▼ 初めてみる彼の姿
ある日、女子に呼び出された。きっと柳のことが好きな連中だろう。
こういうのは少なくないし、慣れたことだ。勿論のこと呼び出しに応じてわざわざ指定された場所に行く気もない。
だが、そうはいかなかった。
教室に着くなり、無理矢理に体育館裏なんてベタなとこへと連れ出され、開口一番にムカつくと言われて叩かれた。
「何でよりにもよってあんたなの!?柳くんを騙すのも程々にしなさい」
「私は普通にしているだけ」
「普通?口が悪くて嫌われているくせに良くそんなこと言えるわね」
「あんたもなかなか悪いと思う」
パシッとまた音が響いた。こりゃあ、腫れてしまうなと思いながら女子たちを睨んだ。
「あんたらこんなことする前に自分磨いて柳を振り向かせれば?」
「あんたに言われたくない!」
「確かに一つも良いとこ無いけどさ」
すると、怪訝そうな表情をしたあとに苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。
何で、柳くんはこんなやつを…。
それは、私が知りたいってば、本当に。
それから女子たちは別れなさいよ!とか言いながら撤収していった。
誰が別れるかバーカ。
そんなに好きなら私くらいのやつに勝ちなさいよ。きっと、こんなことしてなければ私よりずっとずっと可愛くて優しくて、良い子なんだから。
女子が去って行った方を見つめながら、赤く腫れた頬に手をやった。
ただ、こんなことをしてしまうくらい好きなんだろうから、私じゃなく柳に想いを純粋にぶつければいいのに。
あ…でも、私は違う意味でぶつけちゃっているからアレと同類かも。
そうして、保健室で頬を冷やすついでに仮病を使って一時間目の授業は休んだ。
チャイムが鳴ってから保健室を出ると、迎えに来てくれた柳と出会った。
「名前、大丈夫か?」
頷くと、急に頬へ手を添えてきた。痛かっただろう、と言う柳の手をパシッとはねのける。
「誰のせいでこうなっているか分かってんの?」
「俺、だな。女子にはあとで言っておく」
「そんなことしなくていい。…それより、どうして私なんかと付き合ってんの?」
すると、柳は眉間に皺を寄せて、何を言っているのだというような表情を浮かべた。
「好きだからに決まっているだろう?」
「私なんかのどこがいいの?」
「それは「無いなら付き合わなくていいのに」
言葉を遮って、私がそういうと大きく目を見開いた。私はそのまま柳の話を聞かずに、好きって言われたから付き合っているけど、理由がちゃんとないなら遊びなんじゃない?とまで言うと、柳は肩を震えさせた。
「むしろ、こっちが好きなのか聞きたいぞ」
口調がいつもよりキツくて、少し怒っているのだと気付いた。
…初めて、彼が怒った。
それなのに、私はまた怒らせるような返答をする。
「好きなわけ、ないじゃん」
本当は好き。その気持ちで言葉が詰まりそうになった。
「そうか…。お前の気持ちを俺は見失いそうだ」
「だから、好きじゃないって言ってんんっ……!」
唇に何かが触れた。
一瞬訳が分からなくなって、目をパチパチさせながら柳を見ると、しまったと言いたげな表情を浮かべていた。
あ、私、キスされたのか。
そう認識した途端、私の手は勝手に動いた。
パンッ。廊下に響くその音は、先程に体育館裏で響いた音より大きかった。
「いきなり何すんのよ」
私はその場から去ろうと踵を返すと、柳が手をのばしたがその手を避けて走り出した。
初めてみる彼の姿
(それは、怒りと悲しみと虚無感のような)
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