心の奥
「なぁ、なぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁなぁ」
「煩いな…何ですか、忍足君と何かありましたか?」
中学三年生夏。7月半ば、もうすぐ夏休みが始まる今日この頃。私は幼馴染である向日岳人に捕まっていた。ミンミンゼミの様に同じ言葉を繰り返す横のコイツは受験生だとは思えないおバカっぷりだ。夏の暑さは跡部君の環境に対する配慮が足りない所為だと思っていたけど、これは案外向日君の騒音の所為かもしれない。私は涼しげに本を読みながら頭の片隅で考えた。
「夏祭りーいーかーねー?」
「は?いきなり何ですか向日君。とりあえずその本を返却願います」
隣にいたと思った赤は、いつの間にか目の前に移動し、私の視界を埋めていた。因みに本まで没収されてしまい私の目はドングリの様だろうに……と、軽く発言を無視してはいるがちゃんと内容は把握している。人聞きの悪いことを言われては困るので私はそこら辺で来た人間なのです。
「だーかーらー」
「嫌ですよ。理由不足です」
そうバッサリと切れば目の前の彼は頬にこれでもか、っていうぐらいに空気を溜めてむくれた。自分の可愛さを理解した確信犯ですか、そうですか。やってられないとばかりに私は首を左右に振った。
ここで軽く昔の話をすると、私が彼と初めて口をきいたのは中学二年生になってからだ。家が近所で一緒に育ってきたくせに、一言も会話をしたことがなかった。と、いうのも私があからさまに彼との関わりを拒んだのもある。
彼は所謂人気ものと呼ばれる部類の人間で、小学校の時からキラキラ眩しい奴だった。いや、煩い奴だった。それに比べて私はいたって普通の人間で、秀でたことなんて多分本心を隠すことぐらいだろうと、それぐらいしか見つからない自分がとことん悲しい人間だと理解した。
私がそんな過去を振り返っているうちに、向日君は芥川君が好きな丸井君とやらの首の痣がどうだとか意味の分からないことを話していたらしい。まぁ、どうでもいいけど。スタスタと歩いてく私の背中に、高めの声が投げかけられる。
「五時集合だから!俺待ってるからな!!あ、浴衣希望で!!!」
後ろを少し振り向けば二カッと眩しい笑顔をこちら側に向けて手をぶんぶんと振る向日君。その笑顔が、私はそんなに好きではない、こっちの気持ちを理解しようともしない屈託のないその無垢な笑顔を私はたまにズタズタにしたくなる時がある。そんな自分の気持ちにも蓋をして、ズンズンとろうかを進む。意識はそっちに行っていたから、急に腕を掴まれてハッとした。誰かと思ったら忍足君ではないか、髪の毛くくってくれ、暑苦しい。とは口が裂けても言えそうにない。
「あんまいじめたらんといてな、アイツいい奴やし」
「……知ってますけどね、そんくらい前から」
腕をパッと離した忍足君は優しい笑顔をしていた。あぁ、ほんと人気者は違うね、心の広さも桁違いじゃないか……あぁもう、イライラさせないでほしい。夏も向日君も、忍足君も。じゃあ、と軽いお辞儀だけして、私はその場を後にした。
――――……
祭り当日。その場所に向日君は居た。良い笑顔を携えて。バカみたいな赤い髪が少し赤い空によく似合う。そんな私を見つけた彼は子犬みたいに目をキラキラさせて手を大きくぶんぶんと振って来た。行動パターンが読みやすいことで、私は軽いため息を吐いた。何でこいつが幼馴染なんだろうか。
「やっぱり来てくれ「今日遊べない」へ……」
目を真ん丸にして呆ける彼のおでこにでこピンしてやった。あぁ、面白い反応だこと。ホント……嫌いだ。君も、私も、こんな気持ちも……あぁ、消えちゃえばいいのに。
「今日引っ越すの、夜出るの、遊べないの、分かった?」
「お、おう……じゃなくって!!なんで」
何でって……言ったじゃないか、十分じゃないか。理由になったでしょ? 止めてよそういう顔。やっと君から解放されると思ったのに、もう、ホントに嫌い。君のそういう所がずっと大っ嫌いだった。
「嫌い、向日君のそういうとこ大っ嫌い」
「おい、名字」
ねぇ、知ってる? 私が君に抱いてた感情。分からなかったでしょ? だって私の一つの特技だもの、そんな簡単にばれるわけには行けないじゃないか。向日君の顔は困惑の色を極めている。そう、そういう所も大っ嫌いだ。ずっと、そう思ってきた幼稚舎の頃から、馬鹿正直で、いい奴で、周りと馴染めない糞餓鬼な私にも話しかけてくれたところとかずっと嫌いだった。
「向日君の顔も、声も、性格も、運動神経いい所も、馬鹿な所も、素直な所も、明るい所も、笑顔も全部嫌いなんだからっ」
「俺はっ、俺はそれでも好きだ!!」
多分私の今の顔は凄く情けないだろう。ハトが豆鉄砲くらったような、例えるならそんな感じ。あぁ、ダメだ一気に毒気抜かれた。何それ馬鹿みたい。
「何で今告白なの!? 救いようのない馬鹿だねっ」
「ヒデェ言いようだなおい……だって、泣きながら嫌いって言われてもさ…」
初めて知った。もっと早くに言ってくれたまえ向日君。頬を伝うどころか、ボロボロ落ちるそれを私は乱暴に拭いきった。そっから向日君の瞳を見ると綺麗な色してて吸い込まれそうだったから目を逸らした。遠くで花火の音が鳴る。祭りはいつの間にか終盤に向かって一直線だ。それなら使わせてもらおうかせっかくだもの、資源は有効に活用すべきですものね。
「―――らっ」
「何て、花火がうっさくて聞こえないっ!あ、おい!?」
私は向日君の声も無視して走った。息が上がる、鼓動が加速する。運動不足の所為だけじゃない。顔から火が出そうだ。家に着けば母親に心配された。が、本当に問題はないんだ。家の車に乗りながら、私は今までを思い返した。
――――
あの日の公園で、空を見上げて立っていた。空には星がたくさん瞬いている。今日は何とか流星群が降る日らしい。まぁ、知ってましたけど。息を吸い込んで大きく吐いて私は目を閉じてから開いた。
「やっぱり来た」
「名字」
「っ…」
あの日と変わらない赤い髪で、私よりずいぶん高くなった背で彼は私の全く知らない懐かしい姿で私の名前を呼んで微笑んでそこに立っていた。あぁ、やっぱり気に入らないな、君のそういういい人な所……
「星の降る夜で待ってるからっ」 それじゃあ、息を吸い込んで、今度はちゃんと聞こえる様に伝えようかな。今度も聞き逃さないでよね? 一世一代の私の大告白。
執筆者:ヨコシマヤ