リレー小説 | ナノ
心の蓋

「名字さん!!明日テニスの試合なんだけど、見に来てくれる!?」
そんな唐突なお願いにうっかり頷いてしまったのは昨日のこと。
本当なら今日は一日中家でゴロゴロしてるつもりだったけど、それも出来なくなってしまった。
太陽がジリジリと肌を刺してなんとも不快だ。どうして出てきてしまったんだろう。
日焼け防止にキャップを深く被り直して観客席に座った。
「あっ、名字さーん!」
六角の赤いユニフォームを来た男の子が、私を見つけるや否や駆け寄ってきた。
坊主頭が特徴的な彼こそ私を試合観戦に誘った張本人。
隣のクラスの剣太郎くん……で、あってるよね?
私から喋ったことないし、いつも彼は突然やってきてベラベラ喋って帰っていくから。
仲が良いかと言われれば、まぁ良いんじゃないかな。それなりに。
一年なのにテニス部の部長を務めてるって聞いてからは少しだけ見直した。
それまでただのハイテンションなうるさい子だと思ってたし。
「僕、絶対勝つからねー!」
その言葉に「頑張ってね」と口を開くことすらめんどくさい。
私はとりあえず笑顔を作ってコクリと頷いた。
そうすれば、剣太郎くんは更に笑みを浮かべて監督のおじいさんの方に走っていった。
それにしても暑い。帰りたい。
そもそもテニスなんてさして興味はないのに、何で見に来てしまったんだろう。
確か六角に越してくるまで住んでた家の近所にもテニスやってる子いたっけ。
色黒のスキンヘッドで、外国人っぽかったな。その隣にいつもハイテンションな女の子がいた気がする。
考えてみれば坊主ってこととハイテンションなとこが合体してるんだね、剣太郎くんは。
おぉ、しかもテニスしてる。なにこれ新発見。
(さっさと終わらせてくれないかなぁ…)
出来ればすぐにでも家までダッシュして扇風機の前を陣取りたいのだけど。
でも来てしまったからには見ないといけないというか、あんな嬉しそうな顔されたら帰れないというか。
ただ喋るのが面倒だから喋らないだけなんだけど、剣太郎くんはそれを「恥ずかしがりなんだ」って勘違いしてるし。
違うんだよ、剣太郎くん。私は君が思ってるような可愛いお嬢様なんかじゃないんだよ。
ただ本音を口に出さずに流されてるだけなんだよ。
きっと口を開けばビックリするくらいものぐさだし、そもそも口を開くの自体がだるい。
っていうのはさっきも言った。
でもそんな私に構ってくれるあたり彼はいい人だ。
そんないい人の良心に甘えたってバチは当たらないよね。
こんな微かな罪悪感と自己嫌悪に浸っていると、試合が始まった。
なるべく早く終わらせてね部長さん、日に焼けるのは嫌だからさ。
・〇・〇・〇・〇・
部長なら強いだろうし、早々に試合を終わらせてくれるかと思った私が安直だった。
テニスの試合は思ってた以上に長くて長くて、まぁ何回気が萎えそうになったか。
だって途中まで剣太郎くん負けてたし。負け試合なんてどんなスポーツだろうとつまらないに決まってる。
用事を思い出したとか言い訳して帰ってやろうかと思ったけど、結局最後まで見た。
というのも、途中からの追い上げ方がすさまじかったからだ。
急に調子が出てきたみたいに点はポンポン入るし、そこからは失点を許さなかった。
さすが部長、なんて都合の良い言葉を心で呟いて、そこからはちゃんと応援してた。
最終的には剣太郎くんの勝利で試合は幕を閉じた。ちょっとだけカッコよかったよ、とは言わない。
今は念願の家に向かって帰路についているところだ。
「名字さーん!」
その時、後ろからあの明るい声が聞こえてきた。
振り返ればもしかしなくても剣太郎くんがいた。汗だくなのは何でですか、制汗剤は使わないんですか。
とは言えるわけもなく、驚いたようなきょとん顔を決め込むことにした。
「お礼言いたくてさ、探してたんだけど…」
そんなの良いのに。それより帰らせて。暑い。
でも相手がいい人だけに余計に言えない。
私はいつも通りの曖昧な笑顔を浮かべた。
「今日はありがとね、見に来てくれて!」
良いよ、と言うかわりに頷く。
「それからごめん。何もこんな暑い日に来たくなかったよね?」
そんなの気にしないで、と言う代わりに首を振る。
本音なら思いっきり縦に振りたいけど。
でも何度も言うように罪悪感があるわけよ。剣太郎くんに悪気がないから憎めないし。
そうやって謝りに来てくれただけでも少しは救いだ。
だからお願い、早く帰らせて。
「でもさ、名字さんのお陰でいつもより頑張れたから!」
「…………」
…あぁもう、なんでそんなこっ恥ずかしいセリフを笑顔で言えるのかな。
なんでそんな心からの笑顔が作れるのかな。
今度その笑いかた教えてよ、多分私には出来ないだろうけど。
私だって愛想笑いなんてしたくないんだよ。
君みたいに、純粋に笑っていたいんだよ。
「また…応援しに行くね」
知らないうちに、私はそんなことを口走っていた。
あれ?こんなこと思ってないのに。
ハッとして焦点を目の前の坊主頭に合わせれば、口が半開きになっててなんとも情けない表情をしていた。
「えっ…本当!?また来てくれる!?」
「あっ……、……うん」
「よっしゃあ!!約束!また誘うから!」
もう、私のバカ野郎。
テニスなんて長ったらしくてもう見たくもないのに。
少しくらい断れたら良いのになぁ。
って言っても、満更嫌でもなかったりしてね。
「うん、約束」
君がその笑顔を見せてくれるなら、しばらくはつきあってあげても良いかな。


執筆者:巡歌

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