リレー小説 | ナノ
心の浦

俺の幼馴染の名前は星が大好きだ。

昔から望遠鏡を片手に、星を見るために何度も夜更かしをしていたのを覚えてる。何故か俺も毎回付き合わされて、途中で寝かけたのを引っ叩かれた痛い思い出があった。
けど、流星群が見れたとか、新しい望遠鏡を買ってもらっただとか、そう言う時の名前はきらきら輝いていて、夜空の星に負けないくらい嬉しそうに笑った。星に興味がない俺だけど、その顔が見たかったから、断ることなんてせずにいつまでも付き合ってた。そう、今だってそれは変わらない。自分で思うくらい、俺は名前には甘かった。

ある年の名前の誕生日には、なけなしの小遣いで買った星のストラップをあげた。その時の名前の喜んだ顔は目の奥に焼き付いて、いつだって鮮明に思い出せる。「ありがとう赤也、大好き!」って、名前と俺が一緒に笑いあったのは昔の話で。


三年生に上がってから、名前は笑顔を見せなくなった。
星は変わらず観察してるみたいだけど、それも以前に比べたら格段に減っていた。会うことだって全然なくなったし、あいつは学校以外で外に出ることもなくなった。
別々の中学に通い始めたけど、その時はまだ何にも異変なんてなくて、いつもの名前だった。部活で忙しかったりして、お互い顔を合わせることも減ったし、俺に負担をかけさせまいと名前は一人で星の観察をすることが多くなったけど。


変わったのは中3になってからだ。新しいクラスに馴染めないのか、それとも何かあったのか。訊いても名前は答えてくれないし、俺と会おうともしなかった。


でも初夏のある日、俺の携帯に一通のメールが届いた。差し出し人は名前で、
『明後日、ペルセウス座流星群が来る』
たったそれだけの、短い一文だった。あいつはどうしたいのか、俺にどうしてほしいのか、そんなものは一切書いちゃいない。けど俺は『分かった』とメールを返した。
三年生最後の大切な試合が間近に迫っている。でもこっちだって大切だ。何より大事な、たった一人の幼馴染のためだから。



次の日、俺は高等部のテニスコートまで走った。目標は柳先輩。流星群のことを教えてもらおうと、先輩を探した。歩く辞書みたいな柳先輩だから、きっと知っている筈。
隅の方に陸上部の女の先輩と談笑している柳先輩を見つけた。

「柳先輩!」

と声を掛ければ、柳先輩は驚いた顔をして、陸上部の先輩との話を切り上げて俺の方に走って来てくれた。

「どうしたんだ赤也、此処に来るなんて珍しいな」
「教えて欲しいことがあるんスよ!」

流星群とは何たるものか、ペルセウス座がどういったものかみっちり教えてもらった。最後に、どんな風の吹きまわしだと柳先輩に心配された。そりゃあ俺が自分で星のことなんか学ぶ訳ないスもんね……。
簡潔に成り行きを説明すると、柳先輩は酷く優しい顔をして「頑張れ」という声と共に俺の頭を軽く叩いた。

「……はいっス」


負けねぇし、俺。



久しぶりに会った名前は、一言で言えばボロボロだった。比喩的な表現だけど、数ヶ月前より大分元気がなくなったように見える。
お菓子やら何やら暇つぶしを持ってって、名前の部屋に上がる。深夜に女子の部屋に入るなんて、幼馴染で信頼関係がないと普通無理だ。勿論俺は何にもしないし、お互いの両親もそれを分かってるから何も言わない。寧ろ歓迎されているようにも思う。ーー名前を助けて、と。

「こうやって赤也と天体観測するの、久しぶりだね」

そう名前は笑う。本人は笑ったつもりだろうけど、それはどこか苦しそうな笑みで。
全然笑えてねぇよ、お前。

二人して毛布に包まりながら、ベランダから夜空を見上げる。夏といっても夜は肌寒い。暫く沈黙が流れた後、名前は飲み物を持ってくると言って部屋を出て行った。
手持ち無沙汰になった俺は、溜息を吐いてなんとなく視線を動かす。と、指先に硬いものが触れた。手元を見てみると、星のストラップのついた、小さな望遠鏡が転がっていた。このストラップは俺が小さい頃名前にあげたやつだ。

「……まだこれ着けてたのか」

望遠鏡を手に取り、ストラップを眺める。ビーズが欠けていたり、傷がついていたり、糸が所々ほつれていた。単に着けっぱなしなだけかもしれないが、純粋に嬉しかった。


望遠鏡のレンズ越しに夜空の星を見つめる。快晴だったから雲一つない澄んだ夜空だ。くっきりと幾万もの星が目に光を届ける。裸眼ではぼんやりとした輝きでも、望遠鏡を覗けば光を放つ星が鮮明に見える。

名前の心の中も、こうやって望遠鏡で覗けたらなって思った。あいつは絶対何も言ってくれない。我慢して、我慢して、それで最後は潰れちまう。幼馴染だから分かる、名前のこと。
もっと俺を頼ってくれてもいいのにって、頼ってくれよって言いたかった。俺が守ってやるから、だから、一人で抱え込むなよって言いたかった。
でも口にしたらきっと名前は泣いてしまうから、言わない。


「相変わらず綺麗だね、お星様」

月と星の明かりに照らされながら、そう微笑んだ名前。その笑顔だけは、昔から変わらないものだった。

なぁ名前、お前が言ってくれるまで俺はいつまでも待つし、待ってる。全部俺が受け止めるから、だから、傍に居させてくれよな。

「そうだな、綺麗だよなぁ……」

昔も今も、俺は変わらずに名前の隣で星を見てる。

そしてこれからも多分、ずっと。


執筆者:茄子川弥生

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