リレー小説 | ナノ
心の丈

ありがとう
なんでかな 僕にその声は

聞こえないけれど

Thank you, my…

ここから先の歌詞はない。この歌に続きがないのは2年も前から決まっていた。完成させようと思ったことはあった。2年前に、だけれど。どうしてもいい歌詞が思い浮かばなかったのだ。当時の自分はあぁ、スランプかなとあっさり事を片付けた。それからこの続きのない歌は机の奥底へと沈められたのだった。

懐かしい我が家、懐かしい自分の部屋。高校3年まで暮らしたこの部屋は、大学生になり東京の学校に出て2年も帰って来なかった薄情な主人をあっさりと受け入れた。埃を被ってないところをみると母が時折掃除をしてくれていたようだ。まったく、何時まで経ってもあの母には頭が上がらない。
半ば反対を押し切って東京に行ったものだから怒っているかと思いきや、帰ってくるなり母は泣き崩れた。その時になって後悔や罪悪感が出てきて年甲斐もなく涙を流した。

「ただいま」

小さく呟いてみる。
この部屋で返事が帰ってくることはない。誰にも聞こえない。ただいま。もう一度、呟いた。
使い古された机の上には卒業の時、部員で撮った写真。この時は部員では無いというのに騒がしい先輩達がやって来てあたかもずっといたかのような顔でセンターを占領したのだった。無機質なフレームで飾られた写真の中の自分は今と違い少し嬉しそうにはにかんでいる。表に出さないものの先輩と後輩に囲まれて部活をしたあの時が好きだった。
クローゼットを開ければ、制服や懐かしい服が丁寧に畳まれていた。こんなところまで掃除していたとは、はたして母はこんなに几帳面な人だっただろうか。

家を出て少し歩いてみる。通い慣れた道だったのに時間が経つとこうも違うように見えるらしい。
高校も中学と同じく相も変わらずふざけた所に建っていて、中も当時と全然変わらなかった。どうせなら後輩に顔でも出しておこう、と部室に向かう。小汚ない古びた部室さえも懐かしい。じっと部室の前に立ち尽くしていたら、後ろから声をかけられた。短髪でつり目のこの人物を自分は知っている。確か、自分が3年の時の1年で結構上手かったと思う。名前は忘れた。

「久しぶり」

そう言えば感極まってか、名前の思い出せない後輩は泣いてしまった。自分がここにいることがそんなに珍しいかと聞けば、当たり前やないですか!と涙声で叫ばれた。後輩に興味はなく、部長だからと義務のような形でしか関わってこなかったからてっきり後輩には嫌われているものだと思っていた。けれど、現実は違ったようだ。あの時はわからなかったものの後輩とは、本当に良いものだ。めんどくさがって後輩の面倒を見なかったあの頃の自分に説教をしたい。

後輩が大いに騒ぐものだから顧問に見つかって、他の部員にも見つかり、偶然か、はたまた必然か、騒がしい先輩達までも来ていた。一同に自分を見ると涙ぐんだ。若干名大泣きしている者もいるが。
まったくいつまでも騒がしい人達だ。
こういうのを感動の再会というのではないのだろうか。雰囲気とか気にしないあたりこの人達らしいんだろう。そんな馬鹿みたいなことまで考える自分が酷く懐かしかった。古い記憶の中にある暖かくて、楽しい思い出。断片的にしか思い出せないが、今の自分があるのはあの日々のお加減なんだ。

なんだか今日はらしくもないことを考えることが多い。

それからいつもの流れでテニスをすることになった。今もなおテニスを続けているのは赤いゴンダクレだけで、他のメンバーは趣味程度にやっているだけ。学生時代、手のつけられなかったゴンダクレは自制心というものを覚えたようで、無茶苦茶な試合になることはないと、思う。

「お前もやるやろ?」
「いや、乗り気やないんで遠慮しときますわ」
「なんや、気分屋なんは変わっとらんのか」

そう笑って、先輩は皆の待つテニスコートへと走っていった。あの人の過去の言葉を試合中に言えば負けるだろう。あの人は羞恥心に勝てず、気をとられてきっとポイントをとられる。それは相手も同じことだろう。精神がいくら大人びいているとはいえ、黒歴史の羞恥心には堪えられない。内心ほくそ笑みながら試合展開を勝手に広げる。

青い空、照りつける太陽、緑のコートに白いライン。その全てが自分をあの思い出に引きずり込む気がした。一番楽しかった中2の準決勝。鮮やかなジャージを着た相手と対峙した時のことは今でも良く覚えている。必死に戦って、自分の無力を痛感した日。このままではダメなんだと自分を叱咤した日。

懐かし場所にいるからか、懐かし人達に会ったからか、今日は本当によく昔のことを思い出す。

年やろか…なんて思ってもみるが自分は20歳を過ぎたばかりだ。懐かしい最後の思い出もたった2年前の話なのだ。
自分はたった2年で随分変わってしまったように思う。昔はこんなに感傷に浸ることなく、ただただ何となくで日々を過ごし上手くやっていた。部活だってあのゴンダクレや、部長のよう、とはいかずとも自分なりに必死だったし、楽しいと思えていた。

「あー!今のアウトやろ!アウト!」
「んなことあらへん!なぁ?入っとったやろ?」
「え?…あ、あぁ。見とりませんでした」

ぼーっとしていたら突然金髪の先輩と赤髪の後輩に話を振られた。ちゃんと見とけー!なんて文句を言われたが自分は審判ではないのだから困る。というか寧ろ疑問だ。文句なら審判に…ってあぁ、言えないな。あの先輩にだけは文句は言えない。言えば、バチが当たりそうな気がする。

「変わっとらんな」
「は?」
「………変わったか?」
「いや、知りませんよ。聞かんでください」

よいしょとわざわざ口に出しながら隣に平気で座る元部長。包帯してへんのですか、と聞けば必要ないやろって少し寂しそうに笑った。毒手でしたっけ。…人の恥掘り返して楽しいか?…それなりに。軽口を叩きあう口は止まらない。向こうに出てからはそういう事を言うまでになる人は、同郷のやつ一人だけだった。寂しくはなかったが今思えば圧し殺していただけだったようだ。
元部長だったこの人は変わってない。みんな変わったと言うが、自分からすれば何一つ変わってない。世話焼きなところも、何かと溜め込む性格も。彼女がいたら変わるんやけどなぁと金髪のスピードだけが取り柄の先輩は言うが、果たして本当だろうか。みれない未来に少し期待をしておく。

「そういうとこ相変わらず……やな」
「…そう、ですか?」
「せや、せや」

優しげにけれどどこか悲しそうなこの横顔を見るのは初めてではない。つい最近、一ヶ月ほど前に自分は見た。あの顔が嫌いだったが、止めてください。とは言えなかった。 言いたかったけれど、自分には言えなかったのだ。

「あほみたいや、って思ってます?」
「さぁ。せやけど、一途なんはわかる」

一途、その言葉を聞いて思い浮かべるのは大学で唯一仲良くしていた同郷のやつ。よく笑っているあいつ。喜怒哀楽の起伏の多いやつで、淡白な自分とは合わない。なんて始めの頃は言われたが、一緒にいるとそうでもなく、案外楽しかったのを覚えている。少なくとも、8年間一緒にいれる程には気に入っていた。

あいつ、名前と会ったのは中1の時で、名目上のマネージャーとして入部してきた。文化部の方に力を入れたかった名前は、おちゃらけた顧問の紹介で、どうしても忙しい時だけ手伝う臨時マネージャーになった。最初はどうでもよくて、適当にするくらいならいない方がいいとか、どうせ部長やそこらイケメン目当てだろうとか思っていたこともあり、普段の学校生活でも気にかけたりはしなかった。
するとどうだ。文化部に力を入れると言っておきながら練習に毎回顔を出すのかと思いきや、一番最初に部に顔を見せたのは全国大会準決勝の日だった。たまたま文化部の方の大会が神奈川であり、どうせなら見に行こうと友達に誘われたかららしい。マネージャーならもっとはよこいや。などと思っていたこととは真逆もいいところな発言をすると、名前は豆鉄砲を食らったように目を丸めていた。嫌われてると思ったからあえて皆の前に顔出さなかったんだけど…。遠慮がちに言われた言葉に今度はこっちが驚かされた。能天気でそういうことに鈍感そう見えたのに、そこまで馬鹿ではなかったようだ。

それから何があったかは詳しく思い出せないが、とりあえずそれがきっかけだったのは間違いない。

「…いない人を想ってるんがええことなんか、最近わからんのです」
「ええか、悪いかは知らんけどな。俺はええと思うで」
「今頃、迷惑とか思っとるんかなぁとかよく考えます」
「あいつならまぁ、考えられんこともないけど、まずないやろうな」

あいつも案外一途なんやで。と知った口振りをする元部長を殴りたくなる。否定はしないが。するとその言葉を聞いたあいつは涙を流した。うわ、泣かせんでくださいよ。なんて言葉も届きはしない。

「あの時、本当に後悔しとるんですっ…なんで、なんであいつやったんや!って…自分ならって…思うんです」

あぁ、そうだ。自分はあの時、死んだのだ。一ヶ月ほど前にあったバスの交通事故で。犠牲者は一人だけ。

次の日ニュースに載った名前は『財前光』だけだった。


執筆者:蒼依

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