その手をのばした。 | ナノ


▼ 伝えたいこと

柳にキスをされて頬を叩いてしまった日から2日が経った。
電話もメールも出る気になれなくて無視しているし、学校で声を掛けられても一瞥するだけだった。

そして、明くる日の朝、下駄箱に一枚の手紙があった。『放課後にF組に残っていてほしい』と書いてあるだけで、名前は書いていなかったが、すぐに柳だと分かった。

中学生の男子らしくない、筆で書かれた端正な文字をなぞる。
ああ、そろそろ、謝らないと。
叩いてごめん。本当は、大好きなの。

そう、はっきり言えたらどれだけ良いことか。
そもそも、言えていたら既に言えているのでこんなことにもなっていないのであろうが。
柳が好き。その気持ちはいきなりキスされようと変わらない想い。
あんな形でキスしてしまったことは嫌だけど、キスをしたこと自体は嫌でないし、むしろ嬉しい。

柳に触れたいと何度も思ったし、彼も私に触れたいと思っていることを知ってとても嬉しかった。
大好きな彼にもっともっと触れたい。

綺麗な手、髪、輪郭。
しっかりした腕、首、足。
頼りになるあの胸に抱きつきたい。
あの心地よい声で愛を囁いてほしい。
もっと、深く溺れてゆきたい。

思っているだけの私にそうする権利も、そうされる権利も、ないのだろうけど。
ただ、望む権利は彼女としてある。だなんて彼女という立場に甘えている私は本当に駄目なヤツだ。

そうして、到頭放課後になった。HRが終わっても尚、教室にいると次々にクラスの者は出て行き、残るは私と柳だけになった。
やっぱり、柳だったな…と思っていると声を掛けられた。

「俺だと知っていて残っていてくれたのだろう?」
「そうだとしたら何なの?」
「いや、ありがとう」

黙ると、急にこちらへ寄ってくるものだから反射的に後退ると頭を下げられた。

「こないだはすまなかった」
「…………」
「名前が俺のことを好きではないと聞かされたというのに、無理矢理口付けなどして悪かった」

違う。違うの。本当は好きで好きで、キスも嬉しくて。
やはり、言葉にはできない想いがぐるぐると駆け巡った。

「俺はお前のはっきりとした態度が好きだ」

それも違う。私は、本当ははっきりなんてしてない。思っていることも素直に言えない馬鹿なヤツ。

「だが、お前が俺を好きでないのなら無理に付き合っているのも気が悪い…」

柳は申し訳なさそうにしながらも言う。

だから、違うの。そうじゃない。
言え。言うだけだ。私よ。
大好きだと言ってよ、この口。

「………っ…」

唇を血が出そうなほどに噛み締める。
私は正真正銘の馬鹿でひねくれ者だ。

すると、急に柳が目を開いて、真っ直ぐと私を見据えてきた。真剣な雰囲気に、私は何か怖いものを感じた。怖いといっても何かが崩れてしまうような、そんな不安めいた怖さ。

「…だから、別れよう」

耳を疑った。今、何と言った?
別れよう?
信じられなくて、信じたくなくて、呆然と佇んだ。
柳が口にしたことが事実だと思いたくない私は、ショックのあまりに声も出ずに悄然とした。

「今まで付き合ってくれてありがとう。好きだった、名前」

…待って。

「…や………」

な、ぎ。

声にならない声で名前を呼ぶ。
踵を返した柳の背中が夕日に照らされオレンジの光を纏った。

あなたはまた、私の手の届かぬところへゆくの?

「さようなら、苗字」

名字で呼ばれたことがさらに、私と柳の距離を離れさせた気がした。
そして、歩き出した彼がまた離れていく。
待って、お願い。離れないで。
我が儘な私の、一生のお願いでいいから私から離れないで。

私は足を踏み出し、そして、手をのばした。
しかし、掴んだのは空気。

諦めたくなくて、その手をもう一度のばせば彼の手に届いた。

「柳…!」

ぎゅっと両手で離さないように彼の手を握って名前を呼べば、驚いた様子で振り返った。

「本当は好きなの…!信じてもらえるか分からないけど、優しくて、顔が良くて、頭も良くて、字が綺麗で、何より私みたいな奴を好きになってくれた柳が大好きなの…!!」

ちゃんと自分の想い伝えられたじゃない、私。
安心からか何なのか、急に力が抜けてきて、へたり込みそうなるのを柳が支えてくれた。

「名前…俺も好きだ」

そして、強く私の体を抱きしめた。

「今まで、ごめんなさい…素直になれなくて、叩いちゃって…」
「気にするな。今、こうしてくれていることが何より嬉しいのだから」
「ありがとう、柳」

ゆっくり目を閉じると、唇が重ねられた。

いつかのキスのようではなく、甘く甘く深いキス。

ああ、あなたが好き。

出会ったときからずっと好きで、私にはないものをたくさん持っている完璧なあなたにずっと憧れていた。
好きだと言われたときは嬉しくて死んでしまいそうだった。

これからははっきりと伝えたい。
大好きだと。

伝えたいこと

(その手をのばした先にあるの)

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