リレー小説 | ナノ
心の春

「ふんふふ〜ん、ふ〜ん」

 音楽プレーヤーのイヤホンを耳にさし、私は鼻歌交じりに軽くスキップをしながら寮に向かっていた。イヤホンからは、今流行りのJPOPが流れている。リズムに合わせてタンタンタタンと足踏みをしている私は、きっと端から見れば異様に見えているだろう。


「ーー俺だったらーーするよ。ーー全くらしくねーよな、ーーの癖に」

「およ?」

 右側の方から人が話す声が微かに聞こえ、ぴたりと足を止めた。イヤホンを外し、くるりと方向転換して、私はそちらへと足を運ぶ。今の声は多分、同じクラスの不二裕太くんだ。というか曲を聴きながら、よく彼の声に気付けたもんだ、私。
 脇に植わっている草木の向こう側から声が聞こえてくる。誰かと話しているのだろうかと思ったが、何故か裕太くんの声しか聞こえない。

「ま、まさか宇宙人との交信とか……!?」

 なんて大袈裟に、そんな希望を持って向こう側を覗き込んでみた。普段はこんな覗きみたいなことはしないのだが、折角好奇心を抱いたのだ、暇つぶし程度にはなる筈。

「おう、まー頑張ってこいよな」

 覗き込んだ奥には、案の定裕太くんがいた。耳に携帯を当てて誰かと会話し、左手には手のひらサイズの木箱を抱えた裕太くんが。なんだ電話だったのか、と内心がっくりと肩を落とす。宇宙人なんてハナから期待はしていなかったけども。
 それにしても、今の彼の姿は酷くシュールだ。写メって皆に見せてやりたいくらいに。

 ピッという機械音と共に、裕太くんが携帯を下ろした。どうやら電話が終わったらしい。


「裕太くんー」
「わっ!? な、なんだ名字かよ」

 草の茂みから顔を出して裕太くんに話しかければ、彼は大きく仰け反った。額に軽く冷や汗をかいていたので、これは悪いことをしたなと思った。ていうかそこまで驚かれると逆にショックである。

「誰かと電話してたの?」
「んー、ま、まぁ……」

 質問すれば、何故かぎこちない返事が返ってきて首を傾げた。すると、「なぁ」と今度は裕太くんが随分と真面目な顔で話しかけてきた。

「もしもの話だけど、もしお前に好きな人がいるとする。だけどその好きな人にも、自分以外の好きな人がいた。
そんな時、名字はどうする。そいつに告白するか? 告白したとして、成就する可能性なんてほんの少ししかない場合でも」

 いきなり投げかけられた質問に一瞬言葉が詰まる。まさか彼からこんなことを聞かれるなんて思わなかったから、ぐるぐると頭の中が回り始め、色々な思考がごっちゃになって混ざる。裕太くんはというと、先程から変わらず真剣な表情だ。だからこの質問は彼にとって大切なものかもしれない。


「私は告白するよ。フラれたとしても、せっかく募ってきた想いだから、ちゃんと伝えたい。
伝えずに心の奥に閉まっちゃうのはもったいないよ」

 だから、私もきちんと答えた。言い終わった後に、ものすごい羞恥が湧きあがってきたけれど。でも「よかった」と、心なしかほっとした裕太くんが声を漏らしたので、私も少し安心する。と、ここでもう一つ疑問が湧き出てきた。

「……もしかして裕太くん、誰かに告白するの!? それなら私は応援するよーー」
「だあぁ違う俺じゃないから!」

 瞬時に湯で蛸になって反論。

「……兄貴だよ。さっきの質問は兄貴にされてさ。お前と同じように答えたんだけど、間違ったこと言ってねーかなって不安になっちゃって」

 頬を赤らめながらポリポリと頭を掻く裕太くん。女子か。
 「まぁ俺に聞く前から、兄貴も同じ答え出してたからあんまカンケーないけどな」と、彼は笑った。クラスで裕太くんのお兄さんの話が上がる時は、いつも貶してばっかだったような気がする。でも本当はお兄さんのことが大好きなんだなぁと考えたら自然と口元が緩んだ。

「なんだよ」
「別に、ふふふふ……」
「こわっ」


 裕太くんも寮に戻るらしいので、一緒に行くことになった。彼と並んで歩くなんて、そんな機会はあまりなかったから新鮮だ。他愛もない言葉を交わしながら暫く歩き、寮が近づいた頃。裕太くんが思い出したように、持っていた木箱を私に差し出した。
 ぱか、と彼が蓋を開ける。そして私の視界に入ってきたのは沢山の、赤く熟れた可愛らしいさくらんぼ。

「わぁ、こんなにたくさん、どうしたの?」
「観月さんが実家からいっぱい貰ったから、お裾分けしてくれたんだよ」

 そのまま裕太くんは箱を私の手にとんと乗せる。その行動の意味が理解出来ずに彼を見上げた。

「貰いすぎたから、皆に配ってた。お前にもやるよ、さくらんぼ好きだろ?」
「えぇ!?」

 嬉しいけどこんなに悪いよ、と彼に箱を返そうしたけれど、さっきまで隣に居た人の姿はない。裕太くんは寮に向かって一目散に走り出していた。制止する間もなくその影は建物の中に消えていった。さすが運動部、早い。いやそれはどうでもいいんだけど。

「……私がさくらんぼ好きだってこと、なんで知ってたんだろ」

 私の独り言を聞く人は、いない。あと、今の私の顔を見る人もいない。



 * * *



 はぁはぁと息を切らしながら階段を駆け上がる。心臓がばくばくと激しく波打っているのは、いきなり走ったからか、それとも。

「ーーっしゃあ! 渡せた! 渡せた!」

 自室に駆け込んだ途端に、俺はガッツポーズをして叫んだ。箱を押し付けて思わず逃げ帰ってきてしまったけれど、落ち着いて考えてみれば失礼すぎる。兄貴だったらもっと上手くやるんだろうな、とつい考えてしまって首を振った。

「いーんだ、俺は俺なんだから。明日、また話そう。会ってちゃんと話さなきゃな」


 伝えずに心の奥に閉まっちゃうのはもったいないからさ。俺も自分の気持ちはしっかり伝えるよ、兄貴。


執筆者:茄子川弥生
一ヶ月以上も遅れた上に、出来が悪くて本当にごめんなさい…!
特に巡歌ちゃん申し訳ない(´ `)


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