リレー小説 | ナノ
心の錆

「……そう、話を聞いてもらえて良かった。ありがとう、またね」

 電話越しの弟にそう告げて、僕は通話の終了ボタンを押した。無機質な音と共に『通話終了』の四文字がディスプレイに現れる。僕はそれを見つめた後、静かに息をついて携帯をベッドへと放り投げた。


 僕は今悩んでいた。
 僕には好きな人がいる。でも決して顔には出さないし、誰にも言ったことはない。本当に好きなのかと分からなくなることもあるけれど、その子と会話する時だけはどうしようもなく胸が高鳴ってしまうから、僕はやっぱり恋をしているんだと思う。
 彼女は一年生の頃から見事に同じクラスで、席がいつも近かったからよく話した。主に僕が一方的に話しかけていたけれど。サボテンとかサボテンとか。
 彼女、名字さんは至って普通の女の子だ。良くも悪くも普通という言葉が似合う。ひとつ特徴的なことをあげるとすると、彼女は美味しいものを食べた時本当に幸せそうな顔をする。姉さんから貰った高級そうな洋菓子をあげたことがあるけれど、それはそれは頬の緩みきった満面の笑みを見せてくれた。単純な子だなとは思ったが、その顔を見ても嫌な感じは全く無く、寧ろこっちまで目を細めてしまうのだから面白い。そうだ、今度彼女にお菓子でも作ってプレゼントしようかな。この前あげた時は泣くほど喜んでくれたから。


 * * *


「ふんふふーん」
「楽しそうだね、英二」
「でっしょー? 最近すっごい楽しいんだよね〜」

 鼻歌混じりに横で英二が軽快にスキップを踏む。ちょっと前までしょっちゅう溜息を吐いたりぼーっとしていたくせにこの変わり様。告白して一学年下の女の子と付き合い始めたらしい。案外英二も単純だったのを忘れていた。

 これくらい僕も単純だったのなら、悩むこともなかったのかもしれない。

 僕には好きな人がいる。
 そして僕の好きな人、名字さんにも好きな人がいた。
 これを一般的には三角関係と言うけれど、今回は僕はそれから外れている。だって名字さんと彼女の好きな人は両片想いなんだから。傍から見てたらもうそれはこそばゆいくらいに。

 何を悩んでいるかと聞かれると、それは告白するか否かだ。告白と言っても見返りなんか求めちゃいない。どうせ結末は分かっているんだから、ただ想いを伝えるだけ。最初から諦めてるなんて僕らしくないけれど、これで良い気がする。告白、想いを伝えるというのはとても面倒だ。それによって、今まで培ってきたものが崩れてしまうかもしれない。相手を傷付けてしまうかもしれない。かと言って想いを伝えずに終わるのも、けじめがつかなかったりですっきりしない。
 大好きで大好きで。だけれど僕が望む結末にはきっとならない。でもそれを分かっていながら長い間迷ってしまうのは、それだけ彼女のことが好きだからだ。

 

「不二くんー! おはよっ」

 ポンと肩を勢いよく叩かれた。この明るいトーンの声は名字さんだ。いつもと変わらない彼女なのに、どこか声に緊張感を含んでいた。そして察する。

「名字さん、ついに告白するの?」
「ど、どうして分かったの!?」

 にこりと笑いかけながら率直にそう尋ねれば、名字さんはさっと戦闘体制をとった。頬がほんのりと赤くなっている。

 見ればわかるよ。僕が大好きな君のことだもの。
 なんて言いたくなったのをぐっと抑えて、頑張ってね応援しているから、と代わりに言う。嘘、本当は応援なんかしたくない。でも、君が悲しむ姿は見たくないから、やっぱり応援することにするんだ。

「……ありがとう、不二くん」

 不安気に瞳を揺らしながらも、名字さんは嬉しそうに頬に喜色を浮かべた。感情表現がとっても素直だからこそ、彼女にはとても笑顔が似合う。
 
 今日、名字さんはけじめをつけにいく。なら僕だってけじめをつけるべきだ。「先に行くね」と駆け出そうとした彼女を呼び止め、僕は口を開いた。


「僕はずっと、君のことが好きだったんだよ」


 いつものように微笑を顔に貼り付けて、前置きもなくそう告げる。あまりにも自然な告白だった。ムードも、何もない、ただ素直に自分の想いを告げただけのもの。

 それでいいんだと、僕は思った。

 結末は最初から分かっていた。
 ーーあぁ、違うよ。僕は、君のそんな顔が見たかったわけじゃないんだ。


執筆者:茄子川弥生

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