫ちゃんはその彼に撫でられながらごろごろと気持ち良さげに喉を鳴らしていた。

「待っとったぜよ」

 銀の尻尾を靡かせて彼が振り返った。仁王雅治だ。

「名字ちゃん」

 にんまりと口角を上げた。今日こそは秘密を吐かせてやる、とでも思っているのだろうか。吐く秘密もないのでどうせ私は何もしゃべりませんけど。

「仁王先輩、私はあなたにヒントすら与えるつもりはありませんよ」
「顔に似合わず強気やのう」
「顔は顔、性格は性格ですから」

 私は仁王の隣に歩み寄り、彼を見下ろした。

「おまん、ひねくれとるじゃろ」
「私はとっても素直なだけですよ」
「ほーれ、ひねくれとる」

 私は彼の隣にしゃがみ、ポケットに入れていた小袋の中から猫用のおやつを取り出した。ごろんと寝ていた猫は匂いにつられて起き上がり、私の元にやってくる。ぱくっ。猫がそれを加えるのと同時に隣から聞こえてきたシャッター音。悪どい笑みを浮かべた仁王の手にはスマホがあった。

「これを出せば一発じゃな」
「生徒会の者が注意にやってきた時点でまずその人にバラす事にしましょう。柳先輩とか」

 “柳”
 その名前を出すやいな、仁王の目つきが変わった。

「参謀に秘密がバレるのはちと面倒じゃ。やっぱり面識があるんやの」
「知り合い程度です」

 私は小袋に入った2つ目のおやつを猫にあげる。食べ終わるのを見てとると、私は頭を撫でてやった。

「名字ちゃんは手強そうナリ。どういう作戦でいこうかのう……」
「そんなセリフ、本人の目の前で吐くんで――」

 喋りきる前に私の視界は反転した。目の前には仁王の整った顔がある。押し倒されたようだ。左手は力強く押さえられており、空いている右手で肩を押してみたがびくともしない。

「ええこと、せんか?」

 ねっとりとした視線を私に向けながら、さらに顔を近づけてきた。彼の前髪が私の額にかかる。ここまでくると流石に少しドキドキするけど、そうなってしまえば奴の思うツボだ。こういうときは考えすぎず冷静さを欠かないことが大事だろう。私は変に目をそらしたりせず、真っ直ぐに彼の目だけを見つめた。

「キスしちゃるからヒント教えんしゃい」
「何でしたくもないキスをした上に、ヒントをあげなくちゃならないんですか?」
「つれないのう。人気者とキスできる機会なんてないぜよ?」

 私はそこでようやく別のものへと目をやった。そこには垂れ下がった尻尾のような銀色の髪がある。私はそれを掴み、力強く引いた。

「……っく!」

 痛がっている隙に逃げようかと思っていたのに、依然として左手はがっちりと固定されており、かなわなかった。

「何するんじゃ」
「視界にチラついて邪魔だったもので」
「はあ、お前さんには色仕掛けが通用せんらしい」

 そこでようやく仁王は退いてくれた。眉をひそめて悩ましげにしている。

「こういったことには慣れとらんと思っとったんじゃが」
「ふふ、残念でしたね」
「彼氏でもおるんか」
「さて、どうでしょう」

 正解はいる。他校どころか別の大学の学生なので今の光景を見られている心配はない。仁王が彼に接触する恐れもおそらくはない。
 私は制服の砂埃を払いながら立ち上がった。

「では、失礼します。仁王先輩」

 私が髪を引っ張ったせいで結っていたところがズレたのか、仁王は髪を結び直していた。

(~20180802)執筆



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