リレー小説 | ナノ
心の月

いつか、今日が酷くつまらないからと逃げ出そうとした時に二人が私の手を引っ張って、「そっちは違う道だよ?」と言ってくれたのを馬鹿みたいに今でも覚えている。だいぶん嬉しかったんだろう。あんなに心が穏やかだったのは久しぶりだったから。



―――……




「お邪魔しまーす」

「まーす」


「どうぞ、どうぞ」


お決まりのセリフに、これまたお決まりで返すと顔がそっくりな男の子が二人リビングにぞろぞろと入ってくる。まだまだ暑い夏。二人の額には前髪がピタリと汗ではりついちゃってるから余計に暑そう。


「おばさん今日夜勤?」


「そうだよ、朝に帰って来るの」


「じゃあ、それまで名前1人ぼっちだったね、タイミングよかった?」


二人とも座布団に腰を下ろしながらそんなことを言っていた。ありがたい話です、と私は静かに笑った。勝手にエアコンつけるね、なんて言って亮がリモコンを弄る。設定温度は24度。流石に寒すぎじゃないかと二人が心配になったが、この異常気象の夏。夕方でもジメッとした暑さが残っているんだろう。ニュースでも言ってたな、なんて頭の片隅で綺麗なお姉さんが言っていた言葉を思い出していた。

二人は慣れたように団扇を部屋の壁掛けから取り出し暑い暑いともらしながら煽いでいる。いつもは髪をくくらない亮も髪を一つに束ねて首にかからないようにしている。淳も淳で前髪が鬱陶しいのか黄色いカチューシャで全部あげている。亮は自慢の黒髪だから何も言わないが、淳に関しては切れ、の一言に尽きる。見ているこっちまで暑苦しいよ、なんて言わないけど。


「ほら、今日ケーキ買って来たよ」

「亮のおごりで、名前の好きなショートケーキ。サエのオススメだから間違えないと思うよ」


「やった、サエちゃんが選んだんなら間違えないね」

「これで外れだったらムッツリの名が泣くもんね……」


クスクス。二人独特の笑いがリビングに響く。外からはセミの声と、かき氷を売りに来た車の機械的な音だけ。あ、そう思えば今日は淳が来てくれている。三人で居ることに慣れてしまっていて忘れてた。わざわざ東京から来てくれるなんて、まぁ明日は土曜日だけど、君には部活があるでしょうがと言いたくなったので、もう少し言葉を濁して伝える事にした。


「東京から遠かったでしょ?」

「明日部活とかいいの淳」


「だって今日は特別でしょ?それに名前は僕の大切な人だから」


「嬉しいこと言ってくれちゃって〜」

「サエの悪い癖が淳にうつった!どうしよう名前」


馬鹿みたいにキャッキャと小さい子供の様にじゃれる二人。ほっぺを引っ張ったり、髪の毛を掴んだり。本当に二人が小さかった頃にしたような子供染みたこと。それを見て笑う私もまだまだ子供なのだろうか、とふと思ったがやめた。子供じゃなきゃ大人だ。生憎私は大人ではない。じゃあ、子供だ。消去法で考えて子供なのだ。精神年齢的な意味で、の話だが。


「……小さい子みたいに笑ってさ〜」

「ホント、馬鹿みたいに笑ってるよね名前」


「失礼なこと言うな、馬鹿野郎」


私の方をチラッと見た淳が、私と目が合うと笑うのを止めてそう言った。それに続いて亮もそんなことを言ってくる。本当に失礼だ。暑いのに私を怒らせないでくれ熱くなるだけだろうから。

俺ケーキ切ってくる、とパタパタと素足で台所へかけていく亮にテレビのリモコンを弄りながら淳が生返事を返した。とあるニュース番組の所でチャンネルを止める。テーブルにぐでーっという効果音が似合うぐらいに溶け出す淳。ピョコッと顔だけを出したて、私の名前を何度も間延びした声で呼んだ。


「このニュース聞いた?」


「中学生女子、自殺ってやつ?」



「この東京都の名門校って、氷帝学園のことらしいよ」


へーっと、淳が目を向けるテレビを目で追う。朝、お母さんが見ているのを後ろで見ていたからちょっとだけなら知っている。とても悲しいニュースだった。自宅ベランダから飛び降りたって話。自分で降りたってことは、自分の足でその柵を踏み越えたってことだ。羨ましい……。そんなことはきっと思っちゃいけないんだろうけど、そこは流石私の僻み根性。マイナス面によく働く。虐め、などではないらしい、親の離婚がその日だったらしいから、それが原因かもしれない。なんて、ニュースキャスターが最近の日本は、などと分かりもしないことを言っている。まぁ、かく言う私もその子のことを分かったもんじゃないけど。

じーっとニュースに耳と目を傾ける淳を見つめる。淳の目にはニュースの青い画面が映ってチカチカしている。今、淳はその何か悟ったような顔で何を思っているんだろう、なんて思ってたらポツリと声をもらした。


「なんで、自分で命捨てちゃうのかな」

「さぁ、生きるのが辛かったとか?」


「生きる事が出来るのに、死ぬ方に逃げることを僕は強いだなんて思わないよ名前」


それはただのエゴでしょ?何ていうから私は眉の両端を下げることしかできない。君達が思っていることなんて明らかなのに、それにあげる言葉が、私には言えない。


「ね、よく分からないよね?僕はこの子を一生理解できないよ、多分」

「それは多分俺も一緒」


「そっか……」


切り終えたのか、お盆を持った亮が淳に声を被せて、淳の前にケーキを一切れ置いた。二人には理解できないこと、私には理解できてしまってちょっと寂しかった。でも、二人のお蔭でそんな邪な考えはしなくなったけど。二人が手を引いてくれたから。思い出して少し笑っていたら。亮がもう片方のケーキを私の前に置いてくれる。それが重い空気終了の合図。


「はい、名前の分」


「ありがとう、でもこれは亮が食べてほしいな」


手を合せて、ケーキをフォークで小さく切って口へ運ぶ二人、噛む回数が一緒だとか、くだらない発見をしては一人にやけて二人の話を聞く。テニスの話、いっぱいしてくれた。あの小さかった剣ちゃんがいっちょ前に女の子に恋してるだとか、サエちゃんの女の子の好みにドン引いたとか、些細なことから大事なことまでいっぱい教えてくれた。


「ごちそうさまでした名前。おいしかったです」


「それは良かった。でも、イチゴは?」


お皿の上にちょこんと残されたイチゴ。真っ赤な色が六角中を思わせる、と思ったがあそこはもう少しくすんでたなと思いを改めた。


「イチゴは流石に残しとかないと」

「クスクス、名前はすぐ怒るから」


また子ども扱いする。二人はクスクスクスクスまだまだ笑っている。そろそろ拗ねてやろうか、と思っていたら急に淳に外へ連れ出された。いつの間にか外は夜。空には真ん丸お月様。夜で日がなくなりだいぶんマシになったものの体にはりつくような暑さは変わらないみたいだ。隣の淳がずっとパタパタ団扇を煽ぎ続けている。

あーっと、暑さを発散する様に二人は外に向かって声にならない声を漏らし続ける。上を向いて月を指さして、クスクス笑う。何が可笑しいのかもう私には分かりません。


「名前ー今日で何歳?」


「もう、二十歳ですー」

「でも、俺等もうアイツと同い年じゃない?」


ぬるい風がさわさわと私達の間を抜けていく。


中学3年生かー、なんて二人が呟く。本当にもうそんな年か、大きくなったとは思ったけどもう同い年。二人の名前を呼んでも、私の声が二人に届くことはない。二人の言葉だけが交わっていく。それをもう寂しく感じなくなったのは私も年を取ったからだ。


「11月で僕等は15歳だから……おいてっちゃうね、名前のこと」

「ホントにな……」


そうか、もう私を追い越していくのか、それはお姉さんちょっと寂しいぞ。なんて思ってみてもどうしようもないから二人の頭を触れもしないのに撫でてやる。出来るだけ優しく、あの日の気持ちを伝えるみたいに。


もう二人は忘れてるかもしれない。私が病院から車イスで逃げだそうとした時、両手を引っ張って、「そっちは違う道だよ?」と声をそろえて言ってくれたことを。そのお蔭で私が最後まで命を全うしたことはきっと知らないだろうけど……。何もかも忘れて二人も年を取っていくかもしれない。それでも、いつか思い出したとき二人が好きな女の子を連れて来たら、私は笑ってお祝いしてやるんだ。二人がそれぞれ幸せであるように。そしたらきっと私も幸せだろうから。


「ただいま〜、あれ亮君に淳君も来てるのかしら?」


「あ、お邪魔してますおばさん!」

「おばさんお帰り!!」




真ん丸な月を見上げてから息を静かに吐いた。届かない声で、しっかりと紡ぐ。




「いつもこっそり、見守っててあげるからさ」


執筆者:ヨコシマヤ

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