リレー小説 | ナノ
心の宿

※「心の雨」の続きになります。


 ザーッと灰色の空から降る雨に文句をつけるかの如く、溜息を吐く。自宅の最寄り駅を出てすぐは、そんなに降っていなかったためにすぐに帰れば大丈夫だろうと思って、小走りで家に向かっていたら急に雨足が強くなってしまい、すぐ近くに見えた駄菓子屋で雨宿りを余儀なくされたのである。
なかなか止みそうにないため、退屈に思った私は買うつもりはないが、中へと入ってみた。こぢんまりとしたそこは、狭いわりに息苦しさは感じず、落ち着いた空間だった。
 目についたお菓子から順に見ていく。懐かしいと思うのもあれば初めて見るのもあり、思いのほか楽しくていつの間にやら私は夢中でお菓子に見入っていた。
「あっ…」
 そう呟いて思わず手に取ったのは、ポン菓子。小さいころによく祖母からもらったお菓子だった。
ここに入ったときは買うつもりなどなかったのに、久しぶりに食べたくなって買ってしまった。偶には駄菓子もいいよね。なんて思いながら店を出ると、髪やシャツが雨に濡れてしまった柳がいた。
「名字も雨宿りか?」
「うん。柳が傘持っていないなんて珍しいね」
 その言葉に対して、何故か柳は微笑むだけで口を開かなかった。
「ところで、手に持っているものはポン菓子か?」
「そうだよ。久しぶりに食べたくなって」
 袋から出しながらそう言った。それから、私と柳は雨が降る中、ポン菓子を食べつつ駄弁を弄した。雨が弱まるまで、と思っていたのだが、柳が急に真剣な顔をして「聞きたいことがある」などと言うものだから、サーッと細く降り注ぐ雨を見ながら返事をした。
「…何かな」
「心、とは何だと思う?」
「柳が分からないこと、私が知っているわけないよ」
 緊迫感が漂っていたわりには軽い話題だったために、私は気が抜けて少し笑ってしまったのだが、柳に至っては表情を崩す様子は全くなかった。
「いや、お前なりの答えを求めているんだ」
 相も変わらず真面目な顔つきの柳に、間抜けた面を向けるのは失礼気がして、緩んだ頬を戻し、口を結んで質問の答えを考えた。そして、心の内で出た“心”の答えを言葉にした。
「人間にとってなくてはならないもので、でも時にはそれはすごく厄介なものになる感情の宿るところ…かな」
 なるほど、と言って口の端を少し上げた柳を見て、納得のいった答えだったのだろうと思った。
「じゃあ、私も質問。柳の答えは?」
「…俺、か。そうだな、“心”と辞書で引くと多数の意味が載っているが、自分の考えをいうなれば、己…自身、と言ったところか」
 妙な答えだ。柳らしからぬと言ったらいいのか、辞書に掲載されたものではなく独自の考え方で言葉をとらえているのが意外だった。
「心が自分?」
「ああ、この体は柳蓮二だと言えばそうだが、器でしかないと俺は考える。となれば、その中に宿る、目には見えないが、心こそが自分ではないか?もっともそれについて詳しく説明すると長くなるのでこのあたりにしておくが」
 自分の答えを長く説明ができるほど明確に持っていたのならば、私に質問する意味などなかったのではないか、と一瞬思ったが、私なりの答えを求めていると言っていたので、意義はあったか。それにしても、難しい答えだった。自分は心であり心は自分である。繰り返しても私には不思議としか思えない。確かに、この体が器でしかないというのは分からなくもない。だからと言って心が自身?スピリチュアルな、そう、魂の存在を定義したような…。なんて考えていたらこんがらかってきて、私は閉口頓首した。
「…何だか、難しいね」
「仕方あるまい。形として存在せぬものを言語化しようとしているのだから」
「言葉もあいまいな存在だけどね。文字にすれば形かもしれないけど」
 そうだな、と頷いた柳はまだぱらぱらと降る雨に視線をやった。私は足元にあった波紋が広がる水溜りに映る揺らいだ自分を見た後に、ポン菓子を一つまみ口に運んだ。それと同時に柳の口から出た名前が耳に入って、手を止めた。
「精市のことなんだが…」
「幸村がどうかした?」
 ポン菓子をまたつまみながら聞いた。何故だか、声が震えかけていた。
「……あの少女と、付き合っているそうだ」
「へえ…それをわざわざ私に?」
「まだ、好きなのか?」
 その問い掛けを聞いた途端、私の指は力を失って、小さな粒がぽつぽつと水たまりの中に沈んだ。雨とともに、波紋を広げて。
「…好き、と言えばそうじゃないけど、好きじゃないと言えば嘘になる。…わかんないや。自分の思いが。数ヶ月前に諦める決心をしたはずなのにね」
 泣き出しそうになるのを堪えた。あの日、柳に傘はいらないと答えたのに、いつか止むと思っていたのに、ずっと小雨が降り続けていて、きっと雨の下で私は濡れたままなんだな。ここみたいにしのげる場所なんてないまま。
「柳は意地悪だね…私の思い知っていたんでしょ?」
「いや、確信はなかった…。俺は、以前に名字の心に傘はさせないかと聞いたように、名字の力になりたいだけなんだ。気を悪くしたのなら謝る。すまない」
 こちらも悪い気になって、黙ってしまった。ただ、二人の間には雨の降る音と水の滴る音が広がっていて、時折通る車の音がやけに大きく感じた。
「なん「何で柳は私に気に掛けるの?とお前は言う。だが、内心では薄々気づいているだろう。俺がお前のことを好きだということを」
「…柳と同じで、確信がなかっただけだよ。それでも、自惚れているみたいだしね」
「いや、あれほど名字に気に掛けておいて気付けない方がおかしい。自惚れではないぞ。むしろ、確信がなくても気付いてくれていたのなら嬉しい」
「変なの。気付いている相手に言えなかったってことは、私がなんて答えるか分かっていたんだよね?それも確信していないから?」
 首を縦に振った柳を見て私はひどいことを言ってしまっただろうかと、後悔してしまった。あんな言い方をする必要性なかっただろうに。だが、柳の気持ちに応えることができないのには変わりない。柳からの好意を受け取れず、彼女がいると知っている幸村に対してまだ感情を捨てきれずにいる自分が嫌だ。どうして私は、いつも優しい言葉をかけ、気に掛けている柳を好きにならなかったのだろう。なら、あんなにもこんなにも悲しい思いをすることなかったのにな。ねえ、わたしの心――自分ったらどうして?
 胸の中で自分に問いかけても、こたえなんて返ってきやしない。自分がわからないんだもん。
「ごめんね…」
「承知の上で思いを告げたんだ。名字の気にすることではない」
「柳のこと嫌いじゃないんだよ。むしろ好きなんだよ。でもね、違うから…」
 曖昧な笑みを柳は私に向けた。そして、いつの間にか持っていた折り畳み傘を、ポン菓子を持っていた方とは逆の私の手に乗せて、言う。
「使うといい」
 今度こそ綺麗に、でもどこか儚げに微笑んでから柳は雨の中へ歩いていった。彼の髪、肩、バックが少しずつ濡れていく。ここに入った時よりも弱まったとはいえ、細くとも降っているため柳に雨は降り注ぐ。
 私は手にある傘を見つめた後に遠くなった彼の背中に視線を向けた。今追いかければすぐに追いつく距離。それでも、柳が見えなくなるまでその場から動かなかった。


(この雨は知っている。こころのはてを――。)


執筆者:風華
自分でもよくわからないです←


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -