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心の雲

……あぁもう、嫌になるなぁ。
この間まで一発屋のギャグが流行ってたかと思ったら急に収まって、そしたら次は2年後に流星群が流れるなんていう下らないニュース。
やっと落ち着きかけたクラスがまた騒がしさをぶり返した。
ちょっとは静かにするってことを覚えれば良いのに。だいたい、ちょっと売れてるタレントが話題に出したくらいで食いつきすぎ。
みんな単純だなぁ、タレントにあやかってるだけで星になんか興味ないくせに。

「……はぁ」

今朝から何回ついたかわからないけど、俺はまたため息をつく。
こういう周りの迷惑省みない奴らは嫌いだ。必要以上にはしゃいでうるさい。
ただでさえ今日は曇天で気分が乗らないのに余計にイライラする。

「あははっ、うっそだぁ!」
「いやいやマジだって!それにさぁ…」

ザワつく雑音の中に女子特有のつんざくような甲高い声が加わる。
俺の席は後ろの扉のすぐ近く。その扉が開き、4〜5人の女子が入ってきた。
幸い、話題はうんざりするほど聞かされた流星群じゃなかったけど、それにしたってうるさい。
さっさとどこか行けば良いのに俺の席の後ろで談笑を続けてる。こういう時ってこの席だと不便。
無言の圧力ってやつが効くかと思って後ろを向いたら、その中から一人だけ抜けて席に戻った。
あいにく他の奴らには効かなかったみたいだけど移動はした。できればボリュームも抑えてほしいけど。
今日も今日とて、うるさいなぁ。

「……はぁ」

そのため息は俺じゃなかった。
前からかすかに聞こえたそれは、苛立ちというより疲労感を漂わせてる。
そこに座るのは俺に睨まれて席についたばかりの名字だった。

「……また疲れてんだね」
「えっ……」

ふと口を突いて出た言葉に、頬杖をついていた名字が振り向いた。
一瞬驚いたような表情が新鮮だったけど、それもすぐに見慣れた人の良さそうな笑みに変わる。

「……なに?伊武くん」
「今日も疲れてんだねって言ったんだけど……」
「別に疲れてないよ?あ、でもちょっと寝不足かな」

そういうこと言ったんじゃないんだけど。いや、わかってる上でごまかしてるのかな。
だけど名字が疲れてるのは目に見えてた。
何の疲れって、そりゃあ気疲れだろう。あんな頭悪そうな集団に付き合わされて疲れない訳がない。
あいつらと居るときは同じテンションを演じてるみたいだけど、そこから外れれば即ため息。
俺はこの子のそういう所が嫌いだった。

「……そういうのさ、うざい」
「え……私、何か気に障ることしたかな」

ほら、またそうやって笑って。

「本当はわかってるくせに聞き返すとか…案外性格悪いんだね」
「質問の答えになってないよ」
「先に質問したの俺だし……あーあ、やだなぁ、良い子ちゃんぶって…」
「……ねぇ、ちょっと」
「君のそういうとこ、ホント嫌い……」
「ちょっとっ」

さすがにカチンと来たのか、名字が少しばかり声を張った。
クラスの騒音に掻き消されて目立ちはしなかったけど俺は少しだけ驚いた。だってこの子、基本的に声小さいし。
張り付けたような薄気味悪い作り笑いも消えて、不機嫌さが滲み出てる。

「……私さ、伊武くんに何かしたかな。したなら謝るけど、わからないんじゃ謝りようがないじゃん」

だから、教えてよ。その声はいつも通り小さくて。
あーあ、何だよ。何その顔。怒ってるはずなのに、泣き出しそうな顔しちゃって。
そういう所も引っくるめて、やっぱり……

「……嫌い。君の周りに合わせすぎる所」

素直にそう言ったら、悲しむっていうより驚いてた。
わかってないなんてことは無いだろうけど逆にそこが気に入らない。
俺はため息をついてぼやいた。

「付き合いたくもない連中とつるんで、気持ち悪い笑顔張り付けて。空気読みすぎて身動きとれてないし」

だって君は、いつもそうだから。
他に仲良い子だっているのに、あいつらに気に入られたばっかりにしぶしぶ付き合って。
苦手なのに明るく振る舞って、あたかも自分が喜んでるように演じて、でも本当は全然身動きとれてなくて。
解放されれば毎回ため息。疲れてる、なんて後ろから見ててもわかる。
聞くたびに、そのため息が深くなっていくのを。
見るたびに、その背が小さくなっていくのを。
会うたびに、その表情が曇っていくのを。
俺はこの席から毎日感じてきたつもりだから。

「……あいつらを傷つけたくないなんて、なんでそんなことが言えるの」
「……」
「俺にはわからない」

頬杖をついて目をそらす。ぼやけばぼやくほどイライラしてきた。
自分に害しかなさない連中に、何で愛想振りまいて笑えるの。
結局は自分で自分の首を絞めてるだけじゃん、君はさ。

「……少しくらい、自分も大事にすれば」

まぁ、それが出来ないから嫌いなんだけどね。
器用なくせに実は不器用でその上鈍くて。ホント気に入らない。
その時、この不穏な間を遮るようにチャイムが鳴った。
生徒の話し声は少し収まって、それぞれの席についていく。俺は視線と頭の片隅でぼんやりとそんなことを考えていた。
名字はしばらく石みたいに固まってたけど、不意にそれが笑顔に変わった。
あの張り付けた笑顔じゃなくて、ふわっとした柔らかい表情。

「……うん、ありがとう」
「嫌いって言ってるのにお礼言うんだ……ふーん、変わり者だね」

一度は戻した視線をまたそらす。よくわからないけど、なんか見たくなくなった。
そんな風に笑えるなら始めからそうすれば良いのに、本当に変な子。

「伊武くん、私のこと嫌い?」
「嫌いだって言ってんじゃん……君なんて嫌い。大っ嫌い。」
「うん。じゃあ、伊武くんに嫌われないように頑張る」
「……ふーん」

名字はまた視界の端で微笑んで、俺に背を向けた。
窓の外に見える空は相変わらず曇天で、やっぱり気に入らない。晴れるか降るかハッキリすれば良いのに。
この雲を晴らすまで、君はどれくらいかかるかな。
いつもの背中を横目に何故か暖かい感覚を覚えた。


執筆者:巡歌

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