リレー小説 | ナノ
心の秋

秋も深まりだんだんと冬に近づいてきて、気温もとても低い。と言っても雪国の東北に比べれば関東なんてまだ暖かい方ではある。だがこんな山奥になればたとえ11月で、関東だったとしても寒いものは寒い。冷え性な私にとっては地獄でしかないようなところに何故いるかというとそれは幼馴染に届け物をするためだ。学校で配られたプリントに始まり、彼の母親に頼まれた荷物やら、ファンクラブだかなんだか知らないがとりあえず学校で彼に好意を寄せている女子から預かった手紙やら。とりあえず私が抱えるボストンバッグには多くのものが入っているのだ。ただでさえ重いカバンを持って電車に揺られて来たというのに三十分に一本しかないバスを逃した時は今日の運勢悪すぎる!何が「一位は乙女座のあな
た!思いもしない幸運が巡ってくる日!近くにいる人をよく見て」だ。ハズレじゃないか、とたいして信じてもいない朝のニュース番組の占いを恨んだ。

40分歩いてようやく着いた合宿所。広い、とてつもなく広い。あらかじめ連絡してあったので門を開けてもらい更に中を歩く。所々から聞こえるインパクト音に少し心がざわつく。そして、その音に釣られて思い出すのは忘れもしない、あの日の出会いだった。


6歳になる年、父の仕事の都合で突然海外に行くと言われた。幼かった私は今までとは違う所に胸を躍らせて引っ越すことをとても楽しみにしていた。
しかし、現実は理想とかけ離れている、とはよく言ったもので海外は住みやすいとは言い難かった。まず言葉が通じないこと。学校は日本人学校にいたから授業面では問題なかったものの、人間関係としては大問題だった。元来人と付き合うことが得意ではなかった私は言葉の通じない事が更に拍車を掛け、人見知りになっていった。

「何をしてるんだ?」

ある日学校の中庭で一人で寝転がっていた時、突然彼が話しかけてきた。彼―徳川カズヤは私と同じ日本人でしかも奇遇なことに同い年だった。うっすらと汗をかいていた徳川君の手には一本のラケット。彼の足元に置かれた黄色いボールの入った籠。それらを見て私は徳川君の問いに答えないまま起き上がった。

「あー、邪魔、かな?」
「・・・壁打ちをするから、そこなら大して邪魔じゃない。ただ・・・」

「ボールが当たっても知らないよ」と言った徳川君に見えっ張りな性格だった私はとても生意気なことを彼に言ってのけた。それは「あなたと違って運動神経いいから」だ。事実そんなことはない。ただとっさに出た私の小さな意地だった。今になってなんの意地かと聞かれればわからない、と答え更に黒歴史だから聞くな、とも言う。そんなことは置いておいて、ただ私の見栄だけで済めば良かったのだが、運の悪いことに徳川君はとんでもない自信家で自分よりもそこらへんで寝転がっていた女の方が運動神経が良いという事が気にいらなく、私に壁打ちをしてみろと言った。慌てて私はいきなりできるわけがないと言うと運動神経が良ければある程度はできるはずだと上から物を言ってきた。カチンと来た私は
やってやると息を巻いて壁打ちをし始めた。

結果は聞かないで欲しい。素人にできるほど優しものではなかった。
その結果を見た徳川くんは呆れた顔で私を笑った。そう、嘲笑いやがったのだ。

「・・・笑うことないじゃない」
「あれを笑わないで何に笑うんだ」
「・・・」
「冗談だよ。才能はともかく素質くらいはあるんじゃないか?」

その一言をきっかけとして私はテニスを始めた。最初は私を笑った徳川君を見返すため。次に徳川君に勝ちたかったから、そして大会で勝ちたいから。私はテニスというスポーツにどんどんハマっていった。どうなれば強くなれるとかどんな練習をすればいいかなど、母に勉強面でもこれくらい頑張って欲しいと言われるくらいに熱心にテニスをした。Jr.の大会で入賞まで上りつめた時は嬉しくて徳川君にも自慢してやろうと思ったら徳川君はもう一つランクの高い大会で優勝を果たしていた。

やっぱり、違うよね

そう思った。一緒に自主練して、たくさんビデオも一緒に見て、二人で遅くまでテニスについて話したこともあった。見返したいと思う一方で私と徳川君はテニスを通じて仲良くなっていった。しかし二人の間にある最大の壁は才能だった。一年しか始めた年は違うのに徳川君の上達はコーチ達でも舌を巻くほどのもの。小さい私が嫉妬をしないわけがなかった。沢山の賞賛を浴びる徳川君にとてつもない劣等感を私は味わった。これから続けて本当に自分は才能という差を埋めれるか?漠然とした問題が私に突きつけられた。

埋められる、埋められない、埋められる、埋められない

答えは出ているはずなのに、それを口にしてしまえば今までの事を否定されたような気になる。簡単に口にはできないけれど確かに、あの時の私の中には徳川君やテニスに対する負の感情があった。それをどうにもできないまま数が月私はテニスを続け、徳川君とも仲良くしていた。そんなある日のことだ。父の仕事の都合で日本に戻ることになった。日本に戻れば徳川君とも仲良くすることもないだろうし、昔みたいにテニスに熱中できなくなったのに環境が変わってまでテニスをするのはめんどくさい。ちょうどいいと、私は帰国と同時にテニスをやめた。それが今から3年前―私が中2の頃の話だ。

それから一年経ってから私は日本で徳川君に再会することになった。

街中でばったりとか同じクラスに転校してきたとかではなく、ただ徳川君が隣の家に引っ越してきただけの話だ。ずいぶん前から空き地だった隣に家を建てる工事をしていて、完成したものを見た時は一体どこの金持ちが住むのかと思ったが意外にもあの徳川君だった。私の母は引っ越してからも徳川君のお母さんと仲良くしていたらしく、空き地だった家の隣に家を建てることを勧めたそうだ。一年経ったとはいえ徳川君とは顔が合わせづらかった。なんせ私は引っ越すということなく帰国したのだから。テニスをやめたことも言っていなかったし、今まで一度も連絡しようとしなかったこともあった。

思ったとおりというか、なんというか徳川君は何故テニスをやめたのか問いただし始めた。私としては「ただ飽きた」の一言に尽きるのだが、何かと言って認めようとしない。高校も同じで、学校でも言ってくる始末だ。始めの方はイケメンに入る徳川君と仲良くしている事が気に入らない女子生徒が罵声だったり嫌がらせをきてそれを口実に話さないこともできていたというのに、しばらく経てば諦めたのかそういうものと認識したのか何も言ってこなくなった。被虐性欲があるわけではないが、逃げる口実がなくなったことは私にとってとんでもないことだった。

徳川君の「もう一度テニスしないか」という勧誘が始まって早一年半。今もなおその勧誘は続いていて、そのことに私が辟易していることは母達も知っているはずなのに、彼女達は私にテニスの合宿所まで忘れ物やらプリントを届けろというのだ。郵送なんて便利なものがあるのだから活用すればいい。なぜ私に頼むのか、それは単に私が帰宅部で土日も日がな一日寝ているだけなんて怠惰な生活をしているからだそうだ。そんな理由で山奥の合宿所まで行かされる帰宅部なんて私以外いないだろう。

「あの、すみません!」
「わっ、びっくりした・・・。えっと、何か用ですか?」

ブツブツと母への恨み言を言っていた傍から見れば怪しい私に話しかけてきた女の子が一人。私よりも少し小さく、まだ幼さのある顔立ちをしていることから年下だと思われるけれど、一応初対面だから敬語で話す。

「鬼十次郎って人に用があるんですけど、どこに行けばいいのでしょうか?」
「え?!・・・うーん・・・。自分、ここのスタッフじゃないからわからないんです。ごめんね?」
「あっ・・・スタッフの方じゃなかったんですか!すみません、勘違いしてしまって」

ペコリと効果音がつきそうな可愛らしい謝罪を受けた。それから困ったな、といった顔をする彼女がどうにもほっておけなくて、私も人に届け物をしに来たから一緒に行きませんか?と誘った。すると明るい笑顔でよろしくお願いします!と言ってきた。うん、元気な子だ。
お互いの探し人を見つけるまで私達は色んなことを話した。その中でわかったのは彼女がやはり年下で、しかも4つも下だったから驚いた。ここまでの道のりを一人で来たのかと聞けばなんでもない顔でそうですよと返された。最近の中学生、しっかりしすぎではないか。私が中学一年の時なんてまだ徳川君にお世話になっていたぞ。今思うとかなり恥ずかしいことだが。

「ここじゃない?なんだかそれっぽい選手がいるし」
「そうですね。あ、いました!じゃあ、私はこれで失礼します。ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそありがとう。それじゃあね!」

鬼さんという人を見つけたらしい彼女はきちんとお礼を言ってから鬼さんの元に走っていった。それを見届けてから私は私で徳川君を探す。近くのコートを見回ってみるもそれらしき人はいない。何より選手から向けられる好奇の視線が痛い。たしかに、男子ばっかりのこの合宿所に女子がいれば可笑しいだろうけど何もここまで見る必要ないんじゃないか。あんまり人に見られるということに慣れていない私。一言で表すなら、徳川君早く出てこいよ。な心境である。

「はぁ・・・。あ、ねぇそこの子!徳川カズヤってどこにいるか知りませんか?届け物を届けにに来たのですが」
「徳川さん?あの人ならセンターコートにいると思うっす」

髪型の特徴的な赤いユニフォームを着た男の子はさっき私が来た方を指して言った。徳川君はここから少し離れたところにあるというセンターコートによくいるらしい。まさか行き過ぎてるなんて思わなかったから、私は男の子にお礼を言って元きた道を戻った。

合宿所内にあった案内板を見てセンターコートの場所を確認、今度こそちゃんと徳川君の元に辿り着く事が出来た。センターコートは階段状になった観客席の下にコートがあってここからだと見下ろすことになる。声をかけないまま、私は徳川君が白い帽子の男の子と打ち合いをしているのを眺めていた。よく見れば彼らは十個のボールで打ち合っていて、テニスって複数のボールを使って行う競技じゃなかったはずだ。1つのボールを使うだけで十分だったはずなのだけれどどうして2人は十個もボールを使っているんだろうか。それ以上になんだか一々打つショットがすごい。テニスとはこんなにも危険を伴う競技だったなんて3年前までの知識しかない私は知らなかった。最近のスポーツってすごいと思った。
それでも徳川君にこの荷物を届けないことには、私は家に帰れないから申し訳なく思いつつ声をかけた。

「名前。どうしてここに?」
「この荷物届けに来たの。学校で配られたプリントとおばさんに頼まれた荷物、あとはファンクラブだかなんだか知らないけどとりあえず学校で女子から預かった手紙」
「あぁ、連絡は来ていたが・・・まさか名前が来るとは思ってなかったよ」
「私も来る気はあんまりなかったんだけどね。こんなテニスばっかりのところ」

皮肉を込めていえば徳川君はあまり変わらない表情のまま苦笑いをした。けれどすぐにいつもの調子に戻って私にテニスしないかを聞いてきた。しない、と言っても引き下がらないことは学習した。もう徳川君に何を言っても無駄だということ知っている。どうやって逃げるものかと悩めばさっき徳川君と打ち合っていた白い帽子の男の子が見てるだけ見てれば?と徳川君の加勢なのか、私への加勢なのかわからないが、そういったことで私は余計逃げづらくなって、結局打ち合いを見ることになった。

「見ていて退屈はしないだろう」
「ふーん。まぁ、少し見たら帰るよ。バスの時間もあるから」
「・・・なら少し早めに切り上げる。話したいこともあるからな」
「え、ちょっと」

そう言うなり徳川君は直ぐにコートに入ってまた十個のボールでのラリーを始めた。普通よりも遥かに早い感覚で聞こえてくるインパクト音。久しぶりに聞いたその音は案外悪いものではなかった。


執筆者:蒼依

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