リレー小説 | ナノ
心の剣

私の親友には厄介な兄姉がいるそうだ。いや、いる。私も機会があってあったことはある、しかし私にとっては厄介でもなんでもなかった。では厄介とは誰から見て厄介なのか、それは私の親友と絶賛両片思い中の仁王雅治だ。

「ほんっと、うざい」
「あんまり、そういうことを言うもんじゃないでヤンス」

目の前でズゴーっと音をたてながら紙パックのいちごみるくを飲んでいるのは私の大嫌いな部活に所属しているふざけた名前の幼馴染、浦山しい太だ。名前もふざけていれば髪型もふざけたこいつはさらにふざけたことにテニス部に入りやがった。元々テニスをしていたのは知っていたしこの学校がテニスの強豪校だということも承知している。まぁ、今更何をいったところで何もかわりもしないが。

こいつの事はどうでもいい。重要なのは仁王雅治だ。あいつ最近頭可笑しいんじゃないかと思うくらいあの子に構う。たしかにあの子は可愛いよ。その点であの子の姉とは話をするし、学校でのあの子の様子とか、仁王雅治の行動報告やらの電話はもはや日常となっている。その内話の合間に色々と趣味の話もするようになり、今では年上年下関係なく、友人と言える仲だ。そんな彼女は東京の私立青春学園に通っていて、テニス部部長であり生徒会長でもある人と付き合っているのだという。その話を聞いて姉妹揃ってテニス部に好かれるなんてどういう原理だ、と思ったことは今でも言っていない。

話が逸れた。何が言いたかったのかと言うと今、現在進行形であの子に絡む仁王雅治をどうにかしたい、ということだ。

「なにあれ、鼻の下伸ばしてさ。ばっかじゃないの」
「そんなこと言えるのは名字くらいでヤンス」
「んなわけない。この学校に同じこと思ってる奴なんて掃いて捨てるほどいる。私だけのはずがないよ」

そう言いながら私は席を立って教室の一番後ろにあるゴミ箱に向かう。もちろん今飲んでいたミルクティのゴミを捨てる為だ。そんな私に何も言わずじっと見てくるしい太。こいつはいつも五月蝿いわりに空気読んでるから少し助かる。こういう時に話しかけて欲しくないのはずっといたあいつだからこそわかること。まぁ・・・わかったところで特別な感情なんて芽生えやしないんだけど。

ゴミ箱にミルクティのパックがしっかり入ったことを視界の端で捉えながら私は教室から足早に出た。

「・・・嫌ならそう言えばいいでヤンス・・・」

後ろで未だにいちごみるくを飲んでいた幼馴染がそんなことを私を見ながら言っていた事なんて知らずに。


オイラの幼馴染はとても損な運命にあると思う。運命なんてまだ人生の1/4も生きていないオイラ達がいうのもおこがましいけれど、オイラにはどうしても名字の運命が悪いものにしか見えないでヤンス。

はじまりは小学校の低学年の時、悪化したのは高学年の時。たった数年でオイラの幼馴染はずいぶんと変わってしまった。それがいい方向ならオイラも手放しで喜んだでヤンス。けど、その変化は名字にとって悪い方向だった。
昔は無邪気に笑う子だったのに、いつの間にか人の顔色を気にして笑う子になっていた。小学校で同じクラスになったのは最後の年だけで、ただ家が近いだけじゃわからなかった名字の変化を嫌でも理解したでヤンス。

「ねぇ。私さ、おかしいと思う?」
「それは・・・」

つい一年前聞かれたこの質問にオイラは答えられなかった。お世辞にもいいとは言えない頭で考えてもあの時の名字が欲しいような言葉は浮かこなかった。それから名字は泣きそうな顔をして教室を出て行ったのだ。

その日の名字の背中は、今日の背中にとても似ていた。


一人で来た屋上は風の通りが良くてとても気持ちよかった。フェンスのところまで歩いて行って最近聞いたニュースを思い出した。東京の氷帝学園の女生徒が一人自宅から飛び降りたそうだ。彼女は一体何を思ってこの様なところから空に飛び立ったのだろう。何かのけじめ?それとも誰かへのあてつけの復讐?

「復讐で、飛び降りたら相手の記憶には残るんだろうか」

なんてくだらないことを考えてみたり。私は命を捨てることで逃げるなんて絶対しない。復讐や逆襲なんて生きていてこそだ。死んで復讐なんて私の中では負けに定義される。長年続くあの人と私の終わりのない勝負。良くて引き分け悪くて負けのこのゲームは私に幕を引かせる気なんて微塵もなく、かと言って時間にリミットが来て終わることもないこのゲームの幕引きはただ一つ、あの人自身が気付くこと。一見簡単そうに見えるこのルールのが今でも続いていることから上手くいかないことをご理解いただけるだろうか。

ガシャンッと音を立ててフェンスを掴んだ時だ。それよりも大きな音を立てて後ろのドアが開いた。先生が変な勘違いでもして来たか?と妙に冴えた頭のまま振り返った先には仁王雅治が息を切らしながら立っていた。

「・・・はぁ?」
「お、おまっ・・・!!何しとるぜよ!」
「なにそれ、こっちのセリフなんだけど。仁王雅治」

慌てた様子で私の方に来るもんだから、来るなという拒絶を伝えるためにその分仁王雅治から遠ざかる。一歩、また一歩と近づいてくる距離と同じだけ遠ざかれば、傷ついたように顔を歪めた仁王雅治。なんであんたがそんな顔をするんだ。

「・・・飛び降りようと知っとたんじゃなか・・・?」
「違う。何勘違いしてるんだか、はた迷惑もいいところ」
「そか、何もないならいいぜよ」

傷ついた顔をしたと思ったら今度は酷く安心したと言った風な顔。全く、詐欺師と名高いだけはあると思った。人の顔色を、心理を読んで生きてきた私が最も敵に回したくないタイプの部類にいるこいつはいつだって私の思ったように動かない。
今だってこんな屋上の端に立っていただけで走ってくるなんて誰が想像しただろうか。

こいつの白々しい態度にもイライラしてこいつが来た本当の理由の話をしようとしたらもう一人、屋上にやってきた人物がいた。私があ、っと声を漏らしたことによってもう一人の姿を仁王雅治も捉えるとこになるけど、その人物は彼が望んだ人ではなかった。

「浦山・・・。何しに来たの」
「・・・オイラはただ屋上に来ただけでヤンス」

いつもとは違う抑揚のない声、浦山はそれ以上何も言わずに屋上の隅に寄って私たちを見ていた。じっと、ただ見ているだけの浦山に少し安心した。ここでこんなことやめろなんていわれでもしたら怒りに任せて何かしていたかもしれない。浦山はそんなこと言わないことをわかっていて幼馴染という腐れ縁を続けている。
私は視線を仁王雅治に戻して、なるべく心を落ち着かせて聞いた。

「で?本当の用はなに?まどろっこしいのは嫌いなんだけど」
「・・・ほーう?随分と言う様になったのぅ」
「お陰様で」

皮肉たっぷりに笑っていうと仁王雅治は口元を僅かに上げた。
それから、さっきの優等生のようなしおらしい態度は一変し、尊大な見下すような態度に変わった。見事な変わり身である。流石コート上の詐欺師と称されるだけはあると変に感心してしまった。

長ったらしい仁王雅治の話は退屈だった。遠回りして、私に伝えようとしている。決して直接的なことは言わずに私が自分で理解して行くように誘導して何も言わせないようにしている。そういう用意周到なところが余計にムカつく。

仁王雅治の話を簡潔にまとめると三つの項目が上がる。
一つ目は今持っている情報を全て仁王雅治に提示すること。二つ目はあの事に関してはもう触れないこと。三つ目は―

私があの子から手を引くこと

その話を聞いても思ったことはやっぱり、だった。
ずっと前から予想できていたことだったし、何よりも私自身でこの話題を避けていた。仁王雅治と私の中には所謂確執というものがある。それは案外ありきたりな理由で、ただ私のもう一人の幼馴染が仁王雅治であり、私が長年恋してきた人物はこの男で、思春期によくある恥ずかしさから同い年の浦山と違って接点がなくなってしまっただけのこと。これがこいつの言うあの事であり、そうではない。

少しずつ私の中の余裕がなくなっている事を悟られたくなくて、虚勢を張って言葉を搾り出す。

「ふーん。知ってたんだ」
「まぁの、昔馴染みの考えとることくらいわかっとる」

“昔馴染み”その言葉に胸が切り裂かれたように思った。もう仁王は私を”幼馴染”としては見てくれない。確かに昔、幼馴染としてではなく見て欲しいと願った日もあった。けれどそれはこういう意味じゃなくてもっと、もっと別の意味がよかったなんて言ったって後の祭り。

「・・・そ。・・・それで?その”昔馴染み”に今更説教でも言おうっての?今度は本気になった子だから?」
「そうじゃ」

しらっと言い切ったこいつに腹が立った。確かに今まで仁王雅治といい雰囲気になってきた女の子たちを潰してきたのは私だ。今となっては和解し、その子達と手を組むまで仲がいい。私が今関係を良好に保っている彼女達とここに至るまでには最低条件として仁王雅治がその子達全員がそういう状況になっても一切手を出してこない事が必要となっている。だから私がすることもある一定の線は超えない。いつだってその人が戻れるくらいの甘い線引きはしてきた。
けど、今回は別。今回は仁王雅治が全面的にあの子に味方している。それが私は面白くない。だから今度のあの子は本格的に壊させてもらおうと思った。あの子の姉には悪いと思うけど、これが私のやり方。

「今更さ、何言ってんの?今までの子全員見限っておきながら本気になったあの子だけは救って欲しい?ふざけてんなよ。あんたが本気なら私も本気。そういうゲームなの」

私が仲良しこよしの友達ごっこから一転して恋敵という名のイジメの敵になって心が壊れるのが先か、仁王雅治が先にあの子の心を丸め込んで守るか。どっちにしろ全ての判断はあの子が下す。

「楽しみだね?・・・今度こそは幕引きしてよ」

それだけを言って私が屋上を出て教室に戻ろうとすると案の定、浦山も付いて来ていた。いつの間には浦山は私に追いついて並んで歩いていた。けれど何をいうわけでもなく2人とも黙ったまま、あの子の待つ騒がしい教室へ戻った。


執筆者:蒼依
これはしい太なのか仁王なのか…一応表記はしい太です
このヒロインは初恋をこじらせた面倒くさい子というコンセプトでした


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