リレー小説 | ナノ
心の隈

さぁ、今日も楽しんで行きますか。


今日は珍しくアラームが鳴る前に起きられた。おかげで幾分か機嫌が良い。
和室にある二つの仏壇に手を合わせるところから私の朝は始まる。右側は母方の、左側は父方の祖父母。まずはちゃんと挨拶しなきゃいけないもんね。
それから朝ごはんの準備。今日はちょっと特別な日だから贅沢してしまおうか。早起きしたから時間もあるし、ヨーグルトやらフルーツやらとにかく沢山。たまには優雅な朝食ってやつも良いでしょ。


「あ、おはよう」


リビングにお母さんが現れたから挨拶したけど軽くスルー。まぁもうすぐ家を出るし、忙しいよね。そんなに荷物抱えてどこまで出掛けるつもりなの。
片やお父さんも同じような感じでバタバタしてる。実を言えば、今日から二人はしばらく遠出するわけ。悪いけど先に朝ごはんにさせてもらうね。
それでさっさと学校にいって彼の顔を拝むんだ。ちょっとだけ不気味で従順な後輩をね。


・〇・〇・〇・


「あ、家の庭が天然芝の泣きぼくろ坊っちゃん」
「黙れ遅刻魔」
「うっわ失礼!今月は3回しか遅刻してないし!」
「まだ1週間しか経ってないだろうが」


だからって言い方ってものがあるんじゃないかな、目力生徒会長さん。いつもと何ら変わらない退屈な授業をすり抜け、やっとこさ迎えた放課後に、私は職員室前で麗しの跡部さまを見つけた。
彼は約200人の生徒を抱える氷帝テニス部の部長でもある。しかも全員の名前覚えてるって、どんな記憶力してんのよ。単語帳にでもして毎日ブツブツ言ってたわけ。
というのも飲み込むことにしよう、私が跡部に声をかけたのは彼に用があるからじゃない。いつも彼の後ろをついて歩く後輩に用があるの。
今日はいないの、と跡部に問いかける前に、私の視界に影が落ちた。これはもしかして。


「あーっ、樺地!会いたかったよ〜!」
「……ウス」


振り返ったら予想通り、ガタイの良くてのっぺりした後輩が私を見下ろしていた。そうそう、彼だよ彼。私が用があるのはこの彼なの!
私は跡部には絶対にしてやらない満面の笑みで樺地におもいっきり抱きついた。あぁ、やっぱり筋肉がついてるから硬い。でもそれが好き。あ、別に筋肉フェチじゃないからね?
周りの目もあるし、他の人なら間違いなくひっぺがすか慌てるかしそうな場面だけど、樺地は全く拒否しない。かといって頭を撫でたりしてくれるかと言えばそうでもない。来る者拒まず、去る者追わず、みたいな。あ、跡部は別か。
とにかく会えて良かった。朝から君に会いたくて会いたくて、いつもより30分も早く家を出ちゃったんだよ。遅刻どころかクラス一番乗りだったんだよ。
見上げても樺地は何も言わないけど、ちゃんと目は合わせてくれる。ほらね、無口で無表情で不気味だけど私は好きだよ。
と、すっかり忘れてたけど、痺れを切らしたらしい生徒会長さまがわざとらしく咳払いをした。あらあら、何をそんなに不機嫌そうにしてるのかしら。


「何で睨んでくるの、家の庭が天然以下略坊っちゃん」
「黙りやがれ。結局何の用なんだ、名字」
「えっとね、樺地を貸してほしいの!」


素直に返答すれば、跡部は不可解そうに眉を潜めた。思ったことそのまま言っただけなのに怖い顔しないでよ。正直者は褒めなさいよね。
私は樺地から身体を離し、代わりに後ろに回って肩に飛び付いた。これでも身軽な方なんだよね。微動だにしない樺地の安定感ったらもうハンパない。


「……何でだ」
「だから〜樺地と一緒に帰りたいっつってんの!部停だから良いでしょ?」


またまた正直に言ったのに、余計にワケわからんみたいな顔された。もういいよ、これだからボンボンは頭が硬い。
私がこれだけ樺地を溺愛してるのを跡部だって知ってる筈だから今日くらい自由にさせてよ。いつもは部活があるから我慢してあげてんの。それに今日は特別な日なんだから。
良いでしょ?と何度もせがめば、さすがに跡部も諦めた様子でため息をついた。


「仕方ねぇ……おい樺地、そのメス猫と帰ってやれ」
「……ウス」
「やったー!樺地、コンビニ寄ろ、コンビニ!」
「……ウス」


かくして私はいとしの樺地との帰り道の時間をゲットしたのであった。たまには私だってご褒美貰ったって良いよね、ここ最近は頭を悩ませてばっかりで疲れてたんだ。まぁ解決したんだけどね。
私は早速樺地の腕をひいて下駄箱に走った。


・〇・〇・〇・


地球温暖化だか何だかで、毎年夏は暑くなっていて過ごしづらい。昔はプールだ何だではしゃげてたけど今はもう無理かな。
下手をしたら蒸発してしまいそうな熱から逃れるように、私は樺地を連れてコンビニに駆け込んだ。途端に冬場のような冷たい空気が制服に隠れきらない素肌に触れる。やばい、天国。もうここから出たくない。
暑かったねー、と流れた汗をハンカチで拭う私の隣で、樺地もウスと言って頷いた。額に汗はかいてるけど顔は涼しげだね。
さてさて、夏のコンビニと言えばアイスでしょ。私は迷うことなくアイスのコーナーに向かった。冬より夏の方がアイスの種類が少ないのって何でなんだろうといつも思う。


「樺地もアイス買って……って、あらら」


私とは違って雑誌コーナーに直行したらしい樺地は、既に何かを真剣に読んでた。漫画かな?と思ったけど、後ろから覗いてみたらテニスの雑誌だった。部停でもテニスなんだね。
ここはそっとしておいてあげることにして、私は再びアイスコーナーへ。モナカも良いし、シャーベットもおいしそう。いつものラクトアイスでも良いかな。
そういえば、この間もアイス欲しさにコンビニに駆け込んだときに、ちょっと面白いものを見た。私の隣でどのアイスにしようかと頭を悩ませてた赤毛の少年のことを思い出す。どこかで見た気がするんだけど、どこだったっけな。その少年はアイスと財布を交互に見ては、何度か口元ににやけとも微笑みともつかない幸せそうな笑みを浮かべてた。何か良いことでもあったのかもね。私には関係ないけどさ。


「ん〜……よしっ」


何はともあれ、今は自分のアイスが優先。今日は贅沢して、ハーゲンダッツにしよう。何度も言うけど特別だからね。
会計を済ませてから樺地の所まで行って、先に出てるね、と伝えてから外に出た。店内で食べるのは駄目らしいから暑さに耐えながら外で食べることにするよ。自動ドアを潜れば待ってましたとばかりに湿気が肌にまとわりついた。
うへぇー…と決して可愛くない声をこぼしつつ、日陰に腰を下ろした。溶けないうちにアイス食べないと。
いつかは食べたいと思ってた、ちょっとお高いそれを木製のスプーンですくいとる。口に入れればそれは程よい甘さと冷たさを残して溶けていった。さすが高いだけあって美味だね、ただのぼったくりじゃなかったんだ。
だけどしみじみ味わいながら食べてたら、そのうちただの液状クリームになってしまうから、さっさと食べよう。肌に暑さを、舌に冷たさを感じながら黙々と量を減らすうち、また額には汗が滲んで。溶ける前に完食は出来たものの、肝心の樺地はまだ出てこなかった。
いつまで雑誌読んでるんだとさすがに痺れが切れて再び店内へ。と思ったけど、入る前に開いた扉からは陳列棚よりも先に制服が目に入った。思わず飛び退いたら、彼だった。なんだ樺地か。びっくりした。


「名字さん」
「へっ!?え、なに、私!?」


店の真ん前で大声を出してしまった。だって樺地が喋るのなんて「ウス」しか聞いたことなかったもん。まさか名前を呼んで貰えるとは思わなくて、私は驚くと同時に喜びの笑顔を浮かべた。
頷いた樺地は、その手にある袋を開けた。なんだ、結局アイス買ってきたんじゃん。ソフトクリームでもなく、シャーベットでもなく、なんかこう……2本組でパキッと分離できるやつ。それをやっぱり2本に分けた樺地を見ながら、コーヒー味好きなのかな〜なんて思ってたら、一本差し出された。
え?ていうか、私に?


「えっ……くれるの?」
「ウス」
「うっわ、樺地やっさしー!そういうとこ大好きだよ!」


思わぬ後輩の気遣いに泣けてきそうだ。何この子、マジいい子。お姉さん嬉しいよ。一つしか歳違わないけど。
ありがとう、と言ってコーヒー味のアイスを受け取り、遠慮なくそれをいただくことにした。
本当に今日は特別な日だよ。


・〇・〇・〇・


樺地との至福の帰り道を終え、たった今薄暗い自宅に到着した。何だかんだで樺地はマンションの前まで送ってくれて余計に嬉しかった。きっと跡部に言われたから、送らなきゃって思ったんだろうね。
鞄を置いて、仏壇に挨拶……と思ったけど、もうないんだっけ。仏壇だけじゃなくてソファも棚も、綺麗さっぱりなくなっていた。これは随分と徹底したもんだ。
その中に唯一残っているちゃぶ台には1枚のメモが残されていた。拾い上げれば、何とか院とか言うところの連絡先。ワオ、預ける気満々じゃん。わかってたけどさ。
それを笑顔で破り捨てた私はベランダに出た。いくら夕暮れ時とは言っても夏場はまだまだ明るい。日が沈まないから気温も下がらないままだ。朝までかけられてた洗濯物も、物干し竿すらなくて、まるで引っ越したばかりの頃みたい。
私はベランダの柵に乗ってみせた。樺地に飛び付いた時にも言ったけど身軽なんだよね、あとバランス感覚もいい方。そのまま見下ろせば駐車場が見える。あまりの落差に普通なら足がすくむけど、今の私は全然平気。


「……はぁ〜、今日も楽しかったなぁ」


朝から優雅な朝ごはん、クラスに一番乗り、樺地との帰り道、はんぶんこのアイス。やっぱり今日は人生最大の特別な日だった。
お父さんもお母さんもおじいちゃんもおばあちゃんも居ないし、家には何にも残ってないし、あとはどこぞの施設でひとりぼっちの仲間入りを待つだけか。なんか明日からは楽しめそうにないなぁ。
ま、明日を待つつもりもないんだけどね。生まれた頃から毎日を目一杯楽しんできた私の日常は今日でおしまい。最後に大好きな樺地と居られて嬉しかったよ。
明日きっと学校中に伝わるであろうビッグニュースと、その時の樺地のリアクションを想像しながら、私は笑顔で柵の外へとジャンプした。


それでは皆さま、ごきげんよう。


執筆者:巡歌
一体どこに需要があるのかと思いつつも樺地。私はマイナー路線で行きます。
ヒロインが何度も言っていた「特別な日」と言うのは、親の離婚日であると同時に彼女が自殺する日です。


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