残念ながら味方になってくれません。
14時まであと10分。片付けは済んでいない。これは少し待ってもらわなきゃならないなあ。お母さんにリビングで待っててって伝えてもらうように……ん?リビングでやればよくない!?
「うわああ私って天才的ぃ!」
なんて丸井くんのプチ物真似をしながら階段を駆け下りる。そこで、私はお姉ちゃんと出会った。
「あ、お姉ちゃん!私、今日リビング使う!」
「は?何言ってるのよ前々から今日は友達とタコパするから使うって言ってたでしょ」
「えー!困る!」
私がお姉ちゃんの腕を掴んだのと同時だった。チャイムが鳴った。
「うわあ!来ちゃった!あ、ちょっとお姉ちゃんまだ行かないでね」
そう強く言って私は扉を開けた。3人が「お邪魔します」と挨拶しながら、ぞろぞろ玄関に入ってきた。
「ごめん、ちょっと待って!」
3人に言い聞かせたあと、私はお姉ちゃんの方を向いた。
「ほんとお姉ちゃんお願いだからリビング譲って!」
「無理よ。5人でタコパを部屋でしろっていうの?」
「そう!」
「はあ!?名前の部屋の方が広いのよ?そっち4人じゃない」
「片付けきれなかったの!分かってよー!ねえ、お願い」
私はお姉ちゃんの腕にすがりついてどうにか頼む。しかし、頑なに譲ってくれる気配は無かった。すると、そこにお母さんがやってきて、黙って成り行きを見ていた3人が挨拶した。
「あらあ、いらっしゃい。それで、お客様を玄関とリビングで待たせてあんたたちは何を言い合っているのよ」
少しお怒り気味のお母さんが私たちに問う。かくかくしかじかで、とお姉ちゃんは簡潔に説明する。当然といえば当然だが、残念ながらお母さんは私の味方はしてくれなかった。
「お姉ちゃんが前から言っていたんだから今回は名前が諦めなさい」
「えー!やだやだやだやだ!!無理だもん!」
「ほら、片付け終わってないならさっさとやってきなさい。あ、柳くんたちはその間、悪いけどダイニングで待っててくれるかしら?」
お母さんが申し訳なさそうに3人に言う。彼らは一様に頭を下げてお母さんの言葉に応えた。私といえばまだ「やだ!絶対やだ!リビングがいい!」と訴えていたら、お兄ちゃんが降りてきた。
「あーうっせえな、何騒いでんだよ」
寝癖のついた頭を掻きながら迷惑そうに顔を歪めている。そうか!1人で片付かないなら2人で片付ければいいんだ!
「お兄ちゃん、今から私の部屋片付けるの手伝って!はい決まり!」
「あ?嫌だよ、わけわかんね」
私はお兄ちゃんの前に駆け寄って手を合わせる。
「とにかく手伝ってほしいの!一生のお願い!」
「お前の一生のお願い、1000回は聞いた」
あーだこーだ言い合いしていたら「ほら、名前とお兄ちゃんは片付け!」とお母さんが私たちの背中を押す。
それから、お兄ちゃんは文句言いつつも結局、手伝ってくれた。クローゼットに入りきらなかったものは全て大きな箱にまとめてお兄ちゃんの部屋に置かせてもらったのだった。最初からそうすればよかったんじゃね?とか言っちゃダメ。
苗字が片付けを行なっている間、俺たちはダイニングにてお茶だけではなく軽い昼食までいただいていた。しきりに頭を下げて謝る苗字の母に俺たちは「いえ、お気になさらず。昼食ありがとうございます」と礼を言う。丸井は食事に手をつける前に自己紹介をしたあと、駄菓子のお礼を言っていた。そういえば大量にもらったと声を大にして喜んでいたことを思い出す。
話が終わると苗字の母は「ごゆっくり〜」と会釈して部屋を出た。
「苗字って姉兄(きょうだい)にはあんな感じなんだなー意外じゃね?」
「そうかの?まあ、学校でああいった風に駄々をこねはせんじゃろ」
「家では絵に描いたような末っ子のようだな」
「にしても、やだやだやだやだって言う苗字ちょー可愛かったよな!」
「それは惚れた弱みみたいなやつが入っとらんか?」
仁王の言うことに同意するように頷く。まあポニーテール姿でああいった風に迫られたら、なかなかいいかもしれないな。なんて頭の中だけで想像を巡らせた。
丸井はコップのお茶をくいっと一気に飲みきったあと、探るような瞳を俺たちに向けてきた。
「けどよ、お前らも正直思っただろい?本当のこと言えよ」
「まあ “甘えん坊の妹” は男のロマンの一つではあるの」
「そうそう甘えん坊!」
「ふむ、まあ可愛く甘えられるのは悪くないが」
やはり俺の脳内ではポニーテール姿の苗字が現れたのだった。苗字に知られれば「きもい」と辛辣な一言を浴びせてくるのだろうな。最初に会った時よりも暴言が出てくるあたり、やはり彼女は最初よりは俺に気を許しているのだと思う。
それから、俺たちが食べ終わって10分ほどした頃に苗字は駆け足で一階に降りてきた。
両手を合わせて謝っている。
「ほんと、待たせてごめん!」
「いやいや大丈夫だぜぃ」
「丸井くんは優しいね、この2人は絶対に待たせやがってとか思ってるよ」
「そんなことないぜよ」
「ああ、苗字は俺らを何だと思っている」
とは言ったものの、3人でこれだけ待たせていたら一発は叩いているであろうな。まあ、丸井がいなければ苗字が片付ける羽目にはならなかったのだが。やはり、普段から片付けはしておくべきだ。
14時半をすぎてからようやく俺たちは勉強を開始したのだった。
「片付け疲れたからもう勉強する気ない」
「ははっ、お疲れさん」
ここぞとばかりに丸井は苗字の頭をぽんぽんと叩いて接近を試みている。だが、苗字が反応する様子はない。普段通りに応えるのだった。
「ありがとう、丸井くん」
「おう」
「んー眠くなってきた」
机から顔を上げて目をこすったかと思えば、ばたりと床に横になった。
「苗字、寝るな。さっさと、勉強を始めないか」
いつもなら叩くかつねるかしているところだが今日は控えておく。肩を揺すれば「柳くんの声って眠くなるよねえ」と言って目を瞑ってしまった。初耳だ。それはつまり俺が話しかければ逆効果なのか?
では仁王から声をかけてもらおうと目配せをする。お前が起こせ、と。
「そっとしといてやればいいんじゃなか?昨日の夜は勉強して夜更かししたらしいしのぅ」
「そのうち自分でやり出すだろぃ」
仁王は苗字が勉強していないと分かっていて言っているな。しかも丸井はおそらく「男3人が部屋にいる状態で寝るわけがないから冗談をかましている」と考えているし、困ったものだ。
放っておけばこの状況でも寝るのが苗字だ。確実に寝る。
という推測通り、10分後に苗字はすーすーと寝息をたて始めるのであった。
「え、マジで寝てんの?」
「ああ、だから先ほど起こしていたのだがな」
「は?無防備すぎねえ?は、だって、は?」
俺には予想されていたこととはいえ、丸井はさすがに驚いている。仁王も分かっていただろうに話を合わせてやがる。
「夜中にコンビニに行くといい、まっこと女の自覚がないやつじゃのぉ」
「は、コンビニ?」
「おん、こないだ11時半くらいに出会うての。1人で帰るとか言うんじゃよ」
「はあっ危なすぎだろぃっ!?え、危機感ねえってレベルじゃなくね!?」
呆気にとられた顔で苗字の寝顔に見入っている。ほんの少し、口元が緩んだのが見て取れた。「いや、でもやっぱ可愛いよな」と感じた確率94.5%……。そして、俺から注意してやんねえと、という謎の責任感を抱いているだろう。
(~20180813)執筆
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