リレー小説 | ナノ
心の空

「あっついあっついー」

 じりじりと夏の太陽に肌を焦がされながら、俺は熱されたアスファルトの歩道を走っていた。上からも下からも熱気がムンムンして、汗があちこちから流れ出る。夏は嫌いじゃないけど、夏のこの暑さは嫌いだ。だってなんか息苦しいじゃん。
 財布をズボンの後ろのポケットに突っ込んで、家を飛び出したのはつい数分前。夏と言えばアイス、ということでコンビニまでアイスを買いに、トレーニングも兼ねてダッシュしたのが始まりだ。 ぶっちゃけ一番暑い昼時に出てきたことを地味に後悔している。
 いよっ、と白いフェンスを飛び越えて少し近道をする。急がば回れって言うけど、一刻も早くコンビニに到着したいからしょうがない。華麗に着地してから俺はまた走り出した。

「……あれ?」

 俺はちょっと走ってから、変な違和感を感じて立ち止まった。何か軽い気がする。ポンポンとズボンのポケットを叩いて、ああっと声をあげた。

「財布、落っことしたっ!」

 後ろのポケットには何も入っていなくて、財布を落としたと分かった瞬間慌て出す自分が何だか悲しい。どこで一体落としたんだろう。まさか最初から持って来ていなかった? いやいやそれはない、ちゃんとポケットに突っ込んだし。なら走ってる途中で落とした? 色々と思案した所で一つの答えに辿り着いた。

「フェンス! きっとジャンプした時に落としたんだ」

 近道しようとして飛んだあの時に落としたに違いない。はぁーと溜息を吐いて踵を返した時、

「あのっ、財布、落としましたよっ!」

 自分に向かって女の子が走って来た。手に持っているのは俺の財布で、多分同じくらいの歳の子だ。彼女は俺の前まで走りつくと、大きく肩を上下させながら「こ、これ……」と財布を差し出した。

「俺の財布!」
「追いつけて、良かったです。走るの、速いんですね……ふう」
「本当助かったー! わざわざありがとっ」
「わっ、」

 満面の笑みで彼女の手をとって、ぶんぶんと感謝の意味を込めて振った。俺が財布を落としたのを見て、息切れるほど必死に追いかけてきてくれたみたいだ。すっごい親切な人だと思う。
 風でふわっと彼女の綺麗な黒髪が揺れた。シャンプーの香りだろうか、優しい匂いが鼻を擽る。彼女ははにかみながら、どういたしましてと言った。その姿があまりにも綺麗で、夏の暑さが一瞬だけど何処かへ吹き飛んでしまったように感じられた。

「では、使いの途中なので私はこれで……」
「あ、」

 暑い現実に引き戻されたのは、彼女が軽く会釈をして元来た道を戻り始めた直後だった。何かお礼でもしたかったけれど、引き留めるわけにはいかないので諦める。今度はきちんと財布を手に持って、コンビニへ走り出した。


 * * *


「英二、箸が止まってるけどどうしんだい?」
「わ、おっと……」

 次の日の昼休み。ぼーっと考え事をしていたせいで、弁当を食べる手が止まっていたのを不二に指摘された。昨日の少女の、あの優しくはにかんだ笑顔が、脳裏に焼き付いて離れない。何処の学校に通ってるんだろうか、名前は何ていうんだろうか。気づいたら彼女のことを考えてしまっているから、俺は何か病気なんじゃないかと不安になってくる。

「うわの空だね。また手が止まってるよ」
「うにゃー……」

 また指摘されて、頭を抱えた。そんな俺を見て、不二はくすりと笑う。そして「恋煩いってつらいんだよね」なんてよく分からないことをぽつりと言った。



 忘れ物を取りに部室に向かう途中、手塚と手塚の彼女を見かけた。何故か顔面蒼白な彼女さんは、手塚の携帯で誰かと話している。何か良からぬことでもあったのかと思いながら、足早にその場を後にした。変なことに首を突っ込んでとばっちりを受けたら嫌だし。出る杭は打たれるって言うし。あれ、なんか違う?
 そういや手塚の彼女の妹さんと、立海の仁王が仲良く歩いていたのを偶然見たことがある。これは伝えておいた方がいいのだろうか。

「いいや、俺は打たれたくないもーん」

 一人で納得して、止めた足を再び動かそうとしたとき、目の前を一人の少女が通り過ぎて行った。ふわりと揺れる黒髪、柔らかな物腰。漂うシャンプーの香り。瞬時に昨日の少女と姿が重なった。

「っ、ちょ、ちょっと待った!」

 硬直してしまった身体を振り切って、行ってしまう彼女を慌てて呼び止める。彼女は不思議そうに少しだけこちらを振り向いた。
 瞬間、鼓動が跳ねた。

 やっぱり財布を拾ってくれた人だ! 昨日は日曜日で制服を着ていなかったから分からなかったけれど、まさか同じ学校だったなんて。なんていう偶然なんだろう。

「……あ!昨日の!」

 彼女の方も俺のことを分かってくれたみたいで、ぱぁと顔を明るくさせた。笑顔がすごく可愛い。俺は彼女の方へ走って行くと、昨日みたいに手を握ってぶんぶんと振った。

「また会えて良かったっ! 君にめちゃくちゃ会いたかったんだよ」
「わ、私もまた会えて嬉しいです」

 えへへと淡く頬を染めて彼女は微笑む。そんな姿が愛おしく感じられて、勢いあまって告白してしまったのはまた別の話です!


執筆者:茄子川弥生
名前変換なくて本当申し訳ないです……。ちなみに主人公は一つ下の学年だったりします。


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