リレー小説 | ナノ
心の雨

鬱陶しささえもおぼえる快晴の日。雨に降られるよりは運動するのに適した天気だとは思うが、多少雲がかかって日差しが弱いほうが、尚良いと思う。こんなに日が照っていては、選手に関わらず観客も熱射病にかかりかねない。
因みに、今はテニス部のIH決勝戦に来ている。立海は部活にとても力を注いでおり、多くの部がIHに出場している。その中でも際立って輝かしい功績を残しているのが男子テニス部。中学の頃は惜しくも全国三連覇はできなかったが、成し遂げられなかった代の部員たちが高校こそはと精を出している。
そんな全国三連覇への第一歩ともいえる、彼らにとって高校生活初めの試合は順調であった。
辛子色のジャージに身を包み、コートに荘厳と立つ男を私はじっと見つめた。

「幸村…」

小さく呟く。きっと周りには聞こえていないだろう。私はぎゅっと拳を握り込んだ。
──幸村なら大丈夫だろうけど、頑張って。中学の頃から、伊達に幸村の背中を見続けていないから、辛かったこと、嬉しかったこと、悔しかったことは知っているよ。
応援の言葉を試合の前にかけかったが、私自身、試合直前に話しかけられるのはあまり好かないので止めた。良いぐらいの緊張感が崩される気がするのだ。

それから、幸村はコートに入って試合をするのかと思えば、ある女の子の肩にジャージをかけて、一言。

“見ていてよ、──。絶対俺が勝つから”

呼ばれた名の部分ははっきりと聞き取れなかったが、おそらく名字ではない。お互い、名前で呼び合っているのだろうと推測できるくらいには二人の雰囲気は良いものだったから。
…ああ。幸村とあの子の目、あれは私がよく知っている感情が映し出されている。私が中学の頃から幸村に抱き続けた想い。一つ違うことは、それが一方的なものではなく、あの二人は相互関係だろうということ。

「……っ…」

私は咄嗟に目頭を押さえた。こんなところで泣くなんて駄目。耐えなきゃ。
しかし、そんなことができるはずもなく、幸村のジャージを肩に掛ける少女と、テニスラケットを力強く握り、相手選手と握手を交わす幸村を背に、私はその場を去った。
幸村の試合はとても好きだし、見たい。それでも、今は見られないな…ごめん、なんておかしいけど、ごめんなさい。

*****


幸村たちが優勝したということは、翌日の部活(因みに陸上部)に行ったときに友達から聞いた。自分が勝ったわけじゃないのにとても嬉しかった。今までも幸村が勝ったと聞いたら自分のことのように喜んで、お祝いの言葉をかけた。今回もお祝いしたいと思ったのに、心のどこか奥底にもやもやとわだかまりがあって、複雑な気持ちだった。
どうして?などと口にするのは、昨日見たことを信じたくないから。幸村とは比較的よく話すほうで、別々の部活といえど、部に関する話もよくしていたために周りの子より仲良いかな、なんて思っていたのだ。

「……はぁ…」

ため息をついて、きゅっと目を瞑れば、友達はどうしたの?と聞いてきた。

「何でもないよ」

口の端を少し上げただけのひきつった笑みを浮かべる。無理して笑顔を作っていることぐらい気付いていただろうが、問いただされることが好きじゃない私のことを思って、友達は詳しく聞かなかった。


その日の部活はいつもより早めに切り上げた。今にも雨をこぼしそうな空を見て、顧問の先生が「今日はここまでにしよう」と言ったのだ。私たちはてきぱきと片付けをして、終わりの挨拶をした。各々が着替えを済ませて自分の荷物を持ち、グラウンドを去っていく中、私は一人佇む。他の部活は今日は行っていなかったので、陸上部のメンバーがいなくなった今、グラウンドにいるのは私だけとなった。
早く帰らなければ、雨が降ってきてしまうというのに、無性に走りたくなった私は制服にも関わらず走り出した。
思いをすべて振り切るように、風を切る。幸村が本当にあの子を好きであるかなんて分からない。でも、あの子の名前を呼ぶ声。あの子に向けた目。それを聞いたとき、見たとき、私は“あれは恋なんだ”と確信めいた思いを抱いた。きっと幸村はあの子が好きで、彼女も幸村が好き。なんてお似合いなんだろう。部活で足も腕も顔も真っ黒に焼け、女にはそぐわない筋肉がつき、走るときに邪魔にならないようにと短くした髪の私に比べ、あの子は色白で、私なんかよりずっと華奢で、女の子としての可愛らしさがある。幸村の横に並ぶ女の子は、やっぱりああいう子じゃないと。私じゃ、不釣り合いだもの。
と、そんなことを考えるほどに、走るスピードは上がっていく。そして、その度に顔に流れるものが、汗か涙なのか今の私には分からなかった。だが、ポタポタと降ってくる雫が雨だと言うことは理解できた。地面を濡らし、土の色を濃くするそれは冷たい。火照った頬を冷やすには丁度良かった。
それから、雨が強さを増そうと構わず走っていると、名前を呼ばれた。まだ誰かいたのかと思いながらそちらを見る。

「風邪をひくぞ」

和傘をさしながらこちらへ歩いてきたのは、柳蓮二。

「部活、今日なかったんじゃないの?」
「生徒会の用があってな」
「そう…」

顔を見られたくないから俯いたまま返事をすれば、私のところだけ雨が止んだ。柳が傘の下に入れてくれたらしい。

「別にいいよ。どうせ、もうびしょびしょだもん」

濡れた手で傘を持つ柳の手を押そうとすると、ぎゅっと握られた。その温かさに、自分の手が大分冷えていたことに気づかされた。

「名字…大丈夫か?」
「な、何が…」
「精市のことが好きなのだろう?」
「……っつ」

唇を噛み締める。そうだよ。私は中学の頃からずっと好きだったんだよ。でも、想いを伝える勇気なんて私にはないから。

「…つらかった…苦しかった……」

絞り出すようにそう言うと、ああ、と柳は全てを知っているように頷いた。そして、優しく肩をぽんぽんと叩いた。

「…や…なぎ…っ」

溢れ出る涙を手の甲で拭う。あの二人のやりとりを見たとき、私の胸はぎゅっと締め付けられた。まるで、丸井くんの首のような痣が心についたように感じた。
というのは、丸井くんの首に何故かは知らないが絞められたような痣があるから。見る度にどうしたのだろうと思うが、聞けるほど仲は良くないため理由は聞いたことがない。
何があったのかはどうであれ、絞められたとき、苦しかったはず。心ですらこんなにも息が苦しいのだから。

「はあ、もう…やだよ…」

幸村を好きでいることが。しかも、諦められそうにないから、余計に。
すると、急に柳が私だけを傘に入れた。彼の綺麗な髪に雨が滴り、制服を濡らす。首を傾げれば、柳は口を開いた。

「俺は、名字の心に傘をさすことはできないのだろうか?」

柳の瞳が私をしっかりと見据える。私は、柳の手を握って、二人ともが傘に入るようにした。

「ごめんね…」

柳の気持ちは嬉しいけれど、きっと自分でしか傘をさすことはできないから。それに、人に頼るのはあまり好きじゃない。私は自分でこの気持ちにキリをつけて、進まなければならないんだ。でも、折角だから少し手助けをしてほしい。

「一つお願いがあるんだけど…」
「なんだ?」
「幸村が、あの女の子を好きな確率を教えてほしいの」

私の予想だけではなく柳の確率も聞いた方が、諦めが早くつくと思うのだ。
柳は、気は進まないようだが教えてくれた。思いのほか高い数値にまた涙が出そうになったが、自分の気持ちに終止符を打つには十分だった。

「ありがとう、柳。行ってくるね」
「ああ、行ってらっしゃい」

何でもお見通しの彼は、これから私がどこに向かって何をするのかも分かっているようだ。傘は必要かと問われたが、いらないと答えた。
だって、いつか止むから。


私は雨の中、全速力で走り出した。肌に張り付くシャツも、べたつく髪や体も不快だったが、駆け抜けると同時に切る風が心のわだかまりも全てさらっていってくれるようだった。

あなたに一言伝えるために、今、私は走る。

──優勝、おめでとう。


執筆者:風華
小学校から予測するに幸村は立海から近いと思うので、おそらく走っていける距離のはず。
それよりも、これ、お相手は柳さんと表記してよかったのだろうか…。


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