リレー小説 | ナノ
心の鏡

 “八方美人”とは、二通りの意味がある。一つはどの点から見ても欠点のない美人。もう一つは誰に対しても如才なくふるまう人。前者は褒め言葉だが、後者は誰であろうと愛想を良くしていい顔をするのだから、決してたたえられたものではない。
 私は自分で言うのもなんだが友達が多い。色んな部類の人と仲が良く、顔が広い。部類というのは、目立つか目立たないかとかそういうの。決して偏見じゃないが、どこの学校でも自然とそのような関係が成り立っていると思う。
 そんな関係性で構成された学校の人付き合いで私は色んな人と友人でいたい。そのために、どんな人とでも話せるようにたくさんの知識を身につけた。
 あの俳優はかっこいい。あのアニメは面白い。あの人はA組のあの子と付き合っているんだって。あの先生は実は…。とかいうもの。
 本当は俳優もアニメも人の色恋沙汰や秘密も興味ないし、ぶっちゃけ何が面白いんだか全く分からない。それでも私は、学校という上下関係の中でうまく立ち回っていたい。性格が悪いと言われても仕方ないかもしれないが、こんなこと思っているなんて誰も知らないから大丈夫。今日も今日とて、あの子たちの会話に合わせるの。

「あの子、別れたんだって」
「え?こないだ付き合ったばっかだよ」
「まあ、いつものことじゃん。男たらしだし」

 多くの友人の中でもよく話す子たちがまた“あの子”の悪口を言い始めた。そろそろ、登校してくる頃だろうから、聞かれていてもおかしくないだろうに。そう思いながら「確かにねー」なんて思ってもいないことを口にした。すると、あの子が教室から私たちの会話など気にする素振りを全く見せずに颯爽と席に着いた。

「うわ、聞かれてたんじゃない。まずくね?」
「大丈夫だって、言われたくなかったら性格直せって」
「それ言えてる!」

 と、最後に発言した子の言葉によってどっと笑いが湧いた。陰口とも言えない陰口をして哄笑する。こういう雰囲気はあまり好きじゃないけれど、女という生き物はこういった類が好きだから合わせないと。でも、幸村くんには聞かれないようにしなきゃ嫌われそう。あの人確か陰口とか嫌いだったと思う。
 誰からも嫌われたくないから、常に周りも把握する。たとえその人が好きでなくとも、いい顔をする。だから、“あの子”にも今度話しかけてみよう。この子たちのいないところで、いつもの愛想笑いを浮かべて。
 そういえば、あの子はどういう話が好きなのだろう。噂話か、芸能人か、音楽か、はたまた何なのか。近いうちに把握しとかないと。そんなことを心の内で考えながら笑い声をあげていた朝であった。


 真田弦一郎。彼は遠い親戚にあたる。確か、私の祖母と真田の祖父がいとこだったと思うのだが、親族図を書いても分かりにくい関係なので説明するときは遠い親戚とだけ言う。
 そんな遠い親戚の真田弦一郎とはそこそこ仲が良い。家が向かい側という理由もあり、血縁関係は遠いながら付き合いの距離は結構近いのだ。小学生の頃はよく弦一郎の祖父に剣道の稽古をあちらの兄も含めて三人でしてもらったし、虫取りにだって行った。中学生になって弦一郎は部活で忙しくなったためあまり遊んでいないが、夕飯に頻繁に呼んでくれるのでそのときによく話す。
 今晩は私の家に呼ぶということで、それを伝えるために私は弦一郎がいるであろう場所へ向かった。おそらくテニス部レギュラーで昼食をとっているだろう。

 そちらに行くと、仁王が弦一郎の電話で誰かと話をしていた。会話を聞くに、色恋らしいので良い情報が手に入ったな、と心の中だけで私はほくそ笑んだ。色恋沙汰が好きな子たちにまた話そうかな…と思っていると弦一郎に声をかけられた。

「名前、どうかしたか?」
「メールしたのに返してこないから、直接でいっかと思って来たの」
「ああ、すまんな。他校の女子が仁王と電話したいと言ったのだ」
「ふーん、その内詳しく聞かせてね」

 口角を上げて楽しげな表情を真田に向ければ、「構わんが…」と何だか微妙な顔をしていた。それも含め今晩に聞こうかと考えながら、母が夕飯のお誘いをしていることを伝えた。

「分かった。部活を終えて帰宅したらすぐにそちらに向かう」
「あ、今日の夜ご飯は弦一郎の好きな肉だってさ」

 母が朝に言い添えていたことを思い出したので言うと、嬉しそうに頷いた。それと同時に「真田が笑うと怖いよね〜」と友達が言っていたのを思い出したが、幼いころからこの笑顔を見ている私としては怖くもなんともないのでよく分からない。
 それは置いておき、そろそろお暇するかと踵を返そうとした時だった。

「名字先輩!」

 切原に呼び止められたのでそちらを見ると、何か期待するような表情でこちらを見上げてきた。

「柳生先輩って誰と付き合ってるんすか?名字先輩なら知ってますよね!」
「それ、俺も知りてえ。誰なんだよぃ、名字?」
「おい二人とも。それは秘密だってあいつも言ってただろ」

 柳生の彼女である“あの子”の名前を口にしようとした瞬間にジャッカルが口を挟んだ。どうやらこの人たちの間では秘密ということになっているらしいので私は言おうとした言葉を呑み込んだ。それに、ジャッカルの言っている“あいつ”というのは確か“あの子”と仲が良かったので、その子が隠しているのなら尚更言うべきではないか。

「ふふ、秘密にされてるなら私も言わないよ。残念でした」

 え〜!と切原と丸井は揃えて不満の声をあげたがこればかりは仕方ない。言ったことがバレてあの子の友達に知らぬところで嫌われてはかなわない。
 ヒントなどと言って質問攻めを食らうのは嫌なので足早にそこを去った。そういえば、いつも食事を共にしているらしいあの子の友達は、どうして今日はいなかったのだろう。いつか、聞いてみようかな。面白い返答が返ってきそうだ。



 その晩、弦一郎は我が家へと来た。帰宅して着替えたらしく、私服を着ている。友人たちに弦一郎の私服がどんなのかを話したら爆笑してくれたことがあるのでまた話題にしようと思いながら彼の服を記憶した。きっと、また笑ってくれる。
 そして、そうこう考えている間に皆が手を合わせたので私も両手を胸の前で重ねていただきますと言った。

 明くる日の晩は、私が弦一郎の家に行ってご馳走してもらった。食事を終えた後は、久しぶりに弦一郎の部屋に入った。彼の部屋は私の部屋と違ってごちゃごちゃとしておらず、鼻につくような香水の香りもしないのでとても落ち着く空間だった。わたしもそうすればいい話なのだが、偶に友人を呼ぶと思うとやはりその子たちのような部屋にしてしまうのだ。

「ああ、やっぱり弦一郎の部屋良いなー」
「質素ではないか。お前はもっと、こう、きらきらというか飾ってある部屋の方が好きなのではないのか?」
「そういうわけじゃない」

 そう答えれば、予想していた通り弦一郎はわけがわからないと言いたげな顔をした。意味を問いただしてくる前に、違う話題を振った。

「ところでさ、こんな鏡あったけ?ってか弦一郎って鏡なんて見るの?」
「これは祖父からもらったものだ。鏡は人の清浄な心をたとえることがあるらしい。おそらく祖父は常に鏡を見て、清浄な心を忘れるべからずと伝えたかったのだろう」
「へえ……」

 清浄な心、か。そんな心はとうの前に忘れてしまった。どんな人にもいい顔して、思っていることと違うことばっかり言って、その反面で心の内では毒を吐く。全部自らの行動だから、本当に私は性格が悪いと思う。
 そんな私に比べ、弦一郎は素直で真っ直ぐだ。それに、自分の精神を曲げない。頑固ともとれるが、そこが弦一郎の良いところ。

「…私が鏡を見たらぼやけてるんだろうなあ」
「そんなにも視力が悪いのか?」
「馬鹿、違うよ。心が汚いから、清浄を表す鏡では綺麗に映らないの」

 すると、弦一郎は急に押し黙った。思ったことは大抵口に出す弦一郎だから、否定しなかったということは私の心が汚いと思っているのだろう。事実とはいえ、彼に思われているとなると少しむっとしてしまう。
 しばらく黙っていると、弦一郎が眉間にしわを寄せて口を開いた。

「変なことを言うようだが、名前を見るたびに別人に見えるのだ。いや、お前の姿ではあるのだが…何と言えば良いのか、いろんな心の顔があるというのか…うむ、」

区切り悪く話し終えた弦一郎を見ながら私は目をぱちくりとしていた。弦一郎にだけは気付かれていないと思っていたが、そうでもなかったらしい。意外と彼は鋭いのだろうか。それとも偶然なのか。どちらかは分からないが、意外な人物に指摘されて私は困惑していた。誰も分かっていないだろうと思っていたのに。まさか、弦一郎にだなんて。

「私のこと、よく見ているんだね」

 決して自惚れた意味で言ったわけではないのだが、弦一郎は違う意味で捉えたために少し頬を染めて狼狽の色を見せた。

「い、いや、そういうわけではなくてだな…!」

 いつも予想の斜め上を行く弦一郎は面白い。彼にならこんな心知られてもいいかな。きっと、私の心を鏡のようにしてくれる。
 なんて慌てている弦一郎を横目で見ながら考えたが、今の性格でも受け入れてくれるはずよね。


執筆者:風華

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