リレー小説 | ナノ
心の松

「今日もいるねあの子」

そう呟いた俺の言葉に、隣を歩いていた室町君が俺の目線を辿って公園の中を覗いた。ぐにゃり、そんな効果音が付きそうな感じに彼の口元が歪んだ。残念ながら目元は彼のアイデンティティのサングラスで分からない。
いつも通りのことだからとさほど気にせず公園の中に目を向けた。傘で顔はあんまり見えないけど、いつもの彼女だ。いつもの彼女とは俺が中3の冬に事故に遭って退院してからの毎日この公園で見かける少女だ。多分同い年ぐらい。世界中の女の子を一度に愛せると自負している俺だがいまだに声をかけたことはない。残念ながら。

「雪降るのに寒そうだよね」
「そうですね……」

息を吐き出すと白くなって消えた。マフラーに顔を埋めてもう一度だけ彼女の方を見た。あー寒そう。特に脚とか、タイツでも寒そう。そんなことを思いながら足は前に進みだしていた。室町君に「声かけないんですか?」とか聞かれたけど曖昧な返事をして笑っておいた。だってさ、なんか雰囲気的にそうじゃない気がするからと誰にでもなく言い訳がましいことを考えて息を吐いた。やっぱり息は白くなって消えてしまった。


*****

それが2日前の話で、今日は雪が積もっている日曜日。久々のオフの日に家でダラダラは少しだけ味気ない。と、いうことで街中をブラブラしていた中で例の公園で例の彼女を見かけた。日曜日も居るんだと少しの関心と呆れで目を見開いた。赤い傘がよく公園の雪景色に似合ってる。息をふっと吐き出した瞬間、白い息と赤い傘と白い雪と小さな背中に何かがダブって見えた。不思議な感覚に襲われる。見たこともない記憶の断片、例えるならそんなところ。自然と足が中へ向かう。しゃくしゃくと小気味いい音を立てながら、気づいた時にはその小さな背中に声を投げかけていた。振り向いた顔に息が止まる。

「……ど、うかしましたか?」
「え、いや……えっと、いつもこの公園に可愛い子がいるなって思ってさ」

我ながら機転の利いた受け答えである。ぱちくりと瞬きを繰り返してから少女は鈴のような音を鳴らして笑った。寂しそうにも見えたのは冬が見せた幻想だろう。目の前の少女は確かに笑っていた。

「ふふ、ありがとうございます」
「事実だからね。それはそーと誰か待ってるの?」

彼女はしっかり俺の方を向き直ると傘を少し上げて上目使い気味に俺を見て言葉を紡いだ。彼女が話すたびに漏れる白い息にクラクラと目眩がした。

「大切な人、待ってるんです」
「へぇー、彼氏とか?」

そう言えば彼女は左右に小さく首を振った。そして寂しそうに顔を上げると「多分そうじゃないです」と否定の言葉を口にした。そんな表情をさせたくなくて伸ばした俺の腕は続いて紡がれた少女の言葉に宙を彷徨った。
「大切な話があったらしいんですけどね、2年も音沙汰なしで……」
「君……」

「ずっと縋ってるのも馬鹿みたいですよね。すいません、初対面の女にこんなこと言われても困りますよね」
「ううん、大丈夫。それより酷い男だね……彼」

君をこんな顔にさせるなんて、本当に酷い奴だ。そう言ったら彼女は困ったように笑って目を伏せた。あぁ、まつ毛が長いんだなと心の隅で思ったりして。ただ凄く、その光景というか……見覚えがあるような、どこかで……?
「ねぇ、前俺と会ったことない?」
「ナンパですか? それにしては古い口説き文句ですね」

別にそんなつもりじゃなかったけど、そう言われればそうかもしれない。あぁ、言葉選びを間違った。誤魔化すように頭をかきむしって言葉を探す。だけど、短時間でそんな気の利いた言葉が見つかるわけもなく悶々としていると彼女が声を吐き出した。

「その人、凄く優しいんです」
「う、うん」

「それでいて、酷い人なんです」
「うん……」

「煩くて、面倒臭くて、一方的で、自分勝手で、女の子が大好きで」

俺の目を見ているのに、俺の目を見ていない彼女は凄く苦しそうな……2日前の室町君と同じ顔をしていた。その言葉は拒絶にも似ているけど……でもどこか、そうじゃなくて。

「初めて会った時も、今のアナタと同じこと言って、馬鹿みたいで、てか馬鹿で」

どうして、こんなにも声がダブるんだろうかとか、どうしてこの子はこんなに苦しそうなのかとか、全部知ってる気がするのに……思い出せなくて、胸が苦しくなった。

「だけど、テニスに一生懸命で、私を大切にしてくれ、優しくて、暖かくて、オレンジの髪でっ、だけどだけど、2年前に事故に遭って、ずっと来てくれなくてっ」


「千石君、話って……」
「あ、ごめん! 今日の放課後さ公園で待っといてくれない? 部活終わったら話す。大事なことだから」

「うん、わかった。私待ってるね?」
「ありがと、じゃあまた後で――…」


「名前……?」
「っ!?」

気づいた時には目の前の少女を自分の腕の中に閉じ込めていた。あぁ、懐かしい人。彼女が手放した傘が雪の上に落ちて小さな音を立てる。どうして俺は忘れてたんだろうか。2年間もの間。大好きな人のことをどうして忘れてたんだろうか。

「ごめんね、ごめんね」
「千石君? 私のこと、わかるの?」

言葉じゃなくて、一度だけ頷けば、彼女の腕に力がこもった。弱くも強い力でしっかりと俺の腕を握る手は間違えなく彼女だ。あぁ、愛しい人。

「わ、たしねっ待ってたよ。ずっと、ずっと待ってたんだよ」

1日も欠かさなかったんだ。ずっと、この公園に居たんだよ。千石君がいつ帰ってきても良いように。そう言った声は震えていた。暖かい、君は凄く暖かいんだね。それさえも忘れてたなんて……

「ごめん名前、本当にごめんね」
あの日、君に言いたいことがあったんだ。ずっと前から言いたかったこと、あの日急いで君に伝えたかったこと。言えなかったけど、今なら言えるから。2年越しになるけど、ちゃんと聞いてくれるかな?

「あのね名前」
「なぁに千石君……?」


痛いぐらいの抱擁が嬉しくて、寒いのに暖かくて、雪なのに大粒の雨がいっぱい零れて、確かめるように俺の頬をつねる君が愛おしい。笑い声が溢れる口から漏れだす白い息は空気に混ざって空へと。

君に伝えたくて走って車にはねられた日。俺はやっと思い出した。

「待った?」
「うぅん、全然!」

待ちに待ったのは君のその笑顔だった。


執筆者:ヨコシマヤ

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